エピローグ

「ふぅ・・・・・・」


眼下に広がるちっぽけな、瓢箪の形をした大陸しかない世界を見下ろしている私の口から小さなため息がこぼれる。


あの光り輝く魂、フィンとセシルが地上を去ってから三百年。

女神の後を引き継ぎ、この世界の行く末をただ静かに見守ってきた男神わたしは、これからこの世界に起きるであろう事を考えると少し気が重くなってくる。


私にとっては一瞬だが、人間にとってはそれなりに長い三百年という時間の中で、この世界もだいぶ様変わりしてしまった。


フィン達が興したエルスハイマーという町は、北の陸や大森林から手に入る豊富な資源を元にフィンの死後も着実に力を付け、フィンから数えて五代目の子孫は自ら王を名乗ると、エルスハイマー公国を建国した。


この世界始まって以来、初めて皇帝以外の王が出来るという出来事に帝国は激怒し、公国との関係も一気に悪化したが、多くの人口と領土を抱える帝国に対して人も領土も少ない公国は、帝国に対して常に下手に立つことで大きな争いは避けてきた。


だが、百年程前にほぼ全ての魔物を駆逐し、大回廊を誰でも安全に通行できるようにした公国は、北の陸に幾つもの町を作り、公国の領土として版図に収めるなど着実にその力を蓄えてきた。


そして公国の豊富な資源によって、人々が安定した豊かな生活を送れることが出来るようになると、この世界の魂の数は爆発的に増えていき、フィンの時代には僅か百万程度だった魂も二百五十万にまで増えていた。


帝国に引けを取らない人口と領土、そして帝国を上回る資源を手に入れた公国は、次第に帝国に対して遠慮をすることも無くなっていき、両国の関係は悪化の一途をたどっていた。


このままでは、あと二、三十年以内に確実に戦争―――この世界始まって以来の、人間同士による殺し合いが始まるだろう。


あの女神の思惑通り、多くの人間同士が憎しみを抱き争う事態が、皮肉にもフィンの子孫の手によって起きようとしている。


私は地上を見て再びため息を漏らす。


だが、もうそろそろだろう。


生まれたばかりで輝きの小さな大勢の魂が地上の降りていくのを見届けていると、一つの明るく輝く魂が、大勢の魂に混じって地上を目指して降りていくのが目に入った。

それが合図のように、一つ、また一つと、明るく輝く魂が、ある者は帝都に、ある者は公国に、それぞれ思い思いの場所に降りていく。

それらの魂はフィンと―――あの魂と関わった事で一段と輝きが増している。


前世で私の妻、フィンの母親だった魂。

フィンの友人、仲間だった魂。

特に輝きが大きい魂、あの女神だった魂。

そしてフィンの幼馴染だった二人の魂。


皆、フィンが地上に降りるのを感じて、再びフィンと旅をするつもりだろう。


そして、最後にひときわ大きい輝きを放つ魂が地上に向かって降りて行くと、その魂と同じように大きく輝く魂が寄り添うように後に続いた。


その二つの魂は途中で別れると、一人は帝都に向かい、一人は公国に向かう。


だが、例え離れても二人はまた必ず出会うだろう。


勇者の力がない今回、人間同士の争いという初めての壁に、再び地上で出会うであろうフィンとセシルは何を考え、何を想い、何を成すのだろうか。


そして、前世でフィンと関わった魂たち。


それぞれが惹かれ合い、出会い、傷つけ合い、新たな魂も巻き込んで、どのような物語を描くのだろうか。


私にとっては一瞬、だが彼らにとっての長い旅がまた始まる。


彼らが始める新しい物語。


私は、彼らの新たな旅を、ただ静かに見守ろう。




――― 完 ―――

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ある男の話 マツモ草 @tanky

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