第26話 話をしよう
神殿の真奈が使っていた部屋に戻ってきた。
気を失っている真奈を医者に診て貰っている間はクリスタに付き添って貰い、俺はその間城への報告や神殿関係者との話を済ませた。
部屋に戻ると真奈はまだ眠っていてクリスタがそばで様子を見ていた。
仄暗い部屋で明かりもつけず、ベッドの脇に持ってきた椅子に腰掛けている。
「真奈様の様子はどうですか」
「よく眠っています」
寝顔を見ると、目元はまだ赤かった。
表情にも悲哀が見える。
「雨、止みませんね。眠っておられますが、心は晴れないのでしょうか」
窓の向こうを眺めながらクリスタが呟く。
雨脚は弱まったが止んではいない。
今は雨を見ると気が重い。
カーテンを閉めてからクリスタの隣に立つ。
「本当のところはどうなのですか?」
「え?」
何のことか分からずクリスタを見ると、こちらを見上げる目と視線が合った。
「生まれ変わり、という話です」
「……どうだと思います?」
クリスタになら言っても支障ないような気がしたが、無難に逃げておく。
「質問に質問で返すのは卑怯ですわよ」
ジロリと睨まれ、怒っている振りをされたが、追求するつもりはないらしい。
すぐに視線は真奈へと移った。
「エドワード様も、聖女様も繊細なのですね。わたくしなどは、伴侶となってからでも愛を育めると思っているのですが……」
「面倒臭い奴らだなって思ってます?」
「あら、お分かりになりました?」
クリスタがくすくすと笑う。
言葉の端々から感じ取れたし自分でも分かっている。
前世でもヘタレだったが、今世でかなり拗らせてしまったかもしれない。
「エドワード様ったら酷いわ」
「え?」
「馬車でのことです。とっさに聖女様のことを守って、わたくしのことは放っておいたではないですか。わたくしは聖女様よりも前には出ないと申しましたが、さすがに心が痛みましたわ」
「あ、あれは隣にいたのが真奈様だったから……!」
「とっさの行動には、深層心理が現れるものですわ」
本当に無意識だったのだが、そう言われると何も言えない。
「……羨ましいですわね」
「え?」
「いえ、なんでもありませんわ。それより……」
真奈の顔をジーっと見ていたクリスタが呟いた。
「聖女様のお顔に、猫のおヒゲを描いてもいいかしら……」
「だめです」
片方だけでも! と食い下がったクリスタだったが、暫くすると諦めて帰っていった。
明日も来る、と宣言していたので来るのだろう。
許可がないと入ることが出来ない聖域なのだが、既に許しを貰っていたようで今日も問題なく入った。
なんとなく外堀を埋められているような気がするのは気のせいか。
「はあ」
クリスタが座っていた椅子に腰を下ろした。
ぼんやりと真奈の寝顔を見ながら馬車での真奈の叫びを思い出す。
「俺が死んだところ、見ていたんだな」
あんな別れのメッセージを送った直後だったから、当てつけの自殺とか思われてないかな。
車が暴走してたのは周りが見ていたから大丈夫か。
真奈の気持ちはどうだったか分からないが、付き合っていたことは事実だし、彼氏じゃなくても身近にいた人の事故死を見るなんてショックだっただろう。
「……ごめんな」
眠る真奈の頭に手を伸ばす。
恐る恐る撫でるとさらりとした髪が流れた。
真奈はこうやって頭を撫でてくれることがあったけど、俺からしたのは初めてかもしれない。
そういえば、「お姉さんらしく」とかなんとか言っていたな。
俺の背伸びのようなことが真奈にもあったのだろうか。
「俺も真奈も、色々無理していたんだろうな」
浮気のこともよく分からない。
それはそうだろう、俺が聞きたくなくてちゃんと聞かなかったんだから。
いい加減、前に進まないといけない。
「ちゃんと話をしよう」
真奈の寝顔を見ていると、前世でのことが色々蘇ってきた。
『まなちゃーん、まってー!』
幼稚園児の俺はいつも真奈を追いかけていた。
幼稚園でも家族の絵を描かなければいけないのに、真奈の絵を描いて先生や親を苦笑いさせたことがあったらしい。
『まなちゃん一緒に学校行こ!』
小学生でも追いかけまわした。
学校内で偶然真奈を見かけると嬉しくて、千切れそうなくらい手を振ったことを覚えている。
中学では漸く羞恥心を覚え、追いかけるのを自重したが真奈が歩み寄ってくれた。
我慢している間は辛かったが、真奈の方から来てくれたのが初めてだったから嬉しかった。
本気で生きてて良かったと思った。
付き合ってからもやはり俺が追いかけまわした。
高校になってからもそうで、この頃から俺は必死に背伸びするようになったと思う。
いつ真奈に「別れよう」と言われるのか、日々怯えていたような気がする。
そして――。
転生したら真奈が召喚されて来た。
生まれ変わってもまた会えるなんて、良かったのか悪かったのか。
話をしたらそれが決まる気がする。
「ん……」
真奈が身じろぎ、声を出した。
ゆっくりと目が開いていく。
「真奈、目が覚めた?」
ボーッとする真奈の顔を覗き込む。
すると真奈の目が段々と見開かれていった。
「遥? ……遥!」
「うわっ」
首に飛びつかれ、ギュウギュウと締められる。
「真奈! 苦しい!」
「会いたかったエド……え? エド?」
乱暴に引き離され、凝視されたが……物凄くがっかりされた。
失礼な、遥真もエドワードも俺だ。
「今はね」
布団を目深に被り、二度寝する勢いの真奈に向けて言った。
だが、意味が伝わらなかったのか反応がない。
結構ドキドキしながら言ったのだが……。
もう一度はっきりとした内容で言い直すか。
「…………え。今は??」
あ、理解した?
時差があったな、と思っている内に真奈は飛び起きた。
その勢いで掛け布団は吹っ飛んでしまった。
ベッドの上に座った真奈が瞬きもせず俺を見つめる。
無言だが必死に見えるその様子に少し笑いながら告げた。
「久我遥真としては死んで、今はエドワード・アストレアだよ。真奈」
名前を呼んだ瞬間、見開かれた目が揺れた。
そしてじわじわと涙が溜まっていく。
あー……というか、真奈は無地の白いワンピースを着ているのだが、乱暴な造作でベッドの上に片膝をついたから色々見えてしまっている。
これはいけない。
真奈は目を見開いて固まったまま動かないので、ワンピースの裾を引っ張り、直そうとしたら動いた。
「遥うううううう!!!!」
「うわあっ!」
ベッドからジャンプするように飛びつかれ、椅子ごと倒れてしまった。
真奈は怪我をしないように必死に抱きとめたが、俺は色々とぶつけてしまった。
「痛っ……危ないだろ! 真奈は怪我してないか?」
「優しいよおおおおやっぱり遥だああああ……うええええええっ、ごっ、うぐ」
「おい、大丈夫か!?」
「ごほっ、うええええええんっ」
勢いよく泣き始めたせいで咽せる真奈の背中を叩く。
「ごほっ、やっぱりエドがっ、遥だったあ! 遥、なんで私をおいて死んじゃったのよお」
「……ごめん。ごめんな」
謝ると真奈は更に泣き出してしまった。
座りこんだ俺に乗り掛かり、縋り付いて泣く真奈の背中をぽんぽんと叩く。
「泣いたら雨が降るだろ――あ」
雨を気にしていると急に室内が明るくなった。
明かりは消したままだしどうしたのかと窓の向こうを見ると、真っ黒だった空が晴れていた。
突然の快晴――と思いきや、雨はまだ残っていてサーッと降っていた。
これは……。
「狐の嫁入りだな」
「……私、狐だったかも。お嫁にいかなきゃね」
顔を上げた真奈が泣き笑いでにこにこしている。
涙でぐちゃぐちゃになった顔は子供のようで、綺麗なお姉さん感は全く無い。
それでも妙に澄ましていた時より可愛く見えるのが不思議だ。
ハンカチは持っているが、真奈が邪魔で取り出せないから服の袖で拭いてしまう。
「ありがと。スッとハンカチが出てくるより、この方が遥らしいよ」
俺は少しムッとしてしまう。
前世から進化し、今はちゃんと持っているのだ。
「ハンカチは持ってるけど、真奈が俺に乗り掛かっているから取り出せないんだよ」
「そっかあ」
俺の返答の何が嬉しかったのか分からないが、更ににこにこした真奈が俺の肩口に顔を寄せてすりすりしている。
猫みたいだな、と久しぶりに思った。
「あ!」
「うん? …………え?」
真奈が指差す窓を見ると信じられない光景があった。
雨が上がって虹が出ている――のはまだ許容出来るが、雨の代わりに降り始めていたのは……。
「あれ、桜の花びらじゃない!?」
起き上がった真奈が窓を開けて手を伸ばす。
俺も続いて窓際に立ち、もう一度空を見上げる。
空が桃色だ。
「あ、ほら! 桜の花びらだよ!」
差し出してきた真奈の手には確かに桜の花びらが乗っていた。
どこから降っているんだ?
というか、アストレアに桜はないはずだが……。
異常気象どころの話ではない。
これ、聖女のことを公にするしかないのでは?
「私達が出会った時みたいだね。女神様の『お祝い』かな?」
真奈が空を見上げる。
出会った時の光景と真奈の横顔が重なる。
確かにあの時のように綺麗だ。
桜吹雪も、真奈も。
新たな問題が出てきたが、今は真奈と話をしなければ。
「話をしたいんだ」
真奈が真っ直ぐこちらを見た。
「うん」
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