第9話 迎撃戦② 心の轍
自分の宿所に帰った私はシーツに包まり、自分の体を抱え、丸まって震えていた。
さっきの出来事は夢なんだと思おうとしても、体に残る鈍い痛みが現実を突き付けてくる。
(ごめんなさい・・・・・・ごめ・・・・・・んなさい・・・・・・)
頭の中でフィンの笑顔が浮かぶたびに罪悪感に襲われ、心の中で謝罪を繰り返す。
そしてヨルマを責める気持ちが沸き上がるたびに、自分の甘さが怒りを抑えてしまう。
(結局、最終的にあの男を受け入れたのは私だ・・・・・・)
5年たっても、結局私は変わっていない。
お母さんが私を捨てて出ていった5年前から、フィンやヨルマには死んだことになったあの日から、誰にも嫌われないように、誰にも捨てられないように、誰にも見放されないように、明るく振舞って、誰にも優しくして。
もう誰にも捨てられないためにはどうしたら良いのだろう。
ベットで震えながら、いつしか私はそのことばかり考えていた。
この事は私とヨルマが黙っていれば誰にも知られることはないだろう。
ヨルマも今だけと言っていた。
(明日ヨルマともう一度話をして・・・・・・)
これからも今まで通り、何事も無かったことにして。
この先も三人で笑って過ごせるように。
フィンに対する裏切りと罪悪感を一生背負って。
何も失いたくない私は一番大事なものが見えなくなっていた。
♢
次の日、私は何事も無かったように振舞った。
5年前のあの日から何があってもこうやって振舞える。
ヨルマにも今まで通り幼馴染として、小隊の仲間として、部下として接する。
ヨルマはときどき訝しげに私を見ていたが私は気にしない。
夕食も昨日と同じようにヨルマと食べ、二人きりでソファーに座る。
もし今日も私の隣に来ようとしたら大声を上げて逃げるつもりだ。
宿所の入り口には警備兵もいるはずだし、どうにかなる。
そう考えて、私はなるべく普段通りの様子を装って、昨日の出来事について話を切り出した。
「昨日の事だけど・・・・・・お互い全て忘れましょ。そうすれば私たち三人、今まで通り・・・・・・」
早く話を終わらせようと、突然昨日の出来事について先に切り出した私に対して、ヨルマはその話になる事が分かっていたように平然とした顔つきでじっとこちらを見つめている。
「俺は昨日言ったはずだ。お前の事を「愛してる」ってな。今更仲良しごっこに戻るつもりはない」
私の言葉を遮るように、ヨルマは笑みを浮かべて言う。
「俺は帝都に帰ったらフィンに言うつもりだ。
「なっ!話が違うわ!だって昨日だけって!」
「だが、俺だって一応は勇者だ。親友の婚約者を寝取っただの寝取られただの、そんな揉め事は出来れば避けたい。元々お前はフィンを愛してて、フィンの婚約者だしな」
そういってヨルマはソファーから立ち上がると、後ろの机の引き出しから赤い丸薬のようなものが詰まった瓶を取り出した。
「これ知ってるか?これを一粒飲むと12時間は子供ができないらしい」
瓶を軽く振りながら私の前に来て、その瓶を私に突き付けて続ける。
「でも、俺もお前の事は諦めきれない。そこでだ・・・・・・帝都に帰るまで俺の恋人になれ」
「えっ?」
「そうすれば俺はお前の事をあきらめるし一生このことは誰にも言わない。お前さえ黙っていれば誰にも、フィンにも知られない」
瓶を見つめながら、私は大きな間違いを犯していたことに今更気づいた。
何故ヨルマがこんなものを持っているのか。
今まで通り三人で、なんてこの男は初めから思っていなかったんだ・・・・・・
私はもう逃げ道はないと思ってしまった。
♢
そして私は今、馬車に揺られている。
もう少ししたら帝都が見えてくるはずだ。
今日中には帝都に着くと思うと、私の心は沈んでいく。
あれから今日までの50日間、私は毎日ヨルマに抱かれた。
毎晩丸薬を飲まされ、彼に対する憎しみとフィンに対する罪悪感、自分に対する屈辱感に耐えていた。
だけど、心では抵抗していても体は徐々に言うことを聞かなくなってきて、数日後には小さく声が漏れてしまう。
その嬌声は日を追うごとに徐々に大きくなって行ってしまった。
昼間はずっとフィンの事を考えて罪悪感で押しつぶされそうになる私は、いつしか彼に抱かれている間だけは、快楽に溺れる事でフィンへの罪悪感を忘れられるようになっていった。
彼は私を抱いているとき、抱き終わったあとも私に愛を囁いてくる。
いつからか、心も奪われつつある私は自分から彼に抱かれるようになって、彼の言うことを何でも聞いて、彼の喜ぶことは自分からしてあげるようになってしまっていた。
遠くに帝都が見えてくると、フィンに会える事を思って一瞬喜んでしまう私がいる。
ただ、その後すぐに考えてしまう。
どんな顔をしてフィン会えばいいのか・・・・・・
フィンに何を言えばいいのか・・・・・・
フィンにあってどうしたいのか・・・・・・
一体私はこれからどうしたいのか・・・・・・
中隊みんなの気持ちを表すように帝都に向けて馬車の車輪も軽快に回っている。
馬車の速度が上がるにつれて、私の心は
♢
僕たち第二中隊は帝都への帰路についている。
あと三日もあれば帝都に着くだろう。
初めは慎重に魔物と戦っていたが、小隊同士の連携が上がってからは、カミラちゃんの活躍もあり、大型二足竜にも問題なく対応できるようになっていった。
初めは交代で務めていた中隊長役も、途中から僕しかやらなくなった。
体よく押し付けられた感はあったけど、それでも一人の死傷者もなく大森林以南の魔物はほぼ倒せたと思う。
そして、毎日戦闘が終わる度にエレナやヨルマ、そしてセシルの心配していた。
エレナとヨルマは大丈夫だろう。
僕が戦った感じでは聖なる武具を持っている二人だったら問題ないはずだ。
セシルは無事だろうか。無事であって欲しい。
急ぎたくなる気持ちを抑え、索敵兵が索敵魔法で周囲を警戒する中、慎重に馬車を進める。
もうすぐ三人に・・・・・・エレナに会える!
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