第12話 城での生活

 恒例となった聖女案件集会が女王の私室で始まった。

 今日はこの場には初参加、騎士団長である父クライブの姿がある。


「いやあ、こうやって家族が集まるのは久しぶりだな!」


 父はいつものきっちりした騎士服ではなくシャツとズボンのラフな格好で母の隣に座っている。

 父は夫という立場より、騎士団長としての立場を優先するので母と並ぶ姿を見るのは珍しい。


「のんびり家族団らんというわけにはいかんがな」


 二人が並ぶ光景に少し緊張が解けたが、聖女様についての話し合いが始まるとすぐに空気は変わった。


「イーサンとエドワードから今日の報告は受けた。聖女は女神から加護について使命を与えられているが、それを全うする気はないということだったな?」


 報告しなくても女王の耳には入っているだろうと思ったが、俺は城に戻るとすぐに今日の報告をした。

 先に城に到着していたイーサンも俺より先に報告をしていてが、今日起こったことは全て自分の成果だと伝えていたようだった。

 イーサンは何もしていない……というか、妨害だけ一丁前だったくせになんという厚かましさ!


 俺はイーサンの報告について抗議も訂正もしなかったが、女王は事実を正確に把握しているようだった。

 聖女様案件を全て引き受けてくれるなら都合がいいので「さすがイーサン兄上ですね」とよいしょをしたのだが、「お前はそれでいいのか?」と聞かれたからな。

 これはもう完全にバレている。

 残念だったな、イーサン。


「おい、エドワード。さっさとお前から話せ!」

「え? 俺ですか? イーサン兄上が……」

「お前が言え」


 自分の成果として報告したのだからせめて自分で話せよ! と思ったが、そういえば女神様の話はイーサンが来る前にしていたっけ。

 じゃあ、分からないか。

 おやあ? ご自分の成果を語れないのですか? とニヤニヤしてやりたいが、聖女様に関わらない穏やかな日常を手に入れるためにここは我慢してやろう。


「聖女様に救済して頂けるのかと尋ねましたが、『嫌』と言われました。どうして嫌なのかは聞けていません」

「使えんな。話し始めたら全てを聞き出さなければ……!」

「それはお前にも言えることだぞ、アルヴィン。王太子であるお前に私は最も期待していたのだ」

「そ、それは……。母上、申し訳ありません」


 ふはは、ブーメランざまあみろ!

「王太子、王太子」言われるのもプレッシャーがあるだろうから、少しは気の毒ではあるが……。

 ほんの少し、みじんこくらいな。

 だからと言って俺に当たられても困る。


「とにかく、神殿から城へ移動が完了したことは喜ばしい。コンタクトも取りやすくなる。妾も明日、聖女に面会したい。エドワード、聖女に話を通しておいてくれ」

「えっ、俺ですか?」


 思わずイーサンを見た。

 太い腕を組んでジロリと忌々し気に俺を見ている。

 だから俺は何もしていないってーの!


「エドワード。妾は今までお前に自由を与えていただろう?」

「え? はい……」


 自由を与えて貰ったというより放置……とは言えないので大人しく頷く。


「お前はこれからも自由でいたいのだろう?」


 これはもしかして……自由を盾に脅される流れですか?


「だったら今は従っておいた方が良いぞ」


 ……やっぱりそういうことだよなあ。


「分かりました。聖女様にお話ししておきます」

「頼むぞ。アルヴィンも連れて行く。その旨も話しておいてくれ」


 アルヴィンの表情が輝く。

 聖女様にアルヴィンを推していく、ということだろうか。


「母上! オレは……」

「イーサンは私と訓練だぞー」


 父上が白い歯をキラリと輝かせてさわやかに微笑んだ。

 ああ……この顔の時はやばい時だ……。

 父ではなくただの鬼と化す。


「イーサンさあ、神殿から抗議が来たぞ? 何度も場所を弁えろと言ったよなあ? 体力余ってるんなら父と汗を流そう!」


 あれ?

 聖女様関連のことではなくて、神殿でイチャイチャしてた件で怒りか?

 何にしろ思う存分やってくれ!




 聖女様が城にやって来た翌日。

 雲一つない快晴――というわけにはいかなかったが、なんとか曇りで保っていた。

 黒い雨雲なのが気になるが、降っていないからギリギリセーフ。

 昨日の雪よりは何倍もマシである。


 俺は朝から聖女様の部屋を訪ねていた。

 女王から頼まれているアポを取らなければならないからだ。

 ユーノを引き連れて聖女様の部屋の前へ行くと、扉の前で立ち尽くしている女性が二人いた。

 神殿から世話係として付いてきた女性神官と城で用意した聖女様専属メイドだ。

 彼女たちは朝の支度をするために訪れたが、部屋には鍵がかかっているし応答がないそうだ。

 ……城でも引き篭るのか。


「何度かお声を掛けさせて頂いていると、こんなものが扉の下から出てきまして……」


 そう言ってメイドは一枚の紙を差し出してきた。

 それは部屋に備えている紙で、聖女が書いたらしき文字があった。


「面会謝絶!(第三王子は可)」


 ここは集中治療室ICUか!

 俺だけ入ることが出来るとか……嬉しいような迷惑なような……。

 くすりと笑うとユーノが首を傾げた。


「これは聖女様の世界の文字ですかね? エドワード様はお分かりになるのですか?」

「え?」


 それは確かに懐かしい日本語だった。

 この世界の字で書いた俺からの手紙を読んでいたから、文字に関しては支障がないものだと思っていた。

 危なかった……読み上げなくてよかった。

 まさかこんなところにトラップがあるとは。

 読むことは出来るが書けないのだろうか。

 女神による補正? チューニング的なものはどうなっているのだろう。

 とにかく今はこの場を乗り切ろう。


「いや、分からない。『手紙』というのが昨日の俺の真似かと思っておかしかっただけだ。なんて書いてあるのだろうな」


 笑って誤魔化しながらコンコンと扉をノックし、声を掛けた。


「聖女様。おはようございます。エドワードです」


 カチッと開錠音がすると、扉が十センチ程開いた。

 外を警戒している様子の真奈が隙間から顔を出した。

 安心させるようににこりと笑顔を向ける。


「おはようございます。聖女様、こちらには何と書いてあるのでしょう?」


 ひらひらと揺らしながらさっきの紙を見せた。


「……面会謝絶。第三王子は歓迎」


 あ、ちょっと変わった。

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