第9話 佐倉真奈②
いつもの合流場所に遥君の姿がなかった。
風邪かな?
遥君が学校を休むことは殆どなかったが、まったくないわけではない。
だからそれ程気にしなかったのだが……。
遥君は次の日も、その次の日も現れなかった。
『大きくなったらいつの間にか彼女とか作ってるから』
またあの棘がジクジクと痛む。
恐れていたことが現実になった?
確かめることは怖かったけれど、確かめなければどうにもならないと思い、遥君の通う中学校へと向かった。
『綺麗なお姉さん』はきっと待ち伏せなんかしない。
でも今話をしないと、もう一緒にいられない気がして、中学校の校門前で待ち続けた。
でも、遥君は出て来なかった。
出て来るまで粘りたかったけれど、何故か人が集まって来てうるさくなり、帰ってきてしまった。
それにしても……高校一年生の私と中学三年生では一つ違いなのに、まとめて中学生として見ると皆子供のように見えた。
小学生と変わらない。
恋愛対象としてなんて全く見られないのに遥君だけは別。
結局は年齢なんて関係ない、上でも下でも遥君だからいいのよね。
翌日、その翌日も話し掛けて来る子達を無視しながら待ち続けたが遥君の姿が一向に見つからない。
もしかして避けられている?
初めてその可能性を考えて全身の血が冷たくなった。
もっと確実に会えるとことに行かなきゃ!
緊張しながら遥君の家の前で待ち伏せる。
暫くすると遥君が姿を現した。
遥君を久しぶりに見られて嬉しくなったけど、目を合わせてくれなくて悲しくなった。
「……最近忙しいの?」
「ううん」
「体調が悪いとか?」
「すこぶる健康」
……やっぱり、他に好きな人が出来たの?
それを聞きたいけれど、聞くのが怖くてまだ回り道をしてしまう。
「……もしかして私、何か怒らせるようなことをした?」
「?」
「じゃあ、なんで会いに来てくれないの……」
「??」
駄目だ。
泣きそう。
じわりと込み上げてきた涙が目に溜まる。
すると遥君が焦りだした。
女の子が泣き出したら好きな相手じゃなくても焦るよね。
必死に我慢していると、あたふたしていた遥君の表情が突然変わった。
名案が浮かんだような……何かに気づいたような……?
「好きだ。ずっとあなたが好きです」
「え?」
真っ直ぐに目を見て言われたことを理解するのに時間が掛かった。
え!? えー!?
嬉しいけど、凄く嬉しいけど突然何!?
パニックになったけれど、お姉さんらしくしなきゃ! とハッとした。
「か……」
「か?」
「彼女に……なってあげようか?」
年上っぽく……と思ったら偉そうになってしまった!
私の馬鹿ー!
やっぱりいいです! と言われたらどうしようかと思ったけれど、遥君はいつもの……ううん、いつも以上の笑顔を見せてくれた。
「お願いします!!!!」
まるで空から光が射して来たかのように世界がパアッ! と明るくなる。
ああ、遥君は私の天使!
こうして私達は無事彼氏彼女になれた。
やっとここまで辿り着けた。
今までも一緒にいたから劇的な変化があったわけではないけれど、関係が変わっただけで毎日がより楽しくなった。
名前で呼び合うようになったし、私はテレビや漫画、周囲から聞いたちょっとエッチを実践したり!
遥君……遥の反応がまた可愛いかった。
からかうつもりはないけれど私にドキドキしてくれるのが嬉しくて、ついお姉さんぶってしまう。
高校生になると、恋人がいる友人達から男女関係を進めている話をよく聞くようになった。
中学生の遥君に同じようなことを求めるのは間違っているかもしれないけれど、私も興味が湧いてしまって……。
散々今までお姉さんぶってきたのに、こういうことは遥から押してくれないかな? と自分勝手なことを考えてしまう。
だって恥ずかしいもの!
いつも優しくてニコニコしている遥が真剣な感じで……でも必死な、余裕がない感じで迫ってくる! ……という妄想をしてはきゅんとした。
早く現実になって! じゃないと私の妄想がどんどん過激になっちゃう! と私の心の中はしばらく大変だった。
それでそれとなく身体の接触を増やしたり、誘うように肌をチラ見せしてみたけど、遥は思うように迫ってくれなかった。
なんでなのー!
結局お姉さんぶって私から仕掛けて第一歩を踏み出したけど、これ以降は遥に頑張って欲しい。
本当に恥ずかしかったんだからっ!
そして私達は進学し、大学生と高校生になった頃――。
友人達が私の恋愛関係について、より一層口を出すようになっていた。
仲の良い友人達の中で、彼氏がいないのが私だけだったから仕方ないのかもしれないが、興味がないと言ってもしつこく話をしてきた。
あなた達、暇すぎでは?
友達皆がお見合いを進めてくる面倒な親戚に思えて、かなりストレスが溜まった私はとうとう「彼氏がいる!」ということを話した。
これですっきりするかなあと思ったが、案の定遥が高校生だと知ると口を出してくる人がいた。
高校生とか子供だし、あの子はイケメンでもなくて普通じゃん! と言われたこともあった。
わざわざ遥を見に行ったらしい。
怖いし迷惑過ぎる!
もっと相応しい人がいるんじゃない? なんてことも言われた。
私の好きな人が私に相応しい人よ!
放っておいて欲しい。
「ねえ、良い案があるんだけど……」
大学にいる間、苛々することが多くなった私に一つの提案をしてくれたのは、大学に入ってから仲良くなった子だった。
その子が持ってきた話は『私と同じように周りからうるさく言われて困っている人と付き合っていることにしておいて、周りを黙らせよう』というものだった。
その困っている人というのがその子のお兄さん。
見たことがあるが確かにイケメンだった。
造形が美しいですね、というだけで興味は全くないけれど。
一つ年上、モテるが彼女はいないそうで、私と同じように周りがうるさくて困っているらしい。
確かにその先輩ならいい防波堤になってくれそうだ。
嘘でも遥以外の人を彼氏と言うのが嫌だったけれど、遥を見に行った人まで出てきたので、これ以上過激になっては困ると思って提案を受け入れた。
付き合っていると嘘を言ったり、振りをしたりするのは大学の中だけだと約束したし、遥の耳に話が入ることもないと思う。
余計な心配を掛けたくないし、遥には黙って対処することにした。
「え? 外で会って欲しい?」
先輩と付き合っている振りをするため、稀に大学の食堂で昼食を共にしていたのだが、その時に頼まれたのが『外でデートをしている振りをして欲しい』というものだった。
「嫌」
即答で断ったが、先輩の友人が「休日に一緒にいないし、デートをしたという話を聞かないからおかしい!」と疑っているらしい。
適当に嘘を言っておけばいいのでは? と提案したけれど、一度デートをしている姿を見せた方が早いから、と押し切られてしまった。
「一度だけだからね」と念を押して引き受けたが、それが大きな間違いだった。
偽装デートの日、遥は一日家にいると言っていたし、バレることはないと思った。
遥以外の人と出掛けるためにお洒落はする必要がないから大学に着ていく普段着だ。
先輩はそれに気づいたのか、「服を買いに行こう。プレゼントする」と言ってきたけど丁重にお断りした。
先輩は高級車に乗っていたし、服以外にも行く先々でプレゼントをしてくれようとしたから裕福なのだろう。……親が。
遥なら親の稼いだお金で散財したり女の子に貢いだりしない!
ああ、遥に会いたい!
全然楽しくないのに、先輩の友人がどこで見ているか分からないからと仲良くしている振りをするのは苦痛だった。
遥のことを考えて乗り切ったけどね!
今思えば遥に最初から事情を正直に話しておけば良かったと――、私は本当に愚かだったと思う。
『真奈に相応しい人と幸せになってくれ。今までありがとう。さようなら』
デートの途中に遥から来たメッセージを見て、頭が真っ白になった。
「……今、私を見たんだ!」
すぐに分かった。
「近くにいるはず!」
店を飛び出し、遥の姿を探した。
大丈夫、私なら遥の姿をすぐに見つけられるはず!
祈るようにそう考えながら周囲を見渡すと……いた!
「遥! ……あれ?」
遥の向こうに、妙に端へ寄っている車をみつけた。
このまま行けば道路をはみ出し、歩道に突っ込んでしまうのに位置を修正しない。
危ないんじゃないかと不安になった。
その車はどんどん遥に近づいて行く。
まだ様子がおかしい。
このままじゃ……このままじゃ遥にぶつかってしまう!
「遥っ!!!!」
思いきり叫ぶが、遥はジッとスマホの画面を見ていて気づかない。
ああ、どうしよう!
全力で駆け寄るが――間に合わない!
キィィィィィィィィ! というブレーキ音が響く。
遥がスマホから目を離し、顔を上げたが……。
ドオオオオオオオオンッという耳を覆いたくなる轟音がした。
私は思わず目を瞑ったが……遥の無事を早く確認しなければっ!
震える手をぎゅっと握り、既に出来ている人集りへ向かった。
「…………っ」
すぐに見えたのは赤。
車の匂いと交じる鉄の匂いで、それは絵の具でもペンキでもない血だとすぐに分かった。
その血の中心にいたのは――。
ひゅっと自分の喉が鳴ったのが分かった。
「やだ……嘘……遥!! 遥!!!!」
見たことのない飲食店の制服を着ている遥が真っ赤に染まっている。
飛びつくと遥に触れた私の手も真っ赤に濡れた。
「駄目だ! 動かさない方がいい!」
誰かに腕を引かれ、遥と引き剥がされる。
「救急車は呼んだか!?」
「呼んだ! すぐに来るが……」
「心臓マッサージとかした方がいいのか!?」
「いや、もう……」
周りの人達が対処してくれるが、私は遥をみつめることしか出来ない。
「遥……遥ぅ……」
いくら呼んでも動かない。
「やだぁ……返事してよおおおおおお!!」
叫んでも遥は動かない。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
早く遥を助けて!
そう思うのに自分は動けない。
ふと遥の傷だらけの手の近く、血だまりの中に何かあるのを見つけた。
遥の手から落ちたものかもしれない。
無意識に掴んでみると、それは私が好きだと言っている猫のキャラクターのストラップだった。
今キャンペーンでミルクティーのペットボトルに付いている。
もしかして……私のために買ってくれた?
ミルクティー、好きじゃないのに?
きっとそうに違いない。
お菓子や雑誌の付録でも、私が好きそうなものはいつも買って来てくれた。
こんなのみつけたー! って嬉しそうに笑って。
血まみれで何色かも分からないストラップを握りしめるとたまらなくなった。
「ああああああっ!!!!」
「君!! 駄目だって!! 動かさない方がいいから!!」
「遥! 遥ってば! 起きてよ! 起きてよおおおお!!」
そこからはあまり記憶がない。
一緒に救急車に詰め込まれ、病院で待っていると遥のお父さんとお母さんがやって来た。
どうやって帰ったのか分からないけど、気づけば家にいて……。
遥は私の前から去ってしまった。
私はお別れの場に出ることは出来なかった。
大学に行く気になれず暫く休んでいると、先輩と友人が私の家に様子を見に来てくれた。
でも、私は先輩の顔を二度と見たくないと思っていたから、家に上げたくなかった。
だから玄関で対応して帰って貰おうとしたのだが、私のことが心配だから先輩だけでも残るとしつこかった。
段々苛々して、強めに帰るように頼んだら友人が言った。
『ちょうど彼氏がいなくなったんだから、お兄ちゃんと本当に付き合えばいいじゃない』と。
一瞬で頭に血が上った。
ちょうどって何!? 遥以外はいらない!
今度は怒鳴り、殴るように押し出して帰らせた。
私は本当に馬鹿だ。
やっと気がついた。
二人は最初から外堀から埋めて、先輩と私が付き合うように持っていこうとしていたのだ。
さっきの言葉で「もしかして……」と思い、他の友人を問い質して確認した。
二人の下らない策略に嵌まってまんまとデートして、大切な遥を失ってしまった。
「遥を裏切るようなことをしたからバチがあたったんだ……」
私のせいだ。
私があんなところにいなければ……いつも通りの日曜日を送っていれば……一緒にいれば……。
全部私のせいだ。
「……謝ろう」
私は遥のお母さんに会いに行った。
お母さんに「遥が死んでしまったのは私のせいだ」と全てを話した。
「何を言っているの! 真奈ちゃんのせいじゃないよねえ。悪いのは脇見運転の運転手! 真奈ちゃんのせいだ! なんて言ったら、真奈ちゃん命の遥真に叱られちゃうわよ」
お母さんはそう言って笑った。
やっぱり遥のお母さんだ。
すっかりやつれてしまった痛々しい様子なのに、私を気遣ってくれる。
優しい。
優しいから……辛い。
お前のせいだ! と責められた方が楽になれたのに。
遥の家を後にすると、何故かふらふらと行きたくないと思っていたはずの事故現場に来ていた。
遥の命が途絶えた場所には花やお菓子、ジュースがたくさん供えられていた。
人当たりが良くて優しかった遥は友達が多かった。
さすが遥、人気者だね。
そんなことを考えながらぼーっと立っていると、通りがかった子供が供えてある花を指差して一緒にいる母親に尋ねた。
「ママ! あそこで誰か死んだの? オバケ出る?」
「こ、こら!」
母親の方は私を見て、気まずそうに頭を下げて去って行った。
ねえ遥、オバケになっちゃったの?
失礼だよね、と笑う。
でも、子供は考えたことをそのまま口にするから仕方がないよね。
それに私はオバケでもいいから遥に会いたいよ。
遥がいなくなってからずっと握りしめている猫のストラップを撫でる。
ねえ、知ってた?
私、本当は猫より犬派なんだよ?
遥が私のことを猫っぽくて可愛いって言ったし、猫を可愛いと言っている私が可愛いと言ってくれたから、つい猫好きの振りを続けちゃったけど……私は猫より遥みたいな人懐っこくて愛嬌のある犬の方が好き。
いつか言おうと思っていたけど、言うことが出来なかったなあ。
目を閉じるとふらっとした。
寝不足の上ずっと泣いていたから頭がくらくらする。
ここで寝ていいかな、遥の近くにいるみたいだし。
そんなことを考えていると、すぐ近くで声が聞こえた。
――私のお願いを聞いて頂けますか?
誰?
幼い子供の声だけれど、とても丁寧な話し方で上品だ。
――聞いて頂けるのならば、私はあなたの願いを叶えましょう
願い?
私の願いは一つ。
私は――。
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