第33話 聖女様は女子会に参加する
私を起こしに来たエド達は諦めて帰ったのだが……。
「聖女様、早くこちらへいらしてください。お茶の用意が出来ましたわ」
「今とても流行っているお茶ですわ。この茶葉はイーサン様がわたくしのために取り寄せてくださったの!」
女子会は他所でやってくださーい!
何故かクリスタさんとお友達が乗り込んできて、私の部屋で優雅にお茶を飲み始めている。
あの赤い髪のお友達——カリーナさんって、セクハラ筋肉といい感じになっていた人よね?
「イーサン様が? あまり贈り物をされる方ではないのに」
驚くクリスタさんにカリーナさんは得意げに微笑んでいる。
上手くいっているみたいで幸せオーラが全開だ。
羨ましい……!
「でもカリーナ、良かったの? そんな大切な贈り物を分けてくれて」
「いいのよ。幸せのおすそ分けよ!」
「まあ!」
「うふふっ」
楽しそうに笑い合う声が響く。
今の私にはこういう友達と談笑する時間がない。
友達もいない。
記憶の最後にある友達の顔は思い出したくないし……。
エドさえいればいいと思うけれど、少し寂しい。
「あら、クリスタの持ってきたこのクッキーって、エドワード様が教えてくださったものよね? 少し違うけれど」
「ええ。色んな猫にアレンジしてみたの! 可愛いでしょう? ほら、これは黒猫」
エドに教えて貰った!?
思わず顔を向けるとクリスタさんと目が合った。
にっこりと微笑まれ、固まった。
その微笑みはどういう意味!?
「聖女様もいかがですか? エドワード様に教わって作ったわたくしのクッキー。上手く焼けましたのよ?」
これは……宣戦布告というやつでは!
だったら負けていられない。
がばりと起き上がり、用意されていた席に座った。
「ふふ。おはようございます。疲れはとれましたか?」
「え? あ、おはよう……?」
微笑むその様子には全く嫌味がない。
何の裏もなく、楽しいお喋りに誘ってくれたみたい。
私が素直に席に着かないから煽って誘導したらしい。
まんまと嵌められてしまった……!
「聖女様、おはようございます! ちゃんと話すのは初めてですわね」
「おはようございます」
カリーナさんは穏やかそうな見た目のクリスタさんとはタイプが違う情熱的な印象の美少女だ。
この国、綺麗な子が多すぎない?
エドの周りに綺麗な子がたくさんいて不安だ。
「わたくし、イーサン様の婚約者の一人に加えて頂きましたの! いずれエドワード様の妃となる聖女様とクリスタとは仲良くして頂きたいわ」
「え!?」
カリーナの言葉に固まる。
私とクリスタがエドの妃!?
もう決まってしまった話なの!?
「あら、カリーナ。エドワード様の婚約者についてはまだ未定なのよ?」
「そうなの? でも、決まったようなものでしょう? エドワード様は何人も娶るつもりはないようですし、きっとお二人だけですわね。羨ましいわ」
まだ決まっていないということに一先ずホッとしたけれど、二人で決まりという予想にモヤモヤする。
「エドは一人だけって言っているわ」
「そうなの? では、どちらを?」
クリスタさんと見つめ合う。
「わたくしは二番目でよいのですが……。エドワード様と聖女様が異世界の倫理で通じているのであれば、わたくしもそれに則った考えをするべきなのかと考えました」
「どういうことですの?」
「エドワード様が伴侶を一人とするならば……。ただ一つのその座に、わたくしも名乗り出ようかと……」
「!」
「クリスタ……素晴らしいわ! そうよ、愛は勝ち取るものよ!」
カリーナさんが立ち上がり、クリスタさんの手を握った。
私はただ絶句している。
クリスタさんが本気モード……?
強敵過ぎる!
負けるつもりはないけれど焦る!
「クリスタ、あなたがそんなに情熱的な人だったなんて! わたくし、感動したわ。正直に言って、エドワード様にそこまで魅力があるとは思えませんが……」
「何を仰るの?」
「なんですって!」
思わずクリスタさんと同時に身を乗り出してしまった。
「だってそうでしょう? 妃が一人だけだなんて情けないわ」
すとんと腰を下ろしたカリーナさんに二人で捲し立てる。
「お言葉ですが! エドワード様は女性を大切にされるのです!」
「そうよ! とっても大事にしてくれるんだから!」
「イーサン様だって大切にしてくださるわ。だから今こうして皆で美味しいお茶を頂いているんでしょう? そう言う二人はエドワード様から何か贈り物を頂いたのかしら~?」
クリスタさんと言葉に詰まる。
それを見てふふんと鼻を鳴らすカリーナさんの得意げな顔にむかっとしてしまう。
私も元の世界では……あ!
「聖女様?」
思い当たった物を取り出す。
いつも持っている大事な物。
「これ!」
「なんですかあ? このきったないのは……」
「汚くない!」
これでどうだ! と印籠のようにみせつけたのは、もうボロボロになってしまった遥がくれた猫のストラップだ。
そういえばエドにも汚いという感じのことを言われたけど……でも私の宝物なの!
二人にこれは前世のエドに貰った物――、彼が最後の時に持っていたものだと話した。
多分私のために買ってくれていたということも。
「せっ…………聖女様! そんなエピソードを聞いてしまったら……! わたくし達っ、ひどい顔になってしまいますわ!」
「ええ……涙でどろどろになってしまいます……! うぅ……」
思い出しながら話していると涙が出てきてしまったのだが、気がつくとカリーナさんとクリスタさんも号泣していた。
「聖女様、雨が降ってしまっていますわ……ぐすっ」
「ごめんなさい、今泣き止むの無理っ」
「わたくしもっ」
三人でテーブルを囲んでしくしく泣いてしまう。
お通夜のようになってしまった部屋にザーッという雨の音が響く。
雨脚は強いが……今はあまり悲しさはない。
なんだか不思議な感じ。
「聖女様を泣かせすぎてしまうとエドワード様に叱られてしまいますわね。カリーナ、何か楽しい話はない?」
ハンカチがかなり汚れてしまったところで、クリスタさんが仕切り直すように微笑んだ。
楽しい話して、って結構な無茶ぶりじゃない?
くすりと笑ってしまっている内に私の涙も止まった。
「楽しい話? ではイーサン様の武勇伝を――」
「やっぱりお茶にしましょうか。茶葉を変えて気分も変えましょう」
クリスタさんは自分でお茶を淹れるようで、席を立った。
催促されて口を開いたのに話せなかったカリーナさんが面白くなさそうにテーブルを指でこつこつと叩いている。
楽しい話なら聞きたいけれど、カリーナさんが話したいのは多分暑苦しい話だ。
ごめんなさい、全く興味が湧かない……。
「うん? 聖女様、あれはなんですか?」
カリーナさんが指差しているのはベッドサイドチェストの上に無造作に置いてある紙の束だ。
エドとのやり取りに使った紙もあるし、なんとなく書いてしまった日記のようなメモや、折り紙のように折ったものも乗せてある。
立ち上がったカリーナさんが手に取ったのはハートの形に折った紙だった。
小学生や中学生の頃、授業中に友達へ手紙を書いてこっそり渡すことがあったが、その時によくこうやって折ったものだ。
「紙がハートの形をしているわ! なんて可愛らしいの!」
「まあ! 猫にも見えますわ」
お茶の用意をして戻って来たクリスタさんが目を輝かせる。
猫ではありません!
上手に出来ているクッキーも猫型だし、クリスタさんは本当に猫が好きなんだなあ。
「こうやってね、手紙をハート型に折るの」
カリーナさんがチェストから持ってきた手紙を一旦紙を元の状態に戻してから折り直し、作り方を見せてあげる。
「手紙をハート型に? なるほど……ラブレターね! 素敵! わたくしもイーサン様にハートの手紙をお渡ししたいわ! 早速やってみましょう!」
「わたくしもエドワード様に。クッキーに添えてお渡ししたいわ」
「クリスタさんが渡すなら私も負けていられないわ……!」
「……この大量のハート型の紙は何なんだ?」
暫くして様子を見に来たエドが、テーブルの上に散乱しているハートを見て呆れている。
カリーナさんは同じく大量生産されたハートを抱えて想い人の元へ向かったので、ここにあるのは私とクリスタさんの分だ。
「作るのが楽しくなってきちゃって、この量になっちゃった。好きなのから読んで?」
「おみくじかよ」
笑いながらもエドがハートに手を伸ばす。
テーブルから目をそらし、どれを取るか手を彷徨わせている様子は本当におみくじを引いているみたい。
私のを取ってくれるかなとドキドキする。
「じゃあ……これにしよう」
「ふふ、エドワード様! それはわたくしのですわ!」
「エドの馬鹿!」
何で私のを引いてくれないのー!
「え? ごめん……って不可抗力だろ! うん? なんだこれ」
手紙だと聞いてハートの紙を広げたエドが、中に書かれている一部分を見て首を傾げている。
あー……あれかあ。
クリスタさんのクッキーを食べながらハートの手紙作りに勤しんだのだが、エドとのクッキー作りタイムが楽しかったことを度々自慢されて悔しかったので、つい……。
「聖女様に異世界の文字を習って、エドワード様のお名前を書いてみました」
エドが私をちらりと見たのでにっこり微笑んでおいた。
「えーと……」
ポリポリと頭を掻いて困っているが、私は気づかない振りをして何杯目か分からないお茶を飲んだ。
うーん、飲みすぎてお腹がたぷたぷしてきた。
「おかしなことを書いていましたか? まさか聖女様、嘘を教えましたの!?」
「嘘じゃないよ。ね?」
エドに同意を求めるとまたポリポリと頭を掻きだした。
照れているエドが可愛い。
紙には『まなのおうじさま』と書いてある。
うん、嘘じゃない。
「エドワード様、何て書いてますの!?」
「あー……いや。はは……」
笑って誤魔化すエドにクリスタさんが顔を顰める。
「では、『猫、可愛い』という字も教わったのですが……これも誤りですの!?」
クリスタさんがエドの顔に貼り付ける勢いで見せた紙には――。
『ねこよりいぬ』
「猫好きにこれはやめてやれ」
「ごめんなさい」
エドにデコピンされてしまったのだった。
……あと、ハート型ラブレターは城で凄く流行りました。
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