第12話 後悔の涙
私、セシル・ボードレールの所属する第五中隊は本日帝都に帰投した。
私は出撃から今まで、ずっと彼ら三人の、彼の安否を気にしている。
小隊長に聞いたら、私たちが最後に帰投した中隊だったみたいだ。
彼の中隊も帰投していることが分かって、おもわず彼の無事を確認しようとしたけど、さすがに彼個人の安否を名指しで聞く勇気は出無かった。
でも、もし彼に何かあったら小隊長は絶対口にしているはずだ。
小隊長が口にした戦死者は全中隊で1名。彼ではなかった。
彼と同じ中隊の友達に会ってさりげなく聞こうと考えたけど、そもそも私は友人が少ないうえに、その少ない友人で彼と同じ中隊の子はいない事を思い出して止めた。
彼は無事だと信じているけど、やっぱり直接この目で見て安心したい。
遠くからでもその無事な姿を確認できればいい。
それがあの日から私が自分に課したルールだから。
(やっぱり、どこかでバッタリ会うことを期待するしかないかな)
そんなことを考えながら騎士団本部を出ると、空には真っ赤な夕焼けが広がっていて、夕焼けを震わす様な大きな鐘の音が響き渡った。
17時の鐘だろう。
長い作戦行動で法衣も汚れているし、一旦部屋に戻ろうかと考えていた時、
「クゥゥ~」
自分のお腹の音で顔が真っ赤になり、咄嗟に辺りを見回して近くに誰もいないことにホッとした。
そういえば朝から何も口にしてないし、ちょっと早いけど夕食にしようかな?
もしかしたら彼も食堂棟に来ているかもしれない。
期待して向かった食堂棟は閑散としていた。
彼がいないことにがっかりしながら注文を受け取り、私が一人席に着き食事を始めた時、突然後ろから声を掛けられた。
「セ~シル!久しぶり! 元気そうで良かった」
振り向くと、同じ聖者候補だった女の子二人が立っていた。
「あ、久しぶり・・・・・・二人も無事で良かった。」
彼女たちとは顔を合わせれば挨拶する程度で、話しかけてくるのは珍しい。
そういえば一人の子は確か彼と同じ中隊だったはず。
二人は私の前の席に座ると、作戦中の彼の話を色々聞かせてくれた。
彼と私が友達なのを知っているのだろう、彼の事だったら何でも知りたい私は食事をしながら彼女たちの話を真剣に聞いていた。
「・・・・・・ところでセシルって・・・・・・あの話聞いた?」
「あの話?」
彼女たちの言うあの話が何か分からないけど、いきなり目を輝かせたところを見ると、どうやらあの話とやらをしたくてわざわざ私に声を掛けてきたきたらしい。
そして彼女たちは、今朝起きた、警備兵が見聞きしたというあの話とやらを興味津々で語りだした。
第一中隊での噂。
今朝宿舎で起きたこと。
最初は何かの冗談だと思い、内容が頭に入ってこなかった。
何で彼女たちはわざわざ私にそんな冗談を言うのだろうと思って聞いていた。
「―――でさぁ~、私と同じ小隊の男の子が、真っ青な顔して部屋に戻る中隊長と宿舎の廊下ですれ違ったんだって」
その言葉を聞いた次の瞬間、私は食堂棟から飛び出していた。
♢
私は自分で決めたルールを一つ破ろうとしている。
(でも今だけは!彼のためにできることを頑張るって決めたから!)
男性士官宿舎には女の私は立ち入ることを禁止されている。
(どうでもいい!処罰されるならいくらでも罰を受ける!)
彼に会ったら何をできるのか。何か彼に掛ける言葉があるだろうか?
分からない。
でも、とにかく彼に会わなきゃ!彼に会いたい!
すでに真っ暗となった空の下、私は息を切らせながら男性士官宿舎の前に着くと、宿舎の階段を駆け上がる。
女性士官用宿舎と同じ部屋割りだったら、彼の階級では三階のはず。
幸い殆どの人は休暇で出払っているらしく、誰にも会わずに三階に着いた。
部屋のネームプレートを順番に確認してゆく。
「ちがう・・・・・・此処もちがう・・・・・・此処も・・・・・・」
端からしらみつぶしに探していく。
「あった!」
階段から一番奥の部屋に彼の名前をみつけた。
ずっと走っていて乱れた呼吸を整え、彼の部屋のドアをノックして暫く待つが返事が無い。
普段の私ならこれで帰ってしまうだろう。
それどころかここまで来ることは絶対にない。
でも今日だけは。
そっと開けたドアの隙間から、暗い部屋に廊下の明かりと私の影が滑り込んでゆく。
彼は居た。
ベッドに腰を掛け、うつむく彼を月明かりが照らしている。
「フィン・・・・・・」
彼を見た瞬間、私は何も言えなくなる。
「セシル・・・・・・」
彼の声を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になる。
「セシル・・・・・・無事でよかった。いつ帰ってきたの?」
気づいた時には彼の前に立っていた。
「はは、噂を聞いたんだ・・・・・・なんか変なことになっちゃたね。セシルも・・・・・・」
私に向けられた彼の顔には無理やり作った笑顔が貼り付けられていて、その瞳は涙を流さず泣いていた。
私は、今にも壊れそうな彼が消えてしまわないように、無意識に彼の頭を抱きしめてしまう。
また一つ、自分で決めたルールを破ってしまったけど、今日だけ、今だけは許してほしい。
彼の心が壊れないよう、そっと彼の髪に触れる。
(私だ、私のせいだ・・・・・・)
声をあげて泣き出した彼の涙が私の胸を濡らしていく。
「フィン・・・・・・ごめんなさい。全部、全部私のせいなの・・・・・・」
私はまた彼を傷つけてしまった。
月明かりに照らされた彼の銀の髪に触れながら、私は後悔の涙を零していた。
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