異世界召喚されてきた聖女様が「彼氏が死んだ」と泣くばかりで働いてくれません。ところでその死んだ彼氏、前世の俺ですね。
花果唯
プロローグ
女王ヴィクトリアが治める女神が降り立った創世の地、アストレア。
一般の者は立ち入れない聖域内にある神殿の一室では、もはや恒例となりつつあるやりとりが行われていた。
殺風景な外観からは想像出来ない高級品で設えた部屋。
弾力も肌触りもよい天蓋付きのベッドには一人の少女が横たわっており、枕に顔を埋めて泣いている。
ベッドサイドに立ち、その様子を冷めた目で見下ろしているのがアストレアの第三王子エドワード。俺だ。
「いい加減にして貰えませんか。聖女様」
「だってえ……」
そう。
目の前で鬱陶しくシクシク泣いている黒髪の美少女は聖女様で、異世界――地球の日本からやって来た異世界転移者でもある。
聖女様はこの国に来た時からずっと泣いていて、何がそんなに辛いのかと話を聞けば、付き合っていた彼氏が死んだという。
「目が覚めたら、やっぱり彼はいないんだって……もう会えないんだって思うと……」
目から零れる美しい涙を、「よくもまあこんなにもメソメソと泣けるものだ」と冷めた目で眺める。
どうせ嘘泣きだろ。
冷めた目で聖女様を見たが、泣き続ける聖女はそれに気づかない。
「それに……エドが一緒に二度寝してくれない……」
「しませんよ! 当たり前でしょうが!」
「ふえー……」
聖女様が嘆くと窓の向こうの雨音が強くなった。
この聖女様、精神状態が天候に現れるので本当に厄介である。
悪天候が続くと作物に影響が出るし、災害も起きる。
聖女様にはちゃんと感情を制御して貰わなければ困る。
「しっかりしてくださいよ! 女神様に祈りを捧げるように言われているんでしょう!?」
「うん……祈らないとこの国に与えている加護がなくなっちゃうって……」
「それは我が国の一大事なんですよ! なんでも用意しますからとにかく祈ってください!」
「……なんでも?」
聖女様のきらりと光る目を見て「しまった」と思った。
「じゃあエド、添い寝して?」
「『物』を用意すると言ったのです」
「いらない。添い寝して?」
「駄目です」
「添い寝して」
「お断りします」
「……
おい。お前はその名を――前世の俺の名を呼ぶな!
この聖女様は何故か見目麗しい兄達ではなく、地味で平凡な俺を世話係に指名しやがったのだ。
働いてくれないと困るので仕方なく妥協案を提示する。
「ちゃんと祈りを捧げてくれると約束してくれるなら……五分だけ」
「五分!? 五分なんて一瞬じゃない! あくびしてたら終わっちゃう! 嫌よ! 一時間!」
「そんな暇はありません」
「でも、念のために一時間早く私を呼びに来ているわよね? ということは時間に余裕はあるでしょう?」
「……はあ」
どうしてそんなところだけ鋭いのだ。
いや、俺の知っているこの人は聡明だった。
察しが良いのもらしいといえばらしい。
みっともなく泣きわめく方が違和感がある。
でも、こちらの方が本性なのだろう。
やはり前世の俺はまんまと騙されていたのだ。
年下のガキは簡単に騙されるし、さぞ扱いやすかっただろう。
「一時間が駄目なら三十分でいいわ。それ以上短いならもう何もしないで一日寝るんだから!」
ああ、もう……面倒臭くなってきた。
似たようなやりとりが続いていてうんざりしている。
大げさに溜息をつき、不快だということはアピールしつつ頷いた。
「……分かりました。三十分きっちりですよ」
「っ! うん!」
目を輝かせた聖女様はベッドの奥にずれ、一人分のスペースを空ける。
「おーいで」
布団を開けて、ここに入れと誘う。
何もしないとはいえ、恋人でもない若い男をベッドに入れるなんてとんだビッチ聖女だ。
純真無垢だった俺はここまでビッチだったとは知らずに死んで幸せだったが、こんな鬱ネタバレを来世に持ち込まれるとは……。
相変わらずいい匂いがする。
こちらの世界に来て身を清めるために使うものは変わっているし、香水も使っていないはずなのにどうして同じ優しい匂いがするのか。
前世の全てにもう未練はない。
それなのに胸に燻るモヤモヤが忌々しい。
「転生して自由気ままに暮らしていたのに、どうして前世で死ぬ直前に浮気された彼女の面倒をみなければならないんだ……」
「うん?」
「なんでもないです」
本当にどうしてこんなことになったのさだ。
女神様、説明してくれよ。
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