第7話 婚約、そして出撃
部隊結成からの毎日は今まで以上に厳しい訓練が続いた。
最初の二週間は小隊内での連携を重点的に行い、その後各小隊ともに小隊長を選出することになったのだが、僕らの小隊は何故か僕以外の三人の意見が一致し、僕が小隊長を務めることになった。
小隊14人の命を預かる重圧に震えて来るが、僕が逃げても結局誰かがやらなきゃいけない。
責任の重さを感じつつ小隊長を引き受けた僕は、階級も特別二等士官に昇級した。
そのあと中隊単位での連携訓練になり、各小隊長が交代で中隊長を務めて訓練に励んで二週間程経った頃、騎士団の斥候隊から魔物発生の一報が入った。
大回廊の南に広がる大森林から魔物が次々と現れたということだった。
そして作戦会議で最初の出撃が決まった日の夜、僕は最近いつも考えていたこと、エレナに僕の気持ちを伝えるために彼女を呼び出すことにした。
♢
僕は食堂棟の横にある大きな木の下でエレナを待っていた。
エレナを呼び出した時から緊張で歯の根が合わず、ちょっと体に力を入れるだけで全身がブルブル震えてくる。
そうして10分程たっただろうか、女性士官用宿舎の方から誰かが近づいてくる。
月明かりを綺麗に反射する金の髪はエレナだ。
「フィン、お待たせ・・・・・・どうしたの?」
僕の前まできて立ち止まった彼女も、僕の緊張した様子に何事かと少し緊張しているようだ。
「あぁ、こんな時間にゴメン」
「ん、大丈夫。あとはもう寝るだけだったし」
「えっ・・・・・・と」
本人を目の前にして、やっぱり緊張して次の言葉が出てこない。
こんな時は一旦別の話題を振ってからさりげなく話した方が良いのだろうか。
僕の様子にエレナもただ事じゃないと感じたのだろう。
少し怯えるような表情で僕の言葉を待っている。
「あ、あの・・・・・・」
「・・・・・・うん」
「今度の作戦・・・・・・僕は絶対無事に帰ってくる。だからエレナも・・・・・・絶対に無事に帰ってきて欲しい」
「・・・・・・うん」
「そして、帰ってきたら・・・・・・邪竜を倒して無事に帰ってきたら、僕と・・・・・・」
「・・・・・・」
「結婚してくれないか?」
ちゃんと言おうとしていたことが言えたのかも分からない。
ただエレナの目を真っすぐ見つめ、伝えたいことは伝えることが出来た気がした。
僕を真っすぐに見つめ返していたエレナは両手で口を塞ぐと、ポロポロと瞬きもせず涙を流しはじめた。
そして。
「はい・・・・・・」
その瞬間、喜びと緊張で限界を迎えた僕は倒れるようにエレナを抱きしめ、そして初めての口付けを交わした。
♢
次の日、僕とエレナはヨルマとセシルを呼び出し結婚の約束をしたことを伝えた。
二人ともビックリしていたが、すぐに一緒に喜んでくれた。
母さんとヨルマの父さんにはそれぞれ僕とエレナから婚約したことを手紙で知らせ、帰ってきたら改めて報告しに行くことにした。
僕らが婚約した噂はすぐに部隊内に広まり、出撃の二日前に勇者権限で特別に食堂棟を借りてもらい、ささやかながらパーティーを開いてもらった。
初出撃の前に自分だけがこんな浮かれていていいものか迷ったけど、皆、初出撃の緊張を和らげたかったのか、大勢の人が僕ら二人の婚約を祝ってくれた。
♢
俺はベットに腰を掛け、立て掛けてある聖剣を見つめる。
「俺が・・・・・・勇者だ」
フィンとエレナの婚約パーティーを途中で抜け出し、大事な用事を済ませた後、パーティーに戻る気が失せて自室に戻ってきた。
時々外から大勢が騒ぐ声が風に乗って聞こえてくる。
あいつらの浮かれた
フィンとは子供の頃から一緒だった。
臆病で大人しかったあいつはいつも俺の後をついてきて、俺もそんなあいつを弟のように感じていた。
だがいつしか、頭も運動もあいつに敵わなくなっていた。全部あいつに持っていかれた。
それでも優秀な弟を持った気分でいられたのは、優しさでもあいつに負けていたからだろうか。
それでもいいと思っていた.・・・・・・思おうとしていた。
あいつが大怪我をした前のことも、怪我をした理由も俺は全部知っている。
周りの大人があいつを傷つけないように、怪我をした理由に一切口をつぐんだことも俺には好都合だった。
そして初めて会った子供の頃から今日まで、おれは彼女のことが好きだった。
そして今、あいつは俺の一番大切な彼女まで奪い去ろうとしている。
だが、女神に選ばれたのは俺だ。俺はフィンに勝てる力を手に入れたんだ。
フィンから全てを奪える力を俺は手に入れたんだ。
もういいだろう、我慢することはないだろう。
心の底からそう呟く声が聞こえてくる。
「あいつから全て奪ってやる・・・・・・」
俺の心がフィンへの憎しみで満たされていった。
♢
出撃の日の朝、僕はヨルマを呼び止めエレナのことを頼んだ。
「心配するな。俺がついてる。前にも言ったようにエレナは俺が必ず無事に連れて帰るから。お前こそ無事に帰って来いよ。お前に何かあったらそっちの方が大変そうだ」
僕はそう言って笑うヨルマに礼を言うと、お互いの健闘を祈り、別れた。
そうして演習場に勢ぞろいした僕らはそれぞれ緊張した面持ちで初出撃に出ていく。
もうすぐ夏が来る。今日も嫌になるくらい暑くなりそうな、そんな晴れた朝だった。
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