第14話 挑発

いつ眠ってしまったのだろう。

目が覚めたら僕はベッドの上で寝ていて朝を迎えていた。


昨日の朝の出来事を思い返すと怒りと悲しみがこみ上げてくる。

どうして二人はあんな関係になったのだろう。

二人から話は聞いていないけど、今更のこのこと理由を聞きに行っても意味はないだろう。

二人とも僕に会いに来ない事と、昨日のエレナの口からでた言葉がすべてを物語っている。


そして、セシルに抱きしめられて泣いたことを思い返すと、安心できるような、懐かしいような気持ちになり、怒りと悲しみがスゥーっと引いていくと同時に、僕の顔にまだしっかりと残っている、セシルに抱きしめられた感触が、昨日の出来事は夢じゃないことを物語っていて急に恥ずかしくなる。


まだ混乱していて気持ちの整理なんて全然ついてないけど、僕はとりあえず大丈夫だ。


小隊の皆と、そしてまだお礼を伝えていないセシルにお礼をしようと考えてから、僕はのっそりとベッドから抜け出した。



朝食を終えた後、真っ先に小隊の皆とセシルにお礼を言った。


その時にジャック達に聞いた話では、エレナとヨルマの事は騎士団中の噂となっていて、さすがに騎士団総長から二人の呼び出しがあったそうだ。

とは言え、邪竜討伐には勇者と聖者の力がなくてはどうしようもないので、厳重注意程度で済んだらしい。

僕らは平民出身だから、騎士団員といっても正規の騎士団のような規律は求められていないのだろう。

それに邪竜討伐までの臨時の部隊だ。貴族の騎士団員からすれば傭兵みたいなものだし、しょせん平民、邪竜討伐さえしっかりやってくれれば、多少の風紀の乱れには目をつむろうという思惑が透けて見える。


でも僕もそんなことはどうでも良かった。

二人が厳罰を受けようと、厳重注意だけで済まされようと、時間は、心変わりは元に戻せないから。

起きてしまったことは無かったことにできないから。



休暇が終わるまでの一週間はあっという間に過ぎていった。

あれからセシルとは二人で一緒に過ごすことが多くなった。

とは言っても、相変わらず彼女から僕に話しかけてくることは無く、僕がいつも無理やり付き合ってもらっているだけだけど。

迷惑じゃないかと思って一度聞いてみたら”迷惑じゃない”と言ってくれたのでその言葉に甘えてしまっている。


以前はセシルと二人きりになると、何か話題を見つけることでいっぱいになってしまったけど、最近は話をしなくても一緒にいるだけで何故か落ち着ようになった。


セシルと話していて一つ驚いたのが、「ヨルマのことは友達としか思ってなかったから」そう聞いた時はビックリしたけど、あの時傷ついたのが僕だけで良かった。


母さんには外出許可をもらって会いに行き、結婚がダメになったことだけを伝えた。

母さんは何もいわず、その日は仕事を休んでくれて、夕食にスープを作ってくれた。

母さんが作ったスープと母さんと一緒の食事は、大事な思い出を失った僕の中でただ一つ変わらない、昔と同じ暖かな時間だった。


心に大きな傷を抱えたまま、そんなふうに過ごした休暇が終わった。



世界は大きな瓢箪の形をしていて、帝都は瓢箪の下側の膨らみの下の方、海から50キロの位置にある。

瓢箪のクビの部分が北の陸とつながっている唯一の部分で、そのクビの部分は大きな山脈で区切られているが、大回廊と呼ばれる幅3キロほどの峡谷が2つあり、その峡谷を超える以外に北の陸にたどり着く方法はない

北の陸の様子は分かっていない。

以前の勇者が行った時の地図があるが、それでも、瓢箪の頭の部分の半分までしか分かっておらず、それより北は空白のままだ。


僕は今、来週に発動される駆逐戦の作戦会議に出ている。


大回廊の南側、瓢箪のクビの下には東西500キロ、南北100キロに渡る森林地帯が広がっていて、大森林と呼ばれている。


今回の作戦は、前回大森林まで押し返した魔物をすべて駆逐して、大回廊侵攻の足掛かりとする作戦で、前回と同じく、中隊ごとに扇状に進撃する。


勇者率いる第一中隊は帝都から真北、大回廊の真南の幅100キロを担当し、僕たち第二中隊はその左隣100キロ、僕たちのさらに左側の100キロは第五中隊の担当範囲となる。


攻略期間は二ヶ月。

二ヶ月で各中隊がそれぞれ100キロ四方の魔物をせん滅する作戦。


僕を含め、前回の作戦で中隊長を務めていた四人は、今回の作戦発動から終了までの期間限定で正式な中隊長に任命され、僕の階級も一等士官になった。


作戦会議も終わりに差し掛かったころ、僕は大きなテーブルを挟んで左斜め前方に目をやる。

ヨルマとその横にピッタリと張り付くように座るエレナがいる。

あの日以来、休暇中はバッタリ出くわすことも無かったので、こうしてちゃんと二人の様子を見るのは一週間ぶり、いや、迎撃戦に出撃したあの日以来だろう。


エレナはヨルマの顔を見つめているばかりで作戦には興味がないらしい。

意識的にそうしているのか分からないが、僕の方に向くことも一切なかった。

こうして目の当たりにすると、やっぱりまだ怒りがこみ上げてくるが、冷静に観察する余裕も出てきている自分にも驚いてしまう。


そして作戦会議が終わり、僕たちのバックアップをしてくれる赤騎士団長と少し話しをした後、最後に作戦室を出ると、そこにヨルマが立っていた。

ヨルマは何故か僕を仇敵でも見るような目つきで睨んでいる。


ヨルマの10メートルほど後には俯いたままこちらに横顔を見せるエレナが立っている。ヨルマを待っているのだろうか。


立礼をしてその場を離れようとした時だった。


「よう、フィン。あんな所を見せちまって悪かったな」


周りに聞こえないようにヨルマが小声で話しかけてくる。


「あの時はおまえが来るのは知っていたんだけどな、エレナあいつが抱け抱けってうるさくてな」

「・・・・・・」

「お前には黙ってたけど、俺はあいつと一緒に住み始めてからずっとあいつを抱いてたんだぜ」

「お前、何であいつに告白されたか知ってるか?俺が言ったんだよ「あいつフィンに抱かれてやれって」な!」

「幼馴染のよしみでお前にも抱かせてやろうと思ったんだが、お前一切手を出さなかったらしいじゃないか」

「っつ・・・・・・」

「婚約してやっとキスだけなんて、あいつ俺に抱かれながらいつも言ってたぜ「フィンは」だってな。まあ、あんな所を仮にも婚約者だったお前に見せちまって悪いと思ってよ」

「・・・・・・」

「お詫びと言っちゃあ何だが、お前さえ良ければエレナを貸してやるよ。俺が言えば例えお前にでも抱かれるし、お前の言う事を何でも聞くように言っといてやるよ。今度はせいぜい頑張って、所を見せてやれよ。そうすれば惚れ直してお前の所に戻ってくるかもな!」


「・・・・・・くっっ!」


握り締めた拳がブルブル震える。

その拳を目の前の勇者に叩きつければ奴は吹っ飛ぶだろう。


でも!でもっ!


あの時、僕の左手を止めたジャックが、震える手で僕の右手を掴んだニナが、そして泣きながら僕を抱きしめていてくれたセシルが。


視界の隅に、相変わらず俯いてこっちを見ようともしないエレナが映る。

こちらの話は聞こえていないのだろう。

今、こいつの言ったことが嘘か本当かなんて僕には分からない。

今まで二人に騙されてきたのか、今ヨルマに騙されているのか。


でも、もうそんなことはどうでもいい、どうだっていい。


深呼吸すると、セシルに抱きしめられたことが脳裏によぎり、自然と足が動き出す。

僕はヨルマを一瞥すると、何も答えずにその横をすり抜ける。


こんな事はこれから先、何度もあるのだろうか。

信じてきた人に騙され裏切られる。

今、僕を信じてくれている、僕が信じている人にさえも。


それでも僕は、これから先も誰かを信じて、頼って、助けて、裏切られても進むしかない。

何度でも、何度でも。


いつか本当に心を許せる人に出会える事を信じて。


俯いたままのエレナの後ろを通り抜け、僕は顔をあげる。


(僕は・・・・・・前に進んで行こう。)


僕が幼馴染の二人に掛ける最後の呟き、その呟きは遠ざかる二人には聞こえないだろう。


「さようなら、ヨルマ・・・・・・そしてエレナ」


そしてその二日後、僕たちは駆逐戦に出撃していった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る