ある男の話

マツモ草

第1話 プロローグ

「ハァ・・・・・・」

眼下に広がるちっぽけな、瓢箪の形をした大陸しかない世界を見下ろしている私の口から小さなため息がこぼれる。


女神となって初めて自分一人で管理を任されたこの世界。

この世界の管理を担当して一万二千年経つが、新人の女神である私には少し荷が重いのではないのかと思ってしまう。

この世界の100万にも満たない魂は、新人の私でも問題なく管理できると判断されたのかは分からない。が、これといった成果を出せていないことに焦燥感が生まれていた。


最初のうちは今まで見てきた他の世界と同じように、文明の進歩具合と魂の輝きのバランスを崩して自滅しないように注意していれば問題ないだろうと、比較的気楽に考えていたのだけれど。

だけど、この世界に文明を授けてから千年経った頃、この世界の魂は何度生まれ変わっても進歩がないことに気がついた。


私が遥か昔に人間として生きてきた世界を含め、今まで見てきた全ての世界では、文明を授かった人々は時間と共に分裂し、徒党を組み、小競り合いから大きな争いに発展していく中で絶望、失望、悲しみ、憎しみ、恨みといった負の感情で魂を傷つけあい、そして生まれ変わる度に少しづつ、負の感情を一つ一つ乗り越えて行くことで、最終的に肉体を必要としなくなるまで魂を昇華させてきた。


本来、生まれたばかりの若い魂は感情のコントロールが出来ず、喜怒哀楽の全てを表にさらけ出すことで他の魂との摩擦を生み、それが争いを生み出していくものだけれど、この世界の魂の多くはなぜか始めから感情の起伏が少ないのだ。

貧富の差、身分の差こそ徐々に生まれてきたが、何度生まれ変わっても中途半端な現状を変えることもなく、まるで魂の昇華を拒んでいるようにも見えてしまう。


なぜこの世界は文明を授けてから八千年経っても、人々の魂の昇華が遅々として進まないのだろう。


そこそこの善と悪。

そこそこの平和と争い。

そこそこの満足と不満。


本来、このような世界はある程度の争いを乗り越え、高度な文明を持ち、人々の魂の輝きも大きくなった世界があるべき状態だ。

しかし、この世界は文明も未開で魂は輝きがないにも関わらず、それらの世界と同じ状態に陥ってしまっている。

なぜそんなことになったのかは全く分からないけど、取りあえず現状を打破するためにどうしたら良いか考えた私は、二千年前に一つのイベントを考えついた。

それが邪竜だ。

邪竜という強大な敵を作り出すことで、人々の恐怖心や敵愾心を煽り、より多くの負の感情を引き出すことで人々の争いの火種となることを期待したのだけれど、邪竜が勇者に討たれる度に人々はすぐに恐怖心や敵愾心を失い、また中途半端な世界に戻ることを繰り返していた。


(大きな争いを経験しない世界で魂の昇華は起こり得るのだろうか?)


そんなことを考えつつ、私の視界はこの世界で一つしか存在しない国の首都にズームしていく。

すると、すぐに他の魂よりひときわ大きく輝く二つの綺麗な魂が目に入る。

この世界が出来た時より他の魂よりも眩い輝きを持つ二つの魂だ。

一つは邪竜イベントを開始してからいつも勇者に指定してきた魂。もう一つは何回生まれ変わっても常にその魂に寄り添う魂。


二つの魂の輝きを見ながら、私は現状を打破するために考えを巡らせる。


(必要以上の介入を避けるために毎回あの魂を勇者として邪竜を討たせてきたけど、今度はもう少しちょっかいを出してみようかしら。)


ここ三百年、邪竜イベントを起こさず様子を見ていたけど、やはりもっと刺激が必要かもしれない。


たとえば、別の魂を勇者に、指名して邪竜討伐に失敗すればこの世界は大混乱に陥るだろう。

そうすれば人々の感情の起伏が大きくなり、魂の昇華への道筋が生まれるかもしれない。


あの二つの魂も、ちょうど感情の起伏と心身のバランスが良い十代後半に入る頃だろうから、今回のイベントには何もできない状態で傍観者として巻き込んでみたら、さらに輝きは増すだろうか。


何の結果も出せていない焦りから、私はさっそく行動に移すことに決めた。


「人々に邪竜復活のお告げをしましょう」


ひときわ眩く輝く二つの魂を見ながら、人間だった頃の悪い癖が抜けきっていない私はついつい口元が緩んでしまっていた。

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