第17話 孤児院①

 カリーナとクリスタには城で街に馴染む恰好に着替えて貰っている。

 街中ではさっきまで二人が着ていたようなドレスは目立つし、子供達が触って汚してしまっては大変だ。

 孤児院では弁償なんて出来ない。

 もし本当にそれが必要になった場合は俺がするけどね。


「早く孤児院に行きたいのですが!」と、彼女達の着替えを待つ時間は非常に苛々したが、Wデートでヒロインとその友達女子が水着に着替えて更衣室から出てくるのを待っているラブコメ漫画の主人公の気持ちになってみたら許せた。

 そんな青春を今世では送りたい! なんてことを考えているときは楽しかったが、冷静になって現実をみると襲ってきた虚無感は半端なかった。

 妄想でセルフケアは諸刃の剣だ。


 諸刃の剣といえば前世の子供の頃に木の棒で聖剣モロハノツルギというものを作ったのだが、あれは素晴らしかった。

 周りの子供や上級生の作ったエクスカリバーも決闘で叩き折ってやった。

 俺の輝かしい功績だ。

 懐かしいなあ。

 今度孤児院のわんぱく小僧達とチャンバラでもするかな。


 馬車の中、孤児院に着くまでは説明と注意事項を伝える時間となった。

 孤児院でやっていることや、俺が王子であることは伏せているということを伝えた。


「クーガというお名前はエドワード様がお考えになったのですか?」


 少しずつ口数が増えてきたクリスタが、ほんわりとした空気を纏いながら聞いてきた。

 クリスタは落ち着いて同い年だがお姉さん感があり、前世での真奈に通じるものがある。

 話し始めるとちょっと癒やされる。


「そうです。適当に決めました」

「あら、適当なのですね。だからかしら、不思議な響きがしたのは。素敵ですわね」


 にっこりと微笑まれ、ついデレッとしてしまう。


「そうかしら。ちょっとセンスが……」


 カリーナが残念な子を見る目で見てくるが、クーガは聖剣諸刃の剣の勇者の名前だぞ!

 胸に刻んでおけ。

 そして久我家に謝れ!


「わたくしがイーサン様の弟君に相応しいもっと良い名を考えて差し上げましょう! イーサ……」

「結構です! 俺のことはクーガと呼んでください!」


 言いかけた名前の予想はつかないが、イーサンを絡ませてくることは間違いない。

 テレビ番組で占い師に変な名前に改名させられる芸能人じゃないんだから。

 どんな罰ゲームだよ。


「ご遠慮なさるなんてエド……クーガ様は慎ましいのね。呼び方のことは承知しましたわ。それでは、わたくしのことも気軽にカリーナと呼んでくださいませ」

「わたくしもクリスタと」

「『様』もいりませんよ。言葉ももっとくだけたもので構いません。あまり丁寧だと子供達が緊張しますし。友人のように話してください。俺もそのようにさせて貰いますから。カリーナ。クリスタ」


 そうやって頼むと、二人は顔を見合わせてきょとんとしていた。

 え、嫌なのか!? と一瞬焦ったが、すぐに「分かりましたわ」と微笑んでくれて安心した。

 本っ当に安心した!

 慣れない女の子との会話は大した内容でなくても疲れる。

 非常に気を遣う!

 俺はこんな状態で青春出来るのだろうか……。




 城下街の片隅にある孤児院に到着した。

 二階建てで建物自体は古いが広さはあるし、子供達が走り回れる庭がある。

 畑もあるし、孤児院としては設備は良い方だ。

 敷地は建物とは違い、高くて立派な新しい壁にぐるりと囲まれている。

 これは俺が出した資金で作り直したからだ。

 前の壁が崩れそうで危なかったし、この辺りは物騒ではないが念のためだ。


「本当に孤児院なのですね」

「カリーナったら……」


 孤児院を見て目を丸めているカリーナをクリスタが窘めている。


「どういうことですか?」

「イーサン様が仰っていたのです。孤児院に行くなどと言っているが、本当は遊んでいるはずだと……。あ、そうですわね、わたくし達がいるのに遊びにはいけませんわよね……」

「はい?」


 俺が孤児院に行くと嘘をついて遊んでいるとイーサンが言っていた?

 そんなわけないだろ。

 呆れて怒る気にもなれない。

 カリーナはイーサンの言葉を信じているようだ。俺は普段から影が薄いし彼女とは今まで関わりがなかったから、吹き込まれたことを信じても仕方がないか。

 クリスタはカリーナに注意をしてくれてはいたが、どう思っているか分からない。


 でも、普段から孤児院に来ていることは今から子供達と過ごす様子で証明出来るだろう。

 誤解はすぐに解けるはずだ。


「先生! クーガ先生!」


 馬車から降りると、ピンクツインテールを揺らしてユリアが駆け寄ってきてくれた。

 その後を追って小さな子達も一生懸命走ってくる。


「先生、来てくれたんですね! 待っていました! 畑を見てください! 花が! もう花が咲いたんです!」


 カリーナとクリスタを紹介する間もなく、ユリアに手を引かれて畑へと連行される。

 二人はぽかーんとこちらを見ているが、後のことはユーノがなんとかしてくれるだろう。


「おお、凄いな」


 この世界に真奈が来た頃に耕した畑の一角がカラフルな花畑に変わっていた。

 種は同じだが、栄養として与える魔力によって形も色も別になる。

 視覚的にはごちゃごちゃしているが、これらを子供達が一生懸命咲かせたのだと思うと微笑ましくてほっこりする。


「先生、私のはあれよ!」

「おお! あれか。凄いな!」


 ユリアが指差したのは一際目立っていた花。

 俺よりも背が高い、恐らく二メートルはある真っ直ぐに伸びたひまわりだった。


「頑張ったなあ」


 えっへん! と誇らしげに胸を張るユリアの頭を撫でると嬉しそうに笑った。

 へにゃりと笑う顔は幼いが、育てた花から分かる魔力は中々のものだ。


「ほんとにすごいな」


 こんなに高いのに曲がることなく真っ直ぐ伸びている。

 花は太陽の方を向いているが色は青だ。

 青は水系の魔術が向いている。

 これは丁度良い。


「ユリア、今日はお菓子作りをするぞ」

「お菓子!? やったあ!」


 真奈に作った猫クッキーを今日は皆で作ってみようと思う。

 クッキー作りをこれからの孤児院に生かせるかどうか分からないが、とにかくやってみよう。

 猫は作るが……今日は柴犬も作ってみよう。

 まだ真奈は犬派だったという衝撃はのみ込めていないが、謝罪の際に渡したらいいかなと。


「先生、僕の花も見てー!」

「わたしのもー!」

「見てええええええ!」


 わらわらと群がってきた子供達に揉みくちゃにされながら花を見せて貰う。

 褒めては頭を撫でたり、小さな子は高い高ーいと抱き上げてやっていると、少し離れたところでこちらの様子を見ている三人と目が合った。

 一人は機嫌がいい様子のユーノと、驚いた様子の令嬢達だった。

 そうだ、今日はユーノと二人で来たのではなかった。


「お待たせしてすみません」

「いえ。構いませんわ。随分と慕われているのですね、クーガ先生」


 慌てて駆け寄るとクリスタにからかわれてしまった。

 クリスタに先生と言われると恥ずかしくなったが、この感じだともう誤解されていないだろうと安心した。


「この孤児院にはよくいらっしゃっているようだから、遊んでいるというのは誤解だったようですわね! イーサン様に教えて差し上げなければ!」

「はは……」


 カリーナの誤解も解けたようだが微妙にすっきりしない。

 イーサンは俺が孤児院に来ていることを分かっていながら「遊んでいる」と言っているのだが、そういう悪意には気づかないらしい。

 俺が説明したところでイーサンを慕っているカリーナには分かって貰えないだろう。

 だから黙っておくが……なんであんなセクハラ筋肉が慕われるのだ!

 どの世界に行っても世の中理不尽だ。


「これから子供達とお菓子作りをします。二人も一緒にどうですか?」

「まあ、楽しそう! やりますわ。すぐに参りましょう!」


 カリーナが俺達を置いていく勢いで建物の中に入っていく。

 伯爵令嬢なのに孤児院の古い外観を見ても嫌な顔をしなかったし、気になる発言は度々あるが裏がないというか、素直さからくる馬鹿正直な発言に思える。

 悪い子ではないんだけどなあ。

 でもイーサンに何かを言われてやって来たはずだ。

 本当にお友達になるためだけに近づいて来たわけではないと思う。


「わたくし、お菓子を自分で作るのは初めてです」


 周りにほわほわと花が飛んでいるような笑顔でクリスタが笑う。

 この子は悪い子ではないというより……良い子だと思う。

 でも同じように、言い方は悪いが『イーサンの刺客』だとしか思えない。

 上手く目的を聞き出せないものか……。

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