第35話 タヌキは寝ている方なのか

「もう少し寝かせてあげましょう?」


 頭の上に優しく手が置かれた。

 安心する暖かさだが、ホッとするよりカッとなるというか……前世の時の様でなんだか気恥ずかしい。

 動いてしまいそうになるが、タイミングを逃してしまって「起きた」と言い出しにくくなったので、もう少し寝ているフリをすることにした。

 決して膝枕が惜しいとか、二人の会話を聞いてやろうという魂胆があるわけではない。

 これはタイミングの問題だ。


「…………」


 目を閉じているから見えてはいないけれど、アルヴィンは微妙な顔をしているのが分かるぞ。

 どうせ「叩き起こしてやろうか」とか思っているのだろう。


「……まあいい。マナにも話があります」

「私に?」


 今、真奈を呼び捨てにしたな?

 そういえば二人でいるときは名前で呼んでいると真奈から聞いた気がする。

 なんだか面白くない。


「聖女様が現れたことを国民に知らせることになりました。先日の空から降ってきた花弁は、聖女様が現れた印だということにします」

「あれは女神様が私とエドに贈ってくれたものです!」


 眠っている俺に配慮して抑えてはいるが、真奈が声を荒げた。

 俺には……恐らく真奈にとっても桜の花びらというのは特別なものだ。

 出会いの記憶と共にあるし、再会の象徴のようにも思える。

 だから利用されたくないのかもしれない。


「確認したわけではないのですね? あれを天候としてよいのかは分かりませんが、今まで天候に影響を与えていたのはマナだ。女神様ではなく、あれもあなたが降らせたのでは?」

「そうかもしれないけど……」


 空から花びらが降ってくるなんて、確かに聖女様が現れたという演出にいい。

 この案は女王が言い出したのだろう。


「我々はあなたの安全を考えて対応していきます。実際と異なることもあるかもしれませんが、多少は目を瞑って頂きたい。あなたの感情が天候として現れていることも伏せるつもりです。雨による被害は出ていませんが、これだけ続くと不愉快に思っている者もいることは事実ですから」


 天気は暮らしに密接している。

 迷惑を被っている人がいるのは確かだ。

 そういった人達が真奈を害しようとすることも出てくるかもしれない。


「……分かりました」


 天候のことを出されたからか、真奈は大人しく従った。

 俺もこれは仕方ないと思う。

 あの桜の花びらについて、別にみんなに本当のことを知って貰わなくてもいいだろう。


「そして聖女様のお披露目の場も用意いたしました。まだ少し先になりますが、アストレアの建国祭があります。その際に城で行われるパーティーでマナを紹介したいと思っています。建国祭は女神様の降臨を祝うものでもありますので、最適の場と言えるでしょう」


 ああ、あのパーティーか。

 俺がスッとフェードアウトするのはいつものことだが、このパーティーは割と残る方だ。

 何故かと言うと、階級が高くない一般の国民も招かれているのでそれほど堅苦しくなく、気が楽なのだ。


「その際のエスコートは私がさせて頂きます」

「えっ。私、エドがいいです……」


 真奈が驚いたと同時に俺もピクリと動いてしまった。

 気づかれている様子がないのはよかったが、今の話は聞き捨てならない。

 まだ真奈のことを諦めていなかったのか!?


「パーティーには国内外の有力者がいます。聖女様を取り込もうと考える者も現れるはずです。国民から支持のある王太子の私と親密であることを見せれば、そういった考えも多少は抑えられると思いますが……。功績を持たないエドワードでは、そういった露払いが出来ないのです」


 確かにアルヴィンはずっと王太子として動いてきたし、国民とも接してきた。

 多少話をするようになって、俺が思っていた以上に多くを担ってきたことも知った。

 アルヴィンが近くにいるということを示せば、ちょっかいを出してくる奴も少ないだろう。

 今の話を理解することは出来るが……納得は出来ない。

 俺じゃ露払いも出来ないなんて、前世と同じじゃないか!


「功績が出来ればいいのですよね」

「エド?」


 目を開けると真奈と目が合ったが、構わず起き上がってアルヴィンと対峙した。

 見慣れた冷たい視線に晒される。


「簡単に功績と言うが、出来ると思うか?」


 パーティーまでにアルヴィンに追いつくのは難しいだろう。

 だからといって、また何もしないのは嫌だ。


「やります」


「出来るか分からないけど」なんて言わない。

「やる!」と強い意志を持って言うのが大事だ! ……というのは前世で見たテレビか漫画の受け売りだが、そういう気持ちでやりたい。

 整っている分、睨まれると怖いアルヴィンの顔を見据える。


「確かに聞いたからな。マナも証人だ」


 そう言うとアルヴィンはにやりと笑った。

 その顔を見て嫌な予感がした。

 もしかして……俺のタヌキ寝入りに気づいていたから、発破をかけるためにわざと真奈をかっ攫うような話をしたのか?


「功績が出来ればよいが、今のままだとお前には譲れないぞ?」


 ほくそ笑む顔を見てそれが正解だと確信する。

 やっぱりこの人は女王の血を濃く継いでいる。

 俺にも女王の血は流れているはずなんだけどな!


「分かっています」


 はあ、と溜息をつきながら真奈の隣に腰を下ろした。

 上手く乗せられてしまった。


「ところで、マナ。起きているのに寝ている振りをして、膝枕を楽しんでいた浅ましい男のことはどう思いますか?」

「なっ!」


 やっぱりバレていたのか。

 真奈にはバレていなかったようなのに、何故黙っていてくれないんだ!

 視線を感じたので横を見ると、真奈がきょとんとした顔で俺を見ていた。


「いや、違うんだ。これはタイミングの問題で……」

「気持ちよかった?」


 気まずくてごにょごにょと話す俺に真奈が爽やかな笑顔を向けてきた。

 眩しい!

 疚しい気持ちはなかったのに罪悪感が湧く。


 いや、嘘です。

 若干疚しい感じもありました。


「あ、まあ……おかげさまで」

「よかった」


 にっこりと微笑む真奈は天使のようだった。

 あ、天使じゃなくて、そういえば正真正銘聖女様だった。


「息抜きは終わりだ。愚弟よ、移動するぞ」


 望んでいた展開にならなかったのか、アルヴィンの面白くなさそうな声が割り込んできた。

 俺が「変態三男!」とでも罵られると思っていたのか?

 あなたはエセ貴公子ですよ。


 それにだれが愚弟だ。

 というツッコミは心の中に留めておこう。

 今は世話になっているからな。


「あ、マナに聞きたいことがあったのだ」


 立ち上がっていたアルヴィンが真奈に声をかける。


「何でしょう?」

「女神様に神子の話は聞いたことがあるだろうか」

「神子、ですか」

「ああ。ルーカス様が調べた中には、『聖女』の他に『神子』という記述があったそうだ。聖女様のことを指して神子と言っているのかもしれないが……」


 神子?

 俺も聞いたことがないな。


「聞いたことがありません。聞ける機会があったら聞いてみます」

「よろしく頼む」


 アルヴィンはさっさと部屋を出て行ってしまったので俺も急いで後を追わないと。


「エド、頑張ってね」

「ああ」


 立ち上がった俺に真奈が笑顔を見せてくれた。

 そのまま出て行こうとしたが、真奈に腕を掴まれた。

 何か用事があるのか?


「あのね、ありがとう」

「うん? 何が?」

「エド、私のエスコート役をするために頑張ってくれるんでしょう?」

「!」


 そうだ。

「功績があったらいいんだろう!」と、アルヴィンのエスコート役を阻止したが、それは「俺が真奈をエスコートしたい」と言っているのと同じだ。

 前世を繰り返すのが嫌だったから、ついカッとなって言ってしまったが……。

 照れてつい「そういうことじゃない!」と真奈に言いかけたが、他の誰かにエスコート役を譲るのは嫌だ。

 だから「俺がしたい」というのは間違っていないか。うん。


「……頑張るよ」

「エド……! うんっ!」


 真奈が笑うと同時に、眩しい光が窓から部屋に差し込んで来た。

 これだけ嬉しいのかと思うと嬉しいが、同じくらい照れる。

 晴れすぎだろ!

 あとからユーノに「目が潰れそうなくらい凄く眩しかったですね」といじられそうだからやめてくれ!

 逃げるように部屋を出ようとしたが、思い出したことがあるので扉を閉める前に言っておいた。


「桜の花びらの本当のことは、俺達が分かっていたらそれでいいんじゃないかな」

「エド!!!!」


 パアアアッと更に晴れていく真奈の顔と空が見えた気がしたが……。


 気のせいではなかったようで、後から合流したユーノに「今日はやたら晴れていて、やたら蝶々が飛んでいますね。どこかにお花畑でもあるのでしょうか」と、俺の頭を見ながら言われたのだった。

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