第13話 独白 セシル

フィンは泣き疲れたのか、暫くするとそのまま眠ってしまった。

私はもう少しそのままで居たかったけど、彼が起きないようにベッドに寝かし、そっと部屋を後にした。

幸い誰にも見つからずに自分の部屋に戻ることが出来、シャワーを浴びてからベッドに潜り込む。


(こんな事になってしまった原因は私だ・・・・・・)


私は入団式から今日までの出来事を思い返して後悔した。



候補生試験に合格したことは私には幸運だった。

試験に受かれば、私の居場所が無くなったあの家を出ることができて、幼馴染だった、大好きだったフィンにいつかどこかで会える機会があるかもしれない。

そんな淡い期待を抱いて臨んだ入団式。


彼の姿を見つけた時、驚きのあまり放心状態に陥って暫く動けなかった。

いつか一目だけでも見ることができたらと思っていた夢がすぐに叶ってしまうなんて。


昔より全然背が高く、精悍になった顔つきはとてもかっこよかった。

でも、少し癖のある綺麗な銀髪と優しい目元は昔のままで、見た瞬間フィンだと分かった。


(私の事覚えているかな)

(私から声を掛けたらおかしいかな)

(声を掛けられたら初めになんて言えば良いのかな)

(竜の絵本の事は正直に謝ろう)


一目会うことが出来ればそれで満足だったはずなのに、私はどんどん欲張りになってしまう。

でも、彼はいつも二人の友達と一緒だったから、勇気が出せずに声を掛けられない。


赤い髪の男の子のほうは見覚えがある。

あの頃、よくフィンと一緒にいた子だ。私も一緒に遊んだ子。名前はたしかヨルマだったはず。

もう一人の女の子、同じ聖者候補のエレナ。

彼に抱き着いたり、手を握っているのを見ると、どういう関係なのか気になってしまう。

それでも毎日彼の笑顔を見られるだけで幸せだった。


そして入団式から一週間程経ったあの日。


「エレナー、お昼!一緒に行こう!」


講義室を出た瞬間、私の前にいたエレナに掛けられた声を聞いて、私は固まってしまった。

遠くから見ていただけの彼がすぐ近くに立ってこっちを見ている。


(私の事に気づいたかも)

(声を掛けられたら何て返事をしよう)


そんな期待と不安が入り混じった気持ちのまま動けずにいると、赤い髪の男の子が私の所に駆け寄ってきた。


「もしかして・・・・・・セシル・・・・・・か?」


やっぱり二人とも覚えていてくれた。

でも、フィンは何故かこっちをみてキョトンとした顔をしている。


「あ、うん。ヨルマ・・・・・・君だよね。久しぶり」


こちらに歩いてくる彼をチラッとみたヨルマは慌てて私に言った。


「覚えているだろうけどあいつはフィンだ。フィンは事故にあって昔の事を覚えてねぇんだ、詳しいことは後で話すから、今は初対面の振りをしてくれないか!」


「・・・・・・えっ?」


訳が分からないまま戸惑っていると、私の前まで来ていたフィンと何年振りか目があった。


「初めまして。フィン・エルスハイマーです。ヨルマの幼馴染でヨルマと同じく―――」


私の知っているフィンはこんな悪ふざけをする人じゃない。

もしかして本当に覚えてないの?

詳しい事情は分からないけどヨルマに言われた通りに咄嗟に取り繕う。


「・・・・・・はっ、はじめ・・・・・・して、セシル・ボードレールです。・・・・・・ヨルマ君とは・・・・・・とっ、友達、です」


夢にまで見た彼との会話、咄嗟につかなければならなかった嘘、いろんな感情がごちゃ混ぜになってしどろもどろになってしまう。

ヨルマも私の事を仕事関係の友達と答えていたから、これは冗談とかではないのだろう。


その後、ヨルマに呼び出されてフィンの事を聞かされた。

あの日、私たちが離れ離れになった日、フィンは階段から落ちて頭に大怪我をしたことや、怪我の影響でそれ以前の記憶がなく、今も思い出していないこと。

周りの大人やヨルマも、フィンが思い出して悲しまないように何も言っていないこと。


そして・・・・・・フィンは今、エレナと付き合っていて幸せなこと。


「だからセシル、奴の記憶が自然に戻るまでは、悪いがフィンとは初対面で通してくれないか?」

「フィンが怪我をしたのってやっぱり・・・・・・私の」

「いや、セシルのせいじゃない。確かにフィンはお前を追っかけていっちまった。だが降り出した雨に運悪く足を滑らして階段から落ちたんだ。お前とは関係ないから気にするな」


ヨルマの話はもう私の耳に届いていなかった。

その夜、私は眠れずにずっと同じことを考えていた。


(私のせいでフィンに大怪我をさせてしまった。あの日私が彼の傍を離れなければ)


子供だった私たちにはどうすることもできなかったけど、それでもいまさら後悔してしまう。


あの家を不幸にしたのも私のせい。

お父様が亡くなったのも、お母様が連れ去られたのも私のせいかもしれない。

私の周りは皆不幸になっていく。私がいると、またフィンに傷を負わせてしまうかもしれない。


フィンにはエレナがいて、今はすごく幸せそうだ。

幸せなフィンを見ていられれば私はそれだけで幸せだし、それ以上の贅沢は言わないつもりだ。

私がフィンに近づくことで、またフィンを不幸にしてしまうのだけは嫌だ。


そして私は自分に二つのルールを課した。


2年後に邪竜を倒すまで自分からフィンには近づかないこと。

邪竜を倒した後は、永遠にフィンの前から姿を消すことを。



私は自分からフィンに近づかないように心掛けたのだけれど、ヨルマが毎日私の所に来るようになった。

今思えばこの時ヨルマときっちりと距離を取れば良かったと後悔する。

ヨルマは私の知らないフィンの話を色々と聞かせてくれたので、ダメな私はついついヨルマの話に付き合ってしまっていた。


ヨルマといると、どうしてもフィン達と合流してしまうため、距離を置くことは難しい。それでも自分からはなるべくフィンには話しかけないようにしていた。

ただ、どうしてもときどきフィンのことをジッと見てしまう。


フィンとエレナが婚約したことを教えてくれた時も、少し寂しい気持ちはあったけれど、エレナは凄く綺麗で明るくて私にも優しい。

そんなエレナと一緒にいる時のフィンはとても幸せそうで、そんなフィンを見ていると私も幸せな気持ちになる。


二年間もフィンの幸せな様子を間近で見れ、少しだけどもお話しもできた。

私にはこれで十分。そう思っていた。

そしてあの日、フィンとエレナの婚約パティーの晩、ヨルマに声を掛けられた。


「セシル、大事な話があるんだ。ちょっと席を外さないか。」

「うん、別にいいけど・・・・・・ここじゃダメかな?」

「あまり人に聞かれたい話じゃなくて、な」


人に聞かれたくない話。


当然の様にフィンの事かと思った私は、外に出ていくヨルマについて行き、人目につかない建物の影まで連れてこられた。

そしてヨルマは単刀直入に切り出した。


「セシル、俺はお前の事が好きだ。」

「・・・・・・」


私もそこまで鈍感じゃない。

ヨルマが私に好意を抱いているのは薄々感じていた。

だけど、フィンの話だと思っていた私は、いきなりの告白にビックリする。

そして、私はヨルマのことは友達としか思っていなかったから、咄嗟に否定の返事をしてしまう。


「ごめんなさい・・・・・・」

「誰かと付き合ってる?・・・・・・訳じゃないよな」


私は首を横に振る。


「好きな奴が・・・・・・いる、とか?」

「・・・・・・」


その問いかけに私は答えられなかった。


「・・・・・・フィン、か」

その時のヨルマの目、フィンの名前を出した時の目は憎悪に燃えていた。


「・・・・・・」


その問いに、私は沈黙という肯定で答えてしまった。

フィンにはエレナがいる。言葉で肯定はできない。


この時嘘でもいいから、ちゃんと否定すればよかっただろう。

でも、フィンと離れ離れになって今までの9年間の私の思い。

そんな自分の思いを否定するような嘘が咄嗟に出てこなかった。


「どうしてだ!奴はお前の事なんてきれいさっぱり忘れている!」

「エレナという恋人、婚約者がいることだって二年前から知っているだろう!」


ヨルマは声量こそ抑えていたが、声を荒げて私を問い詰める。


「俺は子供の頃、初めて会った時から今まで、ずっとお前の事が好きだ!・・・・・・俺はお前の事を、諦めない」


ヨルマはそう呟くと、私に背を向けて暗闇の中に去っていった。



ベッドに潜ってあの時の事を考えると、さっき見たフィンの姿を思い出すと、私は後悔の波に飲まれてしまう。


(あの時、ヨルマの告白に応えれば良かった・・・・・・)


そうすれば、こんなことにならなかったはずだ。


ヨルマがエレナとそういう関係になったのは勝手な想像だけど、フィンへの憎しみだと思う。ヨルマが、フィンの名前を出した時の憎悪の目がそう告げていた。


(私は、私のせいでフィンとエレナを傷つけてしまった・・・・・・)


フィンの為にできることは頑張るって決めたのは私だ。

だけど、私が近づくとまたフィンを傷つけてしまうかもしれない。


そんなジレンマでこれからどうしたら良いのか、どうしたいのかが分からなくなってしまい、いつの間にか白み始めた窓を見ながら、私はまた後悔の波に攫われていった。


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