第10話 始まりの終わり

初秋の太陽が西に傾き始めた頃、僕たち第二中隊は帝都の門をくぐり、騎士団本部に帰投した。


各小隊長はその足で騎士団総長に報告に向かい、全員一週間の待機という名の休暇をもらう。

ただ、中隊長にされた僕だけ呼び止められ、明日までに戦闘経過報告書を提出するお仕事を頂いてしまった。


「よう、フィン!」

「ヨルマ!無事だったか!」


騎士団総長室から僕が出てくるのを待っていたのか、ヨルマが声を掛けてきた。

周りには誰もいないから、今では上官であるヨルマに対して、ついいつもの口調になってしまう。


「お前たちからの早馬の伝令で帰投日を聞いてたからここで待っていたんだ」

「あぁ、ありがとう。僕たちは全員無事だ。・・・・・・ところで・・・・・・エレナは?」


いきなりでみっともないとは思ったけど我慢できずに聞いてしまった。


「ははっ!大丈夫だ。エレナも無事だ。元気にしてるぞ」

「そうか!ありがとう。なんか悪いな、いきなりこんなこと聞いちゃって・・・・・・」


僕はひとまず安心できた。

とりあえず二人が無事なこと。

ヨルマが出撃前の約束を果たしてくれたことに。


「ただ、悪いが彼女はこれから次の作戦会議で二、三日、時間が取れないんだ」

「そ、そうか・・・・・・」


早くエレナに会いたかったけど、作戦会議なら仕方がない。


「代わりと言っちゃ何だが、明日の朝から小隊同士での模擬戦でもやらないか。模擬戦って言っても、ちょこっとやってあとは二人でゆっくり話せばいい」


小隊の皆には悪いと思ったけど、忙しいエレナに一番早く会える方法はそれしかないだろう。


「分かった。小隊の皆に伝えておく」

「あぁ、じゃあ、明日の朝、06:00に俺の部屋まで迎えに来てくれないか?」

「分かった。それじゃあ小隊の皆に伝えてくる」


僕は最後に彼に向かって敬礼を行い、小隊の皆の所へ戻って、本部で待機していた小隊の皆に模擬戦の事を伝えた。


「悪い!せっかくの休暇初日に私情で巻き込むことになって」

「別にいいぜ。フィンもあれ程会いたがってたしな!」

「私たちは5分10分ちょろちょろっとやって退散するから、後はお二人さんでよろしくやんなよ」

「大丈夫です。二人の仲を邪魔するつもりはありません」


ジャック、ニナ、マルコ、皆了解してくれた。

最高の小隊だ。僕は改めて皆に礼を言った。


その日、僕は夕食も取らず、エレナに会うために夜遅くまで掛かって何とか戦闘経過報告書を書き上げた。



次の朝、小隊全員が揃ったところでヨルマの部屋に向う。

僕らがヨルマの部屋に向かうと分かった時、心なしか三人の顔が強張っていた気するけど、もうすぐエレナに会える喜びで理由を聞くことを何となく後回しにしてしまう。

そして、そんな三人を連れてヨルマの部屋の前の警備兵に来訪を告げると、彼は一瞬躊躇する素振りを見せたが、扉を開ける。

全員素早く部屋に入り、扉が閉まると騎士の礼をすべく片膝をついた。


「あぁ、来たか。すぐ終わるからそこで待ってろ」


何事かと思い少し顔を上げると、ベッドの上で裸のヨルマが四つん這いになっている。


すぐに分かった。たまに居るのだ。

騎士団のお偉いさんの中には人前で平然と女といちゃつく奴が。

ヨルマの影に隠れてよく見えないが、確かに女が組み敷かれている。


「あのバカ!いったい・・・・・・」


そう思った次の瞬間、ヨルマの頭が女の顔から離れ、金色の髪が逆光の中で輝くのが見えた。


「!!!」


とっさに剣を掴もうとした僕の左手を、左に控えていたジャックが素早く抑える。

思わず彼を睨みつけると、ジャックは悲しそうな顔をして首を振った。


それでも剣を抜こうとした僕の右手を今度は右側のニナに握られる。

ニナは握った手を小刻みに震わせつつ下を向いている。


分かっている!分かってるんだ!皆の言いたいことはっ!

ここで剣を抜いたら!


でもっ!

でもっ!


なんで!


一層強く握りしめる二人の手に・・・・・・僕は動くことが出来なかった。



「う・・・・・・っん・・・・・・はぁぁ・・・・・・ぁあっ、あっ!」


ヨルマが動くたびに、女が大きな嬌声を上げる。


ヨルマは女を起き上がらせた。

目隠しをされたその女は・・・・・・


エレナと同じ綺麗な金の髪の毛。

エレナによく似あっていた髪型。

エレナのようなシャープな輪郭。

僕が大好きだった・・・・・・声をしていた。


そして女を自分の上に股がらせたヨルマは、女の耳から耳栓のようなものを外し、何かを囁く。

するとその女は、エレナなら絶対言わない、娼婦でも憚るような下品な言葉を口にする。


僕は全身の力が抜けて行くのを感じ、ただ呆然と目を逸らすこともできずにその光景を見つめていた。

不思議と涙は出てこない。

今、目の前にある光景は幻なのだろうと。夢なんだから早く醒めて欲しいと。


いつの間にかこっち側に顔を向けるように四つん這いにされていたその女に、ヨルマは後ろからまた何かを囁いた。

そして次の瞬間、その女から吐き出された言葉に僕の中の時が止まった。


「あぁ、ヨルマ・・・・・・愛してるっ。あなただけを愛してるわ!・・・・・・だから・・・・・・あっ!もっと・・・・・・」


ヨルマが女の目隠しを外す。


ヨルマは、ヨルマへの愛と、嬌声と、下品な言葉を代わる代わる口から吐き出し続ける女の髪の毛を掴むと、目隠しをした顔を僕に向けさせた。


そして、ニヤッと笑ったヨルマが女の目隠しを外し、顔を上げさせられた女の、焦点の合っていない女の目と目が合った・・・・・・気がした。


その瞬間の事を僕は一生忘れられないだろう。


毎日見ていた、僕が大好きだったエレナの笑顔。

僕が見間違えるはずのないエレナの顔。


僕のよく知るエレナの顔は・・・・・・僕の全く知らない表情をしていた。


「・・・・・・ィン・・・・・・?」


次の瞬間、何かを呟いたエレナはベッドの上に崩れ落ちた。



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