第40話 顔、売りました

 トロギールに着いた翌日から、俺は基本的に図書館に籠もった。

 図書館に無理を言って一室借り切りて対策を練った。

 サイファーからの情報も一応貰うが、知りたい情報が不足しているのでユーノに動いて貰っている。

「さっそく使いどころがありましたね」と言っていたが……あのメイド達のことかな。

 陰口一つでこき使われるのだから少し憐れになってきた。

 まあ、身から出た錆ということで諦めて欲しい。


 サイファーは俺がトロギールに滞在している間、俺に付いているつもりだったようだが、用事があったら呼ぶと言って断った。

 その時の屋敷での会話だが――。


「図書館で色々調べながら原因を追及する。何かあったら使いを出すから、こちらのことは気にしないでくれ」

「本や資料なら屋敷でご用意しますが……」

「いや、自分で選んで手に取った方が早い」

「そうですか。ご自由にして頂いて結構ですが、どこにいらっしゃるかはお知らせください」

「図書館から動かない」

「ええ。ですから移動される場合はお知らせください」

「いや、移動の予定はないから」

「そうですか。図書館に人を呼ぶのでしたら、あまり派手なことはなさいませんよう……。ご要望がありましたら屋敷の方で準備します」

「…………」


 サイファーよ、俺がまじめに取り組むと思っていないな?

 会話を文章にしただけなら、いまいちかみ合っていないな? と思うだけだが、こいつの表情を見ながらだと行間が読めるというか、言わんとしていることが分かる。


 まず俺が本当に図書館に行くのかと疑っている。

 遊ぶつもりだろう、と。

 イーサンじゃないんだから……。

 俺はそんなことはしない!

 そういえばイーサンは俺が孤児院に行くと言って遊んでいる疑惑をカリーナとクリスタに言っていたか。

 サイファーの思考回路はイーサンに似ているのかもしれないが、脳筋で分かりやすい分イーサンの方がまだ可愛げがある。

 影の薄い第三王子は遊び呆けていたから前に出て来なかったのだと思っているのかもしれないが、オイリーな髪や肌つやしているサイファーの方が乱れた私生活を送っていそうだ。

 重曹に全身を一晩つけ置きして洗ってやろうか。

 それに図書館に人を呼ぶって……女性を呼ぶとでも思っているのか?

 屋敷の方で準備をするというのは女性を集めて接待しますよ、ってことか?

 いらねーよ!


「……とにかく、用事があったり、対策の目処が付いたら使いをだすから」

「目処、ですか。……ふ。分かりました」


 おい、言葉の間に笑ったな?

 思わずカチーンときて真顔になっていると、サイファーが誤魔化しながら笑った。


「あ、いえ。私が行った対策でも一時的に回復しただけだったので……」


 私……でも?

「でも」ってなんだ!

 え、俺、お前に格下認定されていたりする?

 これには更にカチーンときた。

 メイドといい、領主の息子といい……随分と俺を煽ってくれるじゃないか。

 日に日にやる気が湧く。

 どうもありがとう!




 苛々していても仕方がない。

 まず俺は、問題の現象は「女神様の加護が修復されると改善されるものなのか」ということを確認しなければならなかった。

 加護で改善されるなら俺が手出ししなくても済む話だ。

 功績もサイファーの鼻をあかすことも出来ないかもしれないが、解決策があるということはいいことだ。

 だが、女神様の加護で改善しないような要因なら俺がなんとかしなければならない。


 珊瑚が白くなる――。

 類似事案として思い当たるのは、やはりグレートバリアリーフの白化現象だ。

 図書館でこの世界でも起こったことはないか調べると、他国で起こった事象の中に似ているものを見つけた。

 その事象については、「海の環境の変化により珊瑚にストレスがかかると、サンゴと共生している藻類が追い出さる。その結果色が失われ、珊瑚の白い骨格が透けて見える」と書かれていた。

 そうだ、グレートバリアリーフの白化現象も藻類、確か褐虫藻が追い出されて色を失うと公共放送の特集番組で見た。

 父さんが見ていたからなんとなく眺めていたが、興味がないからつまらないなあと思ったことを覚えている。

 もっとちゃんと見ておけば良かったな。


 とにかく、こちらの世界にも白化現象はあったのだ。

 ユーノが港で実際に海に接している人達から集めてきた情報を見ても、それを裏付けるようなものが多かった。

 白化現象が見られるようになったのは水温が高くなってからだったのだ。


 何故水温が高くなったのか調べると、それは海流のせいだった。

 加護が弱まって海流が変わったことで、温度が低い海域からの流れが弱くなり、海温が上がったのだ。


 真奈が雨を降らせた影響も出ていないか調べてみたが、真奈が言っていたように影響はなかった。

 雨の影響が出ているのなら水温が下がっているはずだから、この場所に関しては影響が出ていた方が上手くいっていたかもしれない。


「……うん。これは聖女様案件だ!」


 加護が戻れば海流も戻り、珊瑚も息を吹き返すだろう。

 ただ、加護がいつ戻るか分からないから、完全に珊瑚が死んでしまわないうちに延命処置をしておかなければいけない。

 サイファー達にもまだ真奈――聖女様の話は出来ないから、対処したということを見せておいた方がいいだろう。


「魔術で一時的に回復したと言っていたよな」


 サイファーが持ってきた資料を見ると、確かに回復の魔術を施していた。

 数日は戻ったのか? と思っていたが、よく読んでみると色が戻ったのは魔術をかけたほんの一瞬だけだった。

 これでよくあれほど威張れたものだ。


 回復状態を保つためには魔術をかけ続けなければいけないようだ。

 大規模範囲で回復魔術をかけ続けるのは実質無理である。

 回復魔術は魔術の中でも難易度が高く、魔力の消費が多い。

 ルーカスに頼めば喜々として開発を始めそうだが、時間も資金もかなり必要になるだろう。


「魔術で一気に回復させようとするから無理がある」


 魔術を使うことは必至だが、工夫しなければいけない。


「上手くいけばいいが」


 対応策は浮かんでいるので試してみたい。

 サイファーに「まいりました」と言わせるくらい綺麗な珊瑚礁に戻すことが出来たらいいのだが……。






 珊瑚礁の回復実験を小規模で始めてから二十日ほど過ぎた。

 今日はサイファーをつれて海にやって来た。

 最初の日に来た高台から辺り一帯を見渡した。


「こ、これは……」


 回復の目処が立ったと伝えた時のサイファーは、信じていないのか半笑いだったが、目の前に広がる海を見てあんぐりと口を開けている。

 俺が来た時には白一色だと分かる不気味な景色だったが、今は海の青の中にいくつか色をみつけることが出来る。


 実験を始めてからはこの辺りは封鎖させて貰っていたが、今日から解放した。

 何かをしているなと気になっていた周辺住民や、騒ぎを聞きつけてきた野次馬や観光客も押し寄せているが、久しぶりに色の戻った珊瑚礁を見て興奮している様子だ。

 喜んでいる顔を見ると頑張って良かったなと思う。

 俺、転生してからこんなに徹夜したの初めてだったよ。


 まだ全体が完全に戻ったわけではないが、半分以上……六割程度は回復した。

 明日になればもっと増えるだろう。

 サイファーが対応したときと違って一瞬でまた白化するということはない。


 どうやって対応したかと言うと、海を氷の魔術で冷やしているのだ。

 珊瑚を回復したのではなく環境の方を回復させたのだ。

 回復の魔術より氷の魔術の方が簡単で魔力も少なくて済むし。

 気温が高い地域では空気を冷やす魔術具が開発されていたので、それを改造して海に代用した。

 このあたりは城にいるルーカスに無理を言って対応して貰ったので、ちょっとあとで何を言われるか怖い。


 冷やすと言っても1℃や2℃、調整が難しいので最初は小さな範囲で試し、どんどん範囲を広くしていった。

 ここまで来たので、地道に続けていけば全て回復させることが出来るだろう。


 サイファーに「どうだ!」と自慢したいところだが、今はホッとするばかりでそんな余裕がない。

 まあ、自慢と言っても俺が一人でやったわけではない。

 クッキー関連で連れて来てユリアも実験で氷を作ってくれたり魔力を提供してくれたりとかなり力をかしてくれて助かったし、ユーノは特に頑張ってくれた。

 漁師達にも話を聞いて回ってくれたので、かなり生の声の意見やデータが取れた。

 これがサイファーが渡してきた資料に足りない部分の殆どを補ってくれたのだ。

 俺も対策方法が決まってからは、方々と連絡を取り合っていたのでかなりバタバタしたが、最功労者はユーノだろう。

 メイド達もいつの間にか訓練されたスパイのようになっていたし、どうしてユーノみたいな優秀な人間が俺に仕えてくれるんだろう。

 有り難いけれど不思議だ。


「珊瑚礁が回復し、いくつか戻って来た生物も確認された。しばらく管理は必要だが、数日すれば安定して――」

「ど、どうやってここまで回復したのですか!?」


 サイファーが鼻息を荒くして距離を詰めてきた。

 近い、早急に離れてくれ。

 一歩下がりつつ経緯を説明した。


「素晴らしいです、エドワード様! 流石王族です! 私でも出来なかったことを成し遂げるなんて!」


 今までは俺の相手なの面倒臭そうにしていたのにこの変わり身の早さ。

 握手を求められ、条件反射で手を引いてしまったのだが無理矢理握られ、ブンブンと振られる。

 うわあ、凄い手が湿ってるな……。


「王族?」

「エドワード様って、第三王子様の?」

「!」


 集まっていた人達が口々に俺の名を出している。

 うわあ、サイファーが騒ぐから注目され始めてしまった。

 女王や兄達と一緒にいて人の目を集めることはあったが、俺だけをまじまじと見られることは初めてかもしれない。

 ちょっと恥ずかしくなってきた。

 でも、アルヴィンに顔を売ってこいと言われているし、堂々としていなければいけない。

 頑張って立っていたら「俺ってパンダに転生したのかな?」と思えてきたほど、どんどん人が集まり、身動きが取れないくらいになってしまった……。

 親しみのある庶民派王子として覚えて貰えただろうか。

 覚えて貰えていなかったら大声で泣くぞ。

 王族となってもモブ気質が抜けない俺には拷問のような時間となったが、成果としては上々……だといいな。


「はあ。これで一旦城に戻れるかな」


 真奈も城で頑張っているだろうし、加護が戻るのがいつになるか気になる。

 なにより無性に真奈の顔が見たい。

 ずっと青空が続いているから何事もなく過ごしていると思うが……妙に心配だ。


「うん?」


 空を眺めていると虹を見つけた。

 綺麗だが、雨は降っていないのに何故……。

 ジーッと見ていると虹は段々広がり、波打つように揺らめき始めた。

 え? これって……虹というよりオーロラに近いが……真っ昼間にオーロラ?

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