第11話 止まった時間

あれからの事は途中まで覚えている。


ヨルマの「下がれ!」という命令で、僕はジャックに支えられてヨルマの部屋を出てから三人に抱えられるように自室までたどり着き、ベッドに腰を掛けた。


「フィン、すまねぇ。嫌な予感がしたから勇者の所に行くのを止めようとも思ったんだが、でも・・・・・・あそこで剣を抜いたらお前は斬首だ。あんな下らない奴らの為にお前を斬首なんかにさせられないと思った。もし俺がお前の立場だったら・・・・・・切りかかってるだろうと思っていたとしても・・・・・・だ」


ジャックは僕の前で片膝をつき、勇者の部屋に行くことを止めなかった事と、あの場で僕を止めたことをひたすら謝っていた。


いつもは僕にちょっかいばかり出してきて偉そうにお姉さんぶるニナは、僕の横に座って、手を握り、いつもよりずっと優しく頭を撫でていてくれた。


マルコは、何故か僕のベッドに上がり、僕の肩を揉んでいた。


そして三人は、なぜ今朝の三人の顔が強張っていたのか理由を教えてくれた。

昨日僕は戦闘経過報告書を書くため、食事も取らず、ずっと部屋にこもっていたから知らなかったのだけど、三人は食堂に行ったときに第一中隊の奴らがうわさ話をしているのを聞いたそうだ。


勇者と聖女が作戦中ずっとイチャイチャしてること。

二人がキスしているのは第一中隊のほぼ全員見てること。

勇者の宿所から毎晩嬌声が聞こえてきたこと。


そんな話を聞いた三人は、うわさだけで判断できない。

最終的にはフィンが自分で確認することだとして、それぞれ部屋に戻ったそうだ。

そして今朝、集合場所に集まったあと、勇者の部屋に行くのを知って嫌な予感がしていたらしい。


そこまで聞いてから、僕はジャックに頭を上げるように言った。


「皆ありがとう・・・・・・皆のおかげで斬首にならなくてすんだよ。ヨルマとエ......あんな奴らの為に僕だけバカを見るところだった。大分落ち着いたからもう大丈夫。せっかくの休暇をバカなことに巻き込んで済まなかった。僕も昨日遅かったからちょっと休むよ・・・・・・」


僕がそう言ってしばらくすると、三人はお互い顔を見合わせてから、僕の部屋から出ていった。

そこまでは僕も小隊の指揮官として気持ちを保てていたんだと思う。


でもその後のことは覚えていない。


いつも僕に向けられていた大好きなエレナの笑顔が、嬌声と共に快楽に歪んだ顔に変わっていく。

そして僕の耳元でヨルマへの愛の言葉を囁くと崩れ落ちていく・・・・・・


頭の中でそんな光景が限りなく続く時間に、僕は囚われていた。



窓から見える景色は西の空に僅かな残光を残しているのみで真っ黒に染まっている。


僕はベッドに腰を掛け、剣を磨いていた。

剣を磨いている最中にでも怪我をしたのか、右手の人差し指に切り傷があり、血が乾いて固まっている。


いつからこうしているのか、何故剣を磨いているのか全く覚えてない。

僕は剣をしまうと、また意味もなく窓の外を見続ける。


コンコン・・・・・・


僕の部屋のドアを誰かがノックした音が聞こえた。


誰だろう?どうでもいいか・・・・・・


あれからどのくらいたったのかも分からない。

今日の事だったのかも、昨日の事だったのかも・・・・・・


すると、ドアが開き廊下の明かりが暗い部屋に入り込んできた。

何故かまた剣を持っていた僕は、誰が入ってきたのかと思い、顔を上げた。



ドアを開けて入ってきたシルエットは女の人だった。

髪の長さがエレナと同じだったので一瞬身構えてしまうが、エレナより少し低い身長に安堵する。


「フィン・・・・・・」


肩で息をしながら立ち尽くす姿、少し乱れた銀髪。


「セシル・・・・・・」


いつ帰ってきたのだろう?セシルの着ている法衣が汚れてくたびれていることは暗くても何となく分かった。

それにしてもセシルが無事でよかった。


「セシル・・・・・・無事でよかった。いつ帰ってきたの?」


僕の問いかけに答えず、部屋のドアを閉めたセシルが僕の前に立つ。

今にも泣きだしそうなセシルの顔を見て気が付いた。


(あぁ、噂を聞いたのかな・・・・・・もしかしたらあの出来事がもう噂になってるのかも。でも何で僕の部屋に?たぶん彼女はヨルマが・・・・・・)


セシルがここに来た理由は分からないけど、僕と同じように傷ついているであろう彼女を前にしたら、僕が落ち込んでいるわけにはいかない。

精一杯の作り笑いを浮かべて彼女に話しかける。


「はは、噂を聞いたんだ・・・・・・なんか変なことになっちゃたね。セシルも・・・・・・」


そう言いかけた時、僕の顔を柔らかな感触が包み込んだ。


「えっ!?・・・・・・」


セシルが突然僕の頭を両腕に抱きかかえ、僕はセシルの胸に顔を埋めていた。

セシルの心臓の鼓動が僕の耳にトクン、トクンと直接聞こえてくる。


彼女の鼓動を聞いていると、さっきまで足踏みしていた僕の中の時間が急に動き出した。


三人で遊んだこと・・・・・・

三人で怒られたこと・・・・・・

三人で騎士団に入ったこと・・・・・・

朝、目に焼き付いて離れなかったこと・・・・・・


楽しかったこと。

不安だったこと。

嬉しかったこと。

悲しかったこと。


三人一緒だった頃の思い出や感情が次々に浮かんでは消えていく。


セシルが僕の髪を優しく触るたびに、さっきまで一滴も出なかった涙が急にボロボロと溢れ出て来た。


僕はいつの間にか彼女の胸に顔を埋めたまま大声で泣いていた。


「・・・・・・ごめんなさい。全部・・・・・・全部私のせいなの・・・・・・」


彼女も泣いているのだろうか、僕の耳元で、小さな涙声で何かを呟いたが、僕には聞き取れなかった。




いつの間にか昇っていた月が部屋の中を明るく照らしていた。

月明かりに照らされたセシルの銀の髪が煌めいている。


頭の傷がいつもより強く痛む。

三人での思い出はもう浮かんでこない。

ただ頭の中では、女の子が背を向けて泣いている姿が映っていた。


僕はセシルに抱かれていつまでも声を上げて泣いていた・・・・・・




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