第11話 猫
「兄上、今日は俺に任せて欲しいとお願いしたはずです!」
「引っ張り出すまで大人しく待ってやっただろうが。後はオレに任せろ」
ずかずかと部屋に入ってきたイーサンを見て真奈が顔を顰めた。
心底嫌がっている様子だ。
せっかく話が出来るようになっていたのに、ぶち壊しやがって……!
どうして帰っていないのだ!
さては今まで美女とイチャついていたな?
ここは神殿、しかも聖域だぞ!
バチが大当たりして非モテになる呪いを魂に刻まれろ!
とにかく今はイーサンと真奈を引き離した方がいいだろう。
これ以上天候も荒らしたくない。
「聖女様はお疲れなので、もう休んで頂くところです。兄上も城にお戻りください」
「お前の指図は受けない」
「俺の指図ではありません。今日俺がここにいるのは母上の指示です」
「明日からはオレが聖女様の相手をするんだ。今からだっていいだろ」
「えっ」
真奈が小さな悲鳴のような声を上げた。
黙っているが、顔が全力で「嫌だ」と叫んでいる。
そんな真奈を見て「チッ」と舌打ちしたイーサンは、ソファに座る真奈の隣にドカッと座った。
「聖女様、一日オレといたらもう離れたくなくなるぜ? 楽しみに……」
肩を抱こうとしたイーサンの動きを察知した真奈は、イーサンの腕をかわしてソファから脱出し――。
「えっ」
何故か俺の隣に来て、全く間を開けることなくくっついて座った。
それはもう「俺達はN極とS極だったのかな?」と思うくらいにぴったりとくっついている。
どうしてこうなった……。
「お前……」
イーサンが殺気を飛ばしてくる。
いや、なんで俺が睨まれているんだ?
ただ座っていただけなのだが!
「あの、聖女様……」
実兄に視線で刺し殺されるので元の席にお戻りください。
察してくれ! と念を送ったのだが……。
「…………」
更に無言で腕まで組まれてしまった。
何故悪化した!?
いや、正直……悪い気はしないよ?
兄上ざまあ! と思うし、真奈はいい匂いだし、柔らかいし、何とは言わないが当たっているし。
むしろ「ありがとうございます」とお礼を言うべき事案だ。
これが前世で浮気された彼女じゃなかったら、兄に睨まれていなかったら……遠慮無くだらしない顔をしただろう。
でも今は困る、非常に困る。
ちらりと腕に絡みつく真奈を見る。
前世では余裕のあるオトナお姉さんだったのに、エドワードになってから見る真奈は子供っぽい。
こちらが本性なのか?
転生して猫を被るのはやめたのか?
……本当は犬好きだし?
泣き喚いたかと思うとこうやって擦り寄ってきて……本当に気紛れな猫のようだ。
まともに相手をしていると痛い目に遭うだろう。
「とにかく、今日はこれまでにしませんか」
「だったら今から『明日』、オレの領分になるってことだ。聖女様、こんな辛気くさいところは出てオレと城に行くぞ!」
全くしつこいセクハラ筋肉だなあ! ……まあいい。
俺としては「聖女はやはり真奈。関わるべからず!」という結果を出したので、あとは女王に聞いたことを報告すれば聖女様関連のことは終了とさせて貰う。
イーサンを嫌っている真奈には悪いが、以降は兄達に任せよう。
「聖女様、俺ももう城に戻ることにします。聖女様は神殿の部屋に戻られますか? 兄上と城に移動しますか? 安全面を考えると、城の方がいいと思いますが……」
神殿も安全だが、何か起こった場合は城にいる方が対処出来る。
「城なら魔物が来てもオレが一捻りだ。守ってやるぜ?」
「……魔物?」
俺の腕を掴む真奈の手に力が入った。
おいおい、怯えさせるな。
「城に魔物は出ませんのでご安心ください」
「『例えば』の話だろうが。オレを馬鹿にしているのか? お前、調子に乗るなよ」
「……申し訳ありません」
調子に乗ってなどいない。
むしろフォローしたから!
きゃーかっこいい! を狙っているのに怖がらせる結果になっているのだから、例えとしては0点だからな!
「ねえ、城にあなたも住んでる? すぐ会えるようになる?」
これ以上イーサンの機嫌を損ねないようそろそろ退出するかと考えていたら、真奈にツンツンと袖を引っ張られた。
おい、可愛いのはやめろ。
「……はい。聖女様の部屋は王族が使用するエリアに用意されていますので、すぐ近くですね」
「じゃあ……お城に行く」
……来るのか。
「では、手配しましょう」
神殿の前に馬車が二台並んでいる。
前にある一目で要人が乗っていると分かる豪華で立派な馬車はイーサンが使っている。
後ろにある中流貴族が乗っていそうな感じの馬車が俺のだ。
孤児院や街を移動するために使っているから、あまり豪華にも出来ない……ってことにしておこう。
俺だって頼めば立派な馬車を用意してくれる……といいな。
とにかく、俺の馬車は聖女様を乗せるには相応しくないだろう。
恐らく真奈は嫌がるだろうがイーサンの馬車に乗って貰うことになった。
俺もイーサンもすでに馬車に乗って待機中、あとは真奈待ちだ。
さっさと先に帰りたかったのだが、「お前が俺の前を走るなど言語道断」などと言われたので大人しく待っている。
ただ待っているのも暇だし、まだ残っている猫クッキーをやけ食いでもするかと思っていたら、案外早く仕度がすんだようで真奈が姿を現した。
真奈は神官達と同じ服を着ていた。
聖女様の存在はまだ公にしていないので、いかにも聖女という恰好は控えた。
俺を見つけた真奈は嬉しそうに駆け寄ってこようとしたが、周りの神官に引き留められてイーサンの方へと誘導されている。
「聖女様、イーサン様の方に行きたくなさそうですね」
俺と一緒に馬車の窓から真奈の様子を覗いていたユーノが苦笑する。
「まあ、兄上という精神衛生上よくないものが乗っているが、女性神官が付いているから二人きりじゃないし……なんとかなるだろう。乗り心地もこちらよりも断然良い。何かあった時に兄上の方が武力もあるしな」
「そうですね」
ユーノに窓を閉めるよう言い、馬車が動き出すのを待つ。
「エドワード様が女性の扱いが上手いとは知りませんでした」
無表情で話しかけてきたが……からかっているな?
そういえばユーノの前で真奈を抱きしめたり色々言ったりした。
なんてことだ。
かなり恥ずかしいぞ。
「泣いている子供のようだったからな。孤児院で子供のあやし方は習得済みだ」
そういうことにしておきましょう、とユーノが笑う。
しておく、じゃなくてそうなんだよ!
「なんとかなった……と言っていいのでしょうか」
「城に移ってくれるんだ。上出来だろ。俺はここまでだ。あとは兄上たちに任せよう」
「そうはならない気がしますが……」
「おい、フラグを立てるな」
俺は前世を乗り越え、今を生きるのだ。
もう真奈には構っていられない。
「うん? 騒がしいな」
もう出ると思っていたのだが動かないし騒々しい。
窓を開けて様子を見ようと思ったら、勢いよく扉が開いた。
「うわっ!?」
開いた瞬間、何かが飛び込んできて俺の腹にタックルをした。
結構痛い……なんだ?
「……聖女様?」
真奈?
ユーノの声を聞いて俺の腹にしがみついている物体を見ると、それは確かに真奈だった。
部屋にいた時といい、静かに登場することが出来ないのか!
「聖女様、どうしました?」
「ここに乗せて」
涙目上目遣いは卑怯だ。
だが俺は屈しない!
「聖女様はあちらに……」
「お願い……ひくっ……ううぅ」
ああもう泣くなー!!
これから馬車移動なのに雨が降ったら困る!
またイーサンの怒りを買うことになるが仕方ない。
……俺、聖女様に関わらずにいられるんだろうか。
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