第41話 望んでいなかった再会
空を覆っていたオーロラは溶けるように消えた。
「何だったんだ?」
しばらく空を見上げていたが、周囲が騒がしくなってきた。
どうやら海に何かが起こったようで、彼らの視線を追って珊瑚礁を見てみると色が更に戻っていた。
稀に見えていた魚影もどんどん増え、パシャリと水を飛ばして跳ねる魚の姿が見えた。
「エドワード様が奇跡を起こしてくれたんだ!」
「見ろ! 生き物もどんどん戻ってきているぞ!」
「いや……俺にそんな力ないから」
ポツリと零したが、それは誰の耳にも届かなかったようだ。
こんなことが出来るのは聖女様である真奈しかいない。
「今すぐ城に戻る」
「……承知しました」
ユーノが先導し、俺が通る道を作る。
盛り上がる人垣をかき分け、引き止めるサイファーを振り切るとすぐにトロギールを発った。
起こっていることは良いことばかりなのに、何故か不安ばかりが大きくなる。
馬車に乗せたユリアとは別に、俺は馬を走らせて城へと急いだ。
乗馬は一応嗜んでいるが、二人の兄ほど上手くはない。
馬車を勧められたが、少しでも早く着きたかったので多少無理をした。
まあ、一番無理をしたのは俺に乗られた馬だろう。
下手な奴が乗ってごめん。
行きには約三日かかったが、帰りは半分で済んだ。
「エドワード!」
城に着いた途端にイーサンが駆けてきた。
後ろの方にはカリーナの姿も見える。
二人はクリスタと一緒に真奈の話し相手をしてくれていたと聞いている。
カリーナがついているから、イーサンもセクハラはせずに真奈の護衛をしてくれていたそうだ。
そんな二人の顔が曇っているということは……やはり真奈に何かあったようだ。
「聖女様が倒れた!」
「…………え」
真奈が倒れた?
まさかと思っていた死亡フラグのことを思い出した瞬間、頭の中が真っ白になった。
真奈のところに行かなければ、と思うのに足が動かない。
「おい、何を呆けている! 早く行け!」
「…………っ、はい!」
イーサンの大声で硬直が解け、ようやく走り出すことが出来た。
フラグの回収だなんて、そんなことは許さない!
真奈の部屋に駆け込んだ。
「真奈!」
部屋の中に入ると目に飛び込んできたのは、ベッドに横たわる真奈だった。
「エドワード様……お戻りになったのですね」
眠る真奈の傍らにはクリスタがついていてくれた。
クリスタは腰掛けていた椅子から立ち上がると、礼をして俺を迎えてくれた。
「何があった?」
クリスタの横に立ち、眠る真奈の顔を見ながら話を聞く。
「聖女様は祈りを捧げたあと、気を失われて……。それから丸一日は経つのですが、目覚めないのです」
クリスタに詳しい話を聞くと、やはりオーロラが見えた直前に真奈は祈っていたらしい。
あのオーロラは真奈の祈りの現れなのだろう。
ただ、この辺りはあまりオーロラは見えなかったらしい。
トロギールを中心地としたものだったのかもしれない。
俺を助けようとしてくれたのだろうか。
真奈は苦しそうでもなく、気持ちよさそうでもなく――ただただ静かに眠っていた。
疲れていると丸一日寝込んでしまうこともあるだろう。
目覚めなくてもそれほど心配することではないのかもしれないが、色のない寝顔を見ていると生きているのか不安になった。
額や頬に触れてみると暖かい。
呼吸があることにはホッとしたが、こんなことになるなら無理をして祈ったりしなくてもよかった。
「エドワード様。その……上手く言えないのですが……」
クリスタが言葉にすることを躊躇っているのか口籠もっている。
俺がいない間何があったのか、些細な事でも知りたい。
「どうした? どんなことでもいいから教えてくれ」
「……はい。わたくしの思い過ごしなのかもしれませんが、祈りを終えた後の聖女様のご様子に違和感がありました」
「違和感?」
「ええ。いつもの聖女様とは違って、まるで別人のような……。それに倒れる直前に、『全てを神の使いに託す』と仰っていました」
「神の使い?」
「ルーカス様は心当たりがあるようで神殿に向かわれました」
神の使い……聖女様と同じようなものか?
そういえばアルヴィン伝いにルーカスが神子について知りたがっているという話があったっけ?
よく分からないが、ルーカスが神殿に行ったのなら後ほど報告を聞くことが出来るだろう。
「それに聖女様から頼まれていたことがあるのです」
「真奈から?」
「はい。変なことを言い出したらフォローして欲しい、と」
「変なこと? その『神の使いに……』って話のことか?」
「それは……分かりません」
真奈が戻って来た俺に話したかったこととは何なのだろう。
やはりフラグだと思ったらその時点で折っておくべきだったのだ。
ずっと真奈に付き添ってくれていたというクリスタと交代し、眠る真奈の傍らで休むことにした。
椅子に深く腰掛け、ボーッとしながら天井を見る。
殆ど休まずに馬をとばして帰ってきたから疲れているのだが、目は冴えていて眠気はしない。
真奈が目を覚ましたら何を話そう。
トロギールでの対応は上手くいったと報告をしようか。
真奈のおかげで更に回復したことも話したい。
でも、倒れるようなことになったのは注意しないといけないな。
「真奈。目を……覚ますよな?」
考えないようにしていたのに言葉にしてしまった。
もし、真奈がこのまま目を覚まさなければ……。
もしかして、あのオーロラで使命は終えていたりしないだろうか。
使命が終わって真奈がいなくなる、なんてことないよな?
「再会出来たのにまた会えなくなるとか、やめてくれよ……」
真奈が目の前からいなくなるかもしれないと思うと怖い。
凄く怖い。
俺が死んだとき、真奈にはこれ以上の辛い思いをさせてしまったんだろうな。
……いやいや、少し倒れただけで気落ちし過ぎだろう。
悪く考えすぎていると、この負の感情がフラグになって色々と起こしてしまいそうだ。
「あ、おみやげ買ってないや」
トロギールではのんびり観光や買い物をする余裕がなかった。
でも、今度は真奈を連れて行けばいいかもしれない。
あの珊瑚礁の綺麗な海は日本にもありそうな景色だし、買い物をしても楽しそうだ。
そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
返事をすると、扉を開けたのはアルヴィンだった。
「エドワード。母上が呼んでいる」
「あ……分かりました」
そう言えばトロギールについての報告をしていなかった。
真奈を一人で残していくのは気がかりだ。
ユーノに付き添いを頼み、アルヴィンと連れだって女王のもとへ向かった。
長い廊下をアルヴィンと二人で歩く。
俺達以外に誰もいない廊下は静かだ。
そういえば……と、窓の向こうの空を見た。
今の天気は曇りだ。
それも黒く分厚い雲が空を覆っている。
この静寂は嵐の前の静けさ、という感じだ。
眠っている真奈の精神状態が現れているのだろうか。
「トロギールでの成果は聞いている。よくやった」
「……ありがとうございます」
アルヴィンが突然話し始めて驚いたが、褒められたことにも驚いた。
たった一言だが……結構嬉しい。
頑張ってよかったな。
少し照れつつ歩いていると、アルヴィンが立ち止った。
何だ?
合わせて立ち止ると、アルヴィンは真剣な顔で俺を見た。
「……エドワード、何があっても冷静でいろ」
「? はい」
謎の忠告をするとアルヴィンは再び歩き出した。
よく分からないが、忠告は心に留めて後を追った。
アルヴィンが向かったのは聖女様関連の報告をしている女王の私室だった。
扉を開ける前からピリピリとした空気が伝わってきた。
何が起きているんだ?
「だからオレの好きにさせて貰う!」
中から聞こえてきた声は全く聞き覚えのないものだった。
若い男の声だが、イーサンでも父達でもない。
部外者がどうしてここに?
それに……この声、やけに癇に障る。
何が? と言われると答えづらいが……。
アルヴィンが扉を開けると、その声の主の姿が見えた。
「お前は……」
なるほど、「冷静でいろ」と言われた意味が分かった。
……でも、これは無理だろう。
その姿は忘れたいが覚えている。
高級ブランド店の中で真奈の肩を抱いている姿を――。
「どうしてお前がここにいる!」
※7/10 明日、発売となりました。コミカライズ企画も進行中です。よろしくお願いいたします。
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