第10話 はじめましてな再会
バンッ! と勢いよく扉を開けて現れた聖女様――真奈は、こちらをジーっと見たまま大粒の涙を零している。
突然の聖女の訪問と原因不明の号泣に俺とユーノは固まった。
出てきてくれたのは嬉しいが……何ごとだ?
「はっ……! …………る?」
前世の名前を呼ばれた!? と焦ったが、真奈は右へ左へと首を傾げている。
「えっ……あれ? な、なんで?」
「「?」」
腫れて赤くなっている痛々しい瞼をゴシゴシと擦ってはパチッと目を開き、こちらを凝視して何かを確認しようとしている。
俺とユーノは固まったまま、謎の確認待ちタイムだ。
「なんで!!!?」
突然大声を出され、静かに真奈を見守っていた俺達はビクリとした。
「今、見えたのに! いたのに! なんで!? 違う! なんで金髪!?」
金髪と言っているから俺のことだと思うが……なんだ?
「手紙をくれた人? あのエセ貴公子とセクハラ筋肉の弟なのよね?」
「ぐはっ」
「…………っ」
その名称と俺を繋げるのはやめてくれ!
ユーノ、真顔で笑うなんてそんな高等なスキルをいつの間に習得してやがった。
こそっと「エドワード様は半分ずつ頂いてエセ筋肉でいいのでは?」と囁いてくるんじゃない。
そうそう、確かに俺のは筋肉のように見えて贅肉……って悲しいことを言わすな!
「……うん?」
水面下でユーノとバタバタしていると、真奈の様子がまたおかしくなっていた。
震えを抑えるようにギュッと手を握りしめ、俯いている。
「ひどい……」
真奈はぼそりと呟くと、糸が切れたようにぺたりと床に座り込んでしまった。
「女神様の嘘つき! 私、何もしない……何もしないから!」
わああああっ! と泣き崩れながら真奈が叫んだ瞬間、ピカッと閃光が走った。
バリバリと音を立てながら空を割った光は地に落ち、地響きとなる。
同時に叩きつけるような雨が降り始める。
雷雨再び。
「あわわ……!」
リアルにあわわと言ってしまうほど俺とユーノは大慌てだ。
俺原因の災害とか起こったらどうしよう!
「聖女様、心を静めてください。天候が不安定ですと、民も不安になってしまいます!」
「そんなこと言われても知らない! 悲しいものは悲しいの! うわああああっ!」
……参ったな。
座り込み、大きな口を開けて子供のように泣き叫ぶ姿を見ていると、真奈にはもう興味がないはずなのに胸が苦しくなった。
真っ直ぐでサラサラだった髪は艶をなくし、健康的な白い肌だったはずが今は蒼白く、窶れたように見える。
今も確かに美少女だが、俺の記憶にある真奈の輝きが全く無い。
泣かないでくれ。
真奈は笑っている方がいい。
真奈の正面に片膝をついて腰を下ろすと、背中に手を回して抱き寄せた。
「泣き止んでくれ。泣いている君を見るのが辛い」
前世の俺のことで泣いているのなら、もう忘れてくれていいんだ。
「…………っ」
ピタリと真奈の泣き声が止まった。
そして――。
「…………遥?」
「!」
あ、まずい。
無意識に動いてしまっていたが、何やってんだ俺!
つい前世の感じて動いてしまった。
細い肩を掴んで身体を離すと、誤魔化すように笑った。
「ほ、ほら、目も腫れてしまって美人が台無しですよ!」
真奈はキョトンとした顔で俺を見ていた。
おい、可愛いぞ!
……じゃなくて、今は誤魔化さなければ。
ヘラヘラしていると真奈の顔がどんどん険しくなってきた。
まずい。
何がまずいのかよく分からないけど、絶対に良い状況ではないのは確かだ。
あ、そうだ。
「これで涙を拭いてください」
俺はスッと高級なハンカチを差し出した。
泣いてばかりだと分かっていたからちゃんと用意しておいた。
どうだ! スマートだろう!
前世の俺とは一味違う。
「いらない」
真顔で断られた。
俺も真顔になる。
なんでだ!
普通に傷ついた。
「……やっぱり違う。でも、抱きしめられて嫌じゃなかった。どうしてだろう……遥以外は絶対に嫌なのに……」
ブツブツ呟いている真奈から一旦視線を反らし、気を取り直す。
大丈夫だ、転生した俺はもうガキじゃない。
俺の紳士な親切心は、ハエ叩きで叩き落とすかのように打ち捨てられて凹んだが、ここは大人の対応をしよう。
なんたって俺はクールな大人の男。
いらなければ捨ててください、と伝えて真奈にハンカチを握らせると目線の高さを合わせて話し掛けた。
「無理に泣き止めとは言いません。しかし、そんなところで泣くのは寒いかと。ソファに移動しませんか」
刺激しないように話しかけると、真奈はコクンと頷いた。
一々可愛いぞ。
困った……生身の真奈の破壊力は凄い。
前世の二の舞にならないように気をつけなければ。
「ユーノ、膝掛けと暖かい飲み物を」
「かしこまりました」
真奈にリラックスして貰うため、ユーノに指示を出しながらソファに誘導。
ユーノから膝掛けを受け取ると真奈に手渡した。
今日は冷えるからな。
もう止んだが、真奈が雪を降らせていたからね!
用意した温かい飲み物は真奈の前にセットして貰う。
「どうぞ」
俺がすすめると真奈はカップをとった。
「……ミルクティーだ」
寒い日はホットミルクかミルクティーだろう。
前世の真奈が言っていた。
「似てるのに違う……余計に会いたくなるよ……」
「何か? 他の飲み物にしますか?」
「ううん。これがいい。ありがとう」
いつの間にか雨音は消えていた。
「それ……」
真奈の視線の先にあるのは、俺達が食べていた猫の顔クッキーだ。
「私にくれたものと同じものよね? そのクッキーはこの神殿で作ったの?」
「神殿の調理場を借りて俺が作りました」
「え、あなたが? 王子様なのよね? 王子様ってお菓子を作ったりするの?」
「いえ、こんなことをするのは俺くらいだと思います。俺は兄達と違って暇なので」
卑屈になって笑ったのだが、真奈はまっすぐ俺を見ていた。
「素敵だと思う」
お世辞じゃないと分かる眼差しにドキッとした。
困る。
こういうのはかなり困るぞ。
「ありがとうございます」
余計なことを口走らないよう当たり障りのない礼を言い、次の話題を考えた。
えーと、何を話そう。
全然頭が回らない。
案外俺は自分が思っている以上に動揺しているのかもしれない。
「ねえ。今度、犬の形のクッキーを作ってくれない?」
黙っている内に真奈から話しかけてきた。
助かったが……。
「犬、ですか?」
何故だ?
真奈は猫が好きだろう?
思わず眉間に皺が寄る。
「うん。私、猫より犬が好きなの」
…………は?
はあああああああああ!!!?
おいおい、俺は心中穏やかじゃないぞ。
猫グッズを集めていたのはなんだったのだ!
猫グッズを貢いでいた俺はなんだったのだ!
「そうは言っても、猫の方が好きなのでは!?」
そうだと言ってくれ!
「ううん、犬だよ。一番好きなのは愛嬌があって可愛い柴犬かな!」
ま……まじかああああっ!
それでも俺は食い下がる。
「でも、聖女様も猫に似て愛らしいですよ?」
「!」
そう言った途端、真奈は目を見開いた。
あれ?
俺、変なこと言った?
前世でも言ったことがある気がするが……キザだった?
カーッと耳が熱くなる。
急に恥ずかしくなってきた。
真奈も黙っていないで何か言ってくれ!
ガブガブ紅茶を飲んで動揺を誤魔化した。
「そう言ってくれた人がいたよ。でも私は犬が好きなの。凄く凄く……大好きなの」
俺の動揺には気づいていない様子の真奈が穏やかに語った。
……どうやら犬が好きなのは本当のようだ。
悲しいな、俺が見ていた真奈はなんだったのだろう。
これが現実なんだな。
みっともなく過去に固執するのはやはり止めるべきだ。
今の俺はエドワード・アストレア。
この国の王子としてちゃんとしよう。
緩みかかってきたネジをしっかり締めた。
「聖女様、この国に召喚された際、女神様にはお会いしましたか?」
「会ったというか、声が聞こえたよ。この国に与えている加護が消えかかっているから何とかしてあげたいんだって」
「そ……それは本当ですか!?」
それって大変なことでは!?
加護がなくなったら、この国に手を出そうとする輩が現れるかもしれない。
これは女王に報告案件だ。
「それで……この危機を聖女様が救ってくださると?」
「嫌」
「はい?」
「私、何もしないもん」
「ええー……?」
しないもんって……お前もう十九歳だろ!
なんで幼女化してんだ!
「それはどうして……」
「…………っ」
質問するとまたじわりと目に涙が溜まり出した。
ああ、また雨が……!
詳細を聞きたいが泣かれては困る!
どうしたものかと焦っていると、廊下からドスドスという重たい足音が聞こえてきた。
それは段々スピードを上げながらこちらに近づいてくる。
嫌な予感しかしないな!
足音はこの部屋の前に来たと同時に、壊れそうな勢いで扉が開いた。
「聖女様が出てきたらしいな! 役立たずが初めて役にたったぞ!」
セクハラ筋肉のお出ましである。
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