第28話 混沌
真奈とクリスタの不毛な言い争いは続いている。
仲裁したいがルーカスとアルヴィンを放置するわけにもいかない。
「あの、今は色々と渋滞していまして……」
薄ら笑いを浮かべる不気味なルーカスに若干怯えつつ、何とか部屋から出て行って貰うよう立ち向かう。
熊と出会った時のように背中を見せては行けない。
気合いで押し出すのだとジリジリ近寄ったがあっさりとかわされ、俺の座っていた椅子を奪われた。
「そうみたいだね」
真奈とクリスタに目をやり、にっこりと微笑む。
分かるならお引き取り頂きたいのですが!
そしてまるで自分の椅子のように寛いで座るのはやめてください。
「話は後で伺いますから、今は……」
「私、遥と――エドと結婚します!」
「!?」
突然の耳を疑う宣言を聞いて、思わずそちらの方を見てしまった。
そこには「言ってやったぞ!」という顔をした真奈がいた。
何故かとても満足気だ。
困惑する俺の耳にパチパチパチと言う拍手の音が入ってきた。
「おめでとう! エドワードの妻になるということは、女神の加護についても協力してくれるよね。天候も安定、エドワードと聖女も幸せ! これでもう全て解決、終了。お疲れ様でした。明日から研究の協力よろしく。さて、麗しの妻に報告に……」
「ルーカス様、待ってください!」
足早に去ろうとするルーカスの腕を掴む。
追い出したかったはずなの必死に引き止めなければいけなくなるなんて、どうしてこうなった。
「エドワード、そんなに情熱的に腕を掴まれても、私には君の母上という妻が……」
「そんな笑えない冗談はいいですから、話を聞いてください!」
必死にルーカスを止め、座っていた椅子に戻らせる俺の背後では、真奈とクリスタの話も続いている。
「聖女様はエドワード様との婚約をお断りしたのでは?」
「それは私が好きなのは遥だから! 今はエドが遥って分かったから問題ないの!」
「分かりましたわ。わたくしもエドワード様の妻になりますわね。それではこれで、お話は終わりということで……」
「駄目!」
今度は真奈がクリスタを止めた。
ルーカスもクリスタも都合がいい状態で切り上げようとしているな?
「言い逃げなんてさせないわ! 遥は……エドは私のなの!」
……なんだろう、遥ではなくエドで私のだと言われるとにやけそうになる。
俺の頬筋は馬鹿になってしまったのかもしれない。
「!」
緩む頬を必死に引き締めているとクリスタと目が合った。
謎の後ろめたさに襲われ、スッと顔をそらした。
「ここはアストレアなのです。聖女様の生まれ育った世界ではありません。それにエドワード様も今はこの世界の住人、それもアストレアの王子です。重婚をするのは自然なことですわ。ですから、エドワード様は聖女様のものであり、ほんの少しわたくしのものにもなって頂きたいのです」
クリスタは真奈に向かって言っているが、その言葉は俺にも向けられている気がする。
「でも、エドも結婚するなら一人だけがいいって言ってるわ!」
「そうですわね……」
「!」
顔に手を添えたクリスタにちらりと見られ、びくりとする。
何を言うつもりだ。
「エドワード様の意識は前世の比重が大きいように思います。それではいけませんわ。貴方様は今、エドワード・アストレア様なのです。ですから、意識を変えるためにもわたくしも娶ることをお勧めいたします!」
「私はこの子の意見に賛成だな」
いつの間に隣に立っていたルーカスに耳元で囁かれてびくりとする。
気配なく動くな!
大人しく座っていてくれ!
「ルーカス様だって母上一筋ではありませんか!」
「残念ながら私はモテなくてね。私を伴侶としたいと言ってくれたのは君の母君だけだったのだよ。君はこのように可憐な乙女が自ら慎ましくも二番手で名乗り出てくれているというのに……酷い男だ」
変わった人ではあるが、美形で優秀な魔術師であるルーカスがモテないなんて絶対嘘だ!
今度は俺を精神的に追い込む作戦か?
「エドワード様、わたくしは二番手にもなれませんか……?」
ルーカスに気を取られていてクリスタが近づいていることに気がつかなかった。
手をギュッと握られ、潤んだ瞳で懇願される。
これを断るのは本当に酷いことをしているようで勇気がいる。
ルーカスから発せられる「受け入れてやれとよ」という圧もあり、断る気持ちがあるのにすぐに声が出ない。
ここは言葉を選ぶべきか……いや、もうはっきりと断った方がいい。
そう思い、口を開いた瞬間――。
「だめーーーー!!」
真奈の絶叫が響いた。
俺も吃驚したし、クリスタも驚いたようで手が離れた。
「遥は綺麗なお姉さんが好きなの!」
「はい?」
開いていた口が更にぽかんと開いた。
何の話だ?
「綺麗なお姉さん好き」という誰かの性癖の話に聞こえた気がしたが……。
しかもその誰かが俺だったような?
はあ?
「それは年上好き、ということでしょうか? エドワード様は人生二度目です。今の聖女様は『お姉さん』とは感じないのでは?」
クリスタが真面目に分析している。
いやいや、その前に「俺がお姉さん好き」というのに異議がある。
「う、嘘……」
真奈がよろよろと倒れそうになる。
「『お姉さん』が通用しないんじゃ、残りは『ちょっとえっち』で戦うしか……でも、ちょっとえっちが何か、もう分からないっ!」
「真奈?」
「私、脱ぎます!」
「なんで!?」
突如服を脱ごうとし始めた真奈を慌てて止める。
「ほう。異世界から来たのは聖女ではなく痴女だったか」
「ルーカス様、上手いこと言っていないであっち向いていてください! クリスタも止めてくれ!」
「わたくしも脱ぐべきなのかしら……。肌のきめ細かさでは負けてはいませんわ!」
「なんでだよ!」
まともな奴はいないのか!
アルヴィンもいるのだが、観察するようにこちらをジーっと睨んでいるだけで我関せずのスタイルだ。
なんとか真奈を落ち着かせてベッドの縁に座らせることが出来たが、急に何の発作だったのだ。
「どうしたんだよ……妙なキノコでも食ったか?」
真奈はフルフルと首を横に振る。
「女神が怪電波でも送ってきたとか?」
更に首を振る。
「……遥。私、お姉さんじゃない? もう好きじゃない?」
目に涙を溜めて見上げてくるのが可愛い。
……じゃなくて!
えーと……なんだっけ?
綺麗なお姉さんがなんとかと騒いでいたのは、俺が綺麗なお姉さん好きだから真奈のことを好きになった、と思っていたからなのか?
「いや、俺は綺麗なお姉さんが好きだから真奈が好きだったんじゃなくて、好きになった真奈が綺麗なお姉さんだったっていうか。だからお姉さんであることにこだわりはない……って、あ、いや、その……別に……」
何の説明をしているのだ、俺は。
思ったことがそのまま口から出てしまった。
ごにょごにょと言葉を濁して「俺は別に何も言っていないぞ」と誤魔化す。
「遥っ!」
嬉しそうな顔をした真奈が抱きついてきた。
「私はね、遥の無邪気なところとか、真っ直ぐなところとか、子犬みたいなところとか大好きだよ! それに私のことを大好きって全身で伝えてくれるところも!」
「そ、それは前世の話だ!」
カーッと顔が熱くなる。
真奈に大好きだと言われたことに反応したのか、俺のかつての醜態を暴露されたことが恥ずかしいのか。
真奈が俺のどこと見て子犬と言ったのか分からないが、確かに犬のように尻尾を振って真奈のことを追いかけ回していた。
本当に醜態だ。
こっそり息を吐いて火照る顔を冷ましながら真奈を引き剥がす。
「お、俺はもうエドワード・アストレアだから。遥とは呼ばないでくれ。だから、久我遥真の続きは出来ない」
照れ隠して突き放すのではない。
違う、断じて違う!
動揺していて多少早口になってしまったが、考えていたけじめはちゃんとつけておかなければいけないと思ったのだ。
「……私とは別れるってこと?」
「分かれるというより、もう終わっているんだ」
クリスタが言っていたように久我遥真は死んだ。
俺はもうこの世界の、アストレアの住人だ。
「だから、また最初から――」
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