第8話 迎撃戦① エレナ

帝都を発ってから今日で7日目。

私たち第一中隊第一小隊はすでに帝都の真北200キロメートルほどまで来ていた。


今回の出撃は迎撃戦。私たち特別戦闘騎士団の初めての実戦。

帝都から中隊ごとに5隊に分かれ、扇状に進撃して大森林まで魔物を押し返す作戦だ。

数日前から現れ始めた魔物は大きな犬ほどの大きさで、四本の脚でノシノシ歩く姿はまさに大きなトカゲ。講義で覚えた小型四足竜だった。


ヨルマがあっさり倒したことで、皆その弱さに呆れ、今日も各小隊競うように馬車を走らせていた所、完全に油断していた私たちの中隊は伸び切った隊列を囲むように魔物の大群に襲われたのだ。


私たち勇者小隊はその力で難なく切り抜けられたが、後続の小隊は魔物に囲まれていた。

そして私たちが後続部隊のもとに引き返した時には、第二小隊の勇者候補の男の子がすでに命を落としていた。

すでに息がない男の子に縋り付いて泣いている聖者候補の女の子を見て、私は足が震えて動けなくなってしまった。


「フィン・・・・・・」

横たわる男の子にフィンが重なる。

縋り付く女の子に自分が重なる。


頭では分かっていたつもりだった。

でも、目の前に現実を見て今更実感する。

ピクニックでもハンティングでもない。これは戦いなんだと。



その日は戦死した男の子を帝都に送ることもあり、早々にここで野営をすることを決めると、各小隊の兵が収納魔法で野戦用兵舎を取り出し組み立てていった。


私はいつものように、ヨルマの宿所に向かっている。

将軍や上級士官は自分の宿所で食事ができるのだけど、私とヨルマは三年も一緒に暮らしていたため、出撃してから毎日ヨルマの宿所で一緒に夕食をとっておしゃべりをしている。

フィンがいない今、こうしてヨルマといると昔に戻ったみたいで気が紛れるからだ。

でも今日は足が重い。


昼間見た死。


私はフィンの事ばかり考えてしまう。

私やヨルマと違って、フィンは聖なる武具を持っていない。

いくら勇者候補の中で一番の成績でもあんな魔物の群れに勝てるだろうか・・・・・・

他の中隊の様子は分からない、もしかしたら今頃。

考えるのを止めようと思っても、そんな不吉な想像ばかりが頭の中をよぎってしまう。



いつもと違い、ほとんど会話のない夕食を取った後、ヨルマは当番兵と副官を下がらせて、私たち二人だけになる。

私の今の気持ちを打ち明けられるのは世界中でフィンとヨルマだけだと思う。

対面のソファーに座ってジッと下を見つめているヨルマに言うともなく呟く。


「・・・・・・今日の・・・・・・あれを見て私は怖くなった」

「・・・・・・」

「彼がフィンだったらって・・・・・・今頃ああなってたらって」

「・・・・・・」

「私たちは聖なる武具をもってるけどっ!フィンは!」


ヨルマは顔を上げ、どこか寂しそうな目で私を見つめていたかと思うと、おもむろに立ち上がり、私の所まで来て右隣に座った。

そして膝の上の私の手を軽く握ってくる。


「え?」


今までヨルマに手なんて握られたことがなかったので、ビックリして思わず手を引こうとするが、その瞬間、ヨルマはギュッっと強く握ってきた。


「エレナの気持ちは良く分かるよ。俺もエレナと同じ気持ちだ。俺もあの二人がフィンとエレナ見えてしまって・・・・・・」


そう言ってうつむいたまま肩を震わしているヨルマ。


「俺のせいで、仲間が死んで。俺がしっかりしなかったばっかりに!」


子供の頃から三人の先頭に立って弱音なんて吐かなかったヨルマ。

ずっと兄のように思っていたヨルマが悩んでいるのを見ているとどうして良いか分からなくなってしまう。

そんなヨルマがそのまま私の肩に頭を預けてきたけど、私は避けることができなかった。

今だけは弟のように感じるヨルマの肩をそっと抱いて、私はフィンの事を考えて涙をこぼした。



翌日、出発前に中隊全員で集まり、昨日の件についての反省と今後の行動方針について話し合った。

小隊長のいなくなった第二小隊は賢者候補の女の子が臨時の小隊長となり、中隊の予備兵力として行動することにした。

そうして気持ちを改めて出発した私たちの中隊は、その日は大きな問題もなく野営に入る。

それでも私は一日中フィンの事ばかり考えてしまっていた。


そしてその夜、いつものようにヨルマとソファーに向かい合ってポツポツと話しをしていると、ヨルマは昨日のように私の横に座って手を握ぎろうとしてくる。

一瞬避けようとしたが、昨日のことを考えると、何故か手を払うことができなくて結局そのまま握られてしまう。

そしてヨルマは私に苦悩を打ち明け始めた。


昨日の事で中隊の皆の目が自分をなじっているように感じること、

勇者となったプレッシャーの事、これから先の戦いの事。


いつでも元気だけはあったヨルマに、こんなに悩みがあるなんて気づかなかった私は、彼にどんな言葉を掛けられるだろう・・・・・・

そんなことを考えていた時だった。


ガッ!


突然体に強い衝撃が走ったかと思うと、ヨルマが私を抱きしめてきた。

私は驚きつつもとっさに離れようともがくが、私の力ではヨルマを突き放すことができない。


「なっ、ヨルマ、どうしたの、いきなり」


ヨルマをあまり刺激しないように、なるべく普段通りの口調で言うが、ヨルマは私の頭をグッっと引き寄せてきたので、大声を上げようとしたその時、ヨルマは私の耳元に口をつけて囁いた。


「エレナっ、今だけ・・・・・・今だけで良いんだ。このまま」


ヨルマの重みが私に大きくのしかかってきてソファーに倒れこんでしまう。


「ちょ、だめ・・・・・・私は・・・・・・フィンが・・・・・・」


ヨルマの力はとても強く、いくら私がもがいても逃れられない。

すると、ヨルマは私の目をじっと見つめてきた。


その悲しそうな目を見ていると体の力が抜けていってしまう。

そしてヨルマはまた私の耳元で囁いた。


「エレナ・・・・・・本当は君の事を愛してるんだ。だから・・・・・・」


私は何かを失う恐怖を感じ、全身の力が抜けていってしまった。



その後の事はよく覚えていない。

私は自分の顔を両手で塞ぎ、ただひたすら早く全てが終わることだけを願っていた。


どれくらいの時間がたったのだろう。


ギシギシと軋むソファーの音が止み、ヨルマの重みから解放された私はノロノロと服を着ると、ヨルマの宿所を後にした。


何も考えられなかった私は、だから・・・・・・出て行く私の後姿をソファーに座ってジッと見ていたヨルマの口元がニヤリと吊り上がったことなんて分からなかった。



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