第16話 面倒

「エドワード様、早く謝った方がいいですよ」

「そうだな」


 不幸の手紙には確かに呪うと書いてあったし、前世のこともあるから素直に謝るには抵抗がある。

 でもそれを誰にも説明することが出来ないのがもどかしい。

 せめて一言「今世の俺は年下の可愛い子とイチャイチャするんだからな!」と言い返すこと出来たらスッキリするんだけどな。

 日本語読めない設定だからそれも言えない。

 突然イチャイチャする宣言する痛い奴になってしまうからな。


 手紙に何が書いてあったのか分からない周囲からすれば、俺という人間は「呪うという冗談は良くないが、ちょっとした冗談も流せず問い詰めて泣かしてしまう心の狭い奴」に見えただろう。

 俺からすれば、そんな風に見られるなんて理不尽! としか思えないが、説明出来ない以上謝るしかないのだ。

 更に「謝らない奴」とは言われたくないしね。


 それに俺は悪くないだろ! と思う反面、罪悪感が凄い。

 真奈を泣かせるなんて、とんでもない重罪を犯してしまった……と落ち込みそうになる心を「もう赤の他人だからそんなに気にすることないだろ」と言い聞かせている。

 心とは難儀なものだ。


 何にしろ、泣かせてしまったことには変わりはない。

 謝ろうと聖女の部屋の扉をノックしようとしたその時、複数の足音が近づいて来た。


「母上……」


 会議は終わったようで、女王とアルヴィンが護衛を連れてこちらに向かってくる。

 あまり良いタイミングではない登場だ。

 会議の議題、もう少し残っていて欲しかったな……。

 真奈に早く謝ってしまいたかったが、女王の姿を捉えているのに無視するわけにはいかない。

 居住まいを正して到着を待つ。


「エドワード、面会の話は通したか」


 対面した途端に問われた。

 話は伝えたが「嫌」の一言で拒否をされているので報告し辛い。


「それが……お伝えしたのですが」

「やはり断られたか」

「……はい」


 やはり?

 俺が面会の場を調整出来ないことは予想していた、ということか?

 どうしていきなりやって来たのかと不思議に思っていたが、アポなんてとれないのが分かっていたから直接来たということだろうか。

 アルヴィンやイーサンより聖女様関連では成果があったはずなのにこの期待値の低さ!

 凹む。


「全く、使えない奴だ」


 アルヴィンがこちらを見ながら溜息をついた。

 腹立つなあ、その顔!


「お前達の中では一番印象の良いエドワードが駄目だったのだ。お前なら門前払いだったかもしれんぞ? 妾はエドワードに期待していなかったのではなく、聖女は誰が言っても面会は拒否しただろうということだ。だからこうして直接出向いたのだ」


 女王に諌められて小さくなったアルヴィンを見て気が晴れた。

 どうやら期待されていなかったわけでもないようだし。

 だが、次にされた質問で今度は俺が小さくなった。


「エドワード。雨が降っているが、これは自然な雨か? 聖女の影響か?」

「…………っ」


 言い辛い、非常に言い辛いが説明しないわけにはいかない。


「聖女様の影響だと思います。俺が聖女様の不興を買ってしまったので……」


 言った瞬間にアルヴィンの口角が一瞬上がったのを俺は見逃さなかったぞ!


「……そうか。ここはもういい。あとは我々に任せてお前は下がれ」

「……はい」


 真奈に謝るのは後にするしかない。

 言われるがまま、真奈の部屋に背を向けて歩き出した。

 離れた所でちらりと振り返ると、扉を少し開けてこちらを見ている真奈と目が合った。

 思わず足が止まったが、女王が扉に手を掛けたことで真奈の視線は女王へと移った。

 女王と真奈が何か話し合っている。

 暫くすると真奈は女王とアルヴィンを部屋の中に招き入れた。

 アルヴィンが部屋に入っていく時にこちらを見てにやりと笑っていた。

 ぐっ、あのお綺麗なお顔にドロップキックを入れてやりたい……!


「エドワード様、この後どうされますか」

「そうだな、雨は降っているが……一旦部屋に戻ってから孤児院に行こう」

「承知しました」




 城を出る時には雨が上がっていた。

 快晴とまではいかないが、穏やかな空気が流れている。

 何を話したのか分からないが、女王達との話は上手くいったのかもしれない。

 良かった、と言うべきなのだろうが……俺は今、正直それどころではない。


「エドワード様。この馬車、小さすぎでは? 王族なのですから、もっと優美な馬車をご用意なさった方がいいのでは? しっかりとお金をかけることも王族の勤めですわ」

「…………」


 いつもの馬車で孤児院へ向かっているのだが、俺の向かいには二人の伯爵令嬢が座っている。

 どうしてこうなったかというと――。




 真奈の部屋から私室に戻り、孤児院に行く用意をしているとやたら大きな足音が聞こえてきた。

 脂肪がなくて水に浮かないだけではなく、筋肉が重くて重力下では床にめり込んでいるのではないかと思うほどドスンドスンと音を立てて歩くのはセクハラ筋肉のイーサンで間違いないだろう。

 今日も騎士団長である父に捕まり修業をさせられているはずなのだが、どうして城の中をうろついているのだ。

 誰かつまみ出してくれないかな。

 まあ、俺に用はないだろうし関わらないのが一番! だと思っていたら……。

 壊れそうな勢いでバンッと扉が開いた。


「おい! 腑抜け! いるだろ!」

「……兄上、心臓に悪いのでノックをしてください」


 ここには来ないだろうと油断していたから、突然の大きな音にユーノと二人でビクリとしてしまった。

 ユーノなんて腹が立ったようで真顔でぶち切れているぞ。


「ちんけな心臓を持っているから悪いのだ。鍛えればいいいだろ」


 心臓を鍛えるって、どうやって?

 脳も内臓も全て筋肉で出来ているイーサンと俺達普通の人間を一緒にしないで欲しい。


「……で、何の用ですか?」


 どうせ碌な用ではないだろうが、一秒でも早く俺のテリトリーから去って欲しい。


「今日はお前に客を連れて来た」

「……客?」


 イーサンの後ろから出てきたのは、ドレスを着た若い二人の令嬢だった。


「カリーナ・アーレンスと申します」


 自信に満ちた張りのある声。

 赤い豊かな髪に黄金の瞳。

 薔薇と宝石のように華やかなご令嬢だ。


「クリスタ・ベルネットと申します」


 弦楽器のような柔らかな声。

 緑の艶やかな髪に泉のように透き通った水色の瞳

 森の女神のような印象のご令嬢だった。


 タイプは違うが二人はとても美人だ。

 カリーナもクリスタも伯爵家の令嬢で、イーサンの周りで何度か姿を見たことがある。

 婚約者候補として名が上がっていたと思う。

 イーサンは何人も妃を娶るだろうから、『婚約者候補』なんて価値があるのか分からないけどね。


「どうだ、カリーナもクリスタも美人だろう!」

「え? ええ、そうですね」

「お前と歳も同じだ」

「そうでしたか」

「じゃあな。頼んだぞ」

「え? 兄上!?」


 来た時と同じように、どかどかと音を出してイーサンは去って行った。

 全てがうるさいな……って、今はそんな感想を言っている場合じゃない。

「頼む」と言っていたが誰に向かって言ったのかも分からないし、どういうことだ!?

 二人の伯爵令嬢に目を向けたが、笑みを浮かべて俺を見るだけだ。

 ……どうしろと?


「とにかく、お掛けください」


 もう出掛けるつもりだったのだが放っておくわけにはいかない。

「早く行きたいのになあ」と思いつつも、令嬢達をソファに掛けるよう促し、ユーノにはお茶を準備して貰う。


「お言葉に甘えて……あら、固い」


 腰を下ろしたカリーナがソファを一撫でしながらぽつりと零した。

 俺への文句ではなく独り言の様だがばっちり聞こえてしまった。

 確かに来客用ではあるが、華美なものではないし座り心地もイマイチだ。

 ご令嬢からすれば地味で固いソファで最悪だろう。

 申し訳ない。

 でもね、この部屋はご令嬢が来るようなことを想定していないんだ。

 俺が過ごしやすいように、としか考えていないんだ。

 だから文句があるならイーサンに言ってくれ!


 クリスタはユーノが出した紅茶を優雅に飲み始めた。

 自己紹介以外には口を開いておらず静かだ。

 一方、カリーナは紅茶には口をつけずぐるりと周囲を見渡し、忙しなくキョロキョロし始めた。


「いけないわ、エドワード様。王子様のお部屋がこのような華のない有り様ではあまりにも夢がありません!」


 華のない有り様とは酷い言われようだ。

 実用性しか求めていないから飾り気はゼロだが、俺は気に入っている。

 女性に受けが悪いことも分かっている。

 放っておいてくれ!


「それより、お二人のご用件は……」


 イーサンに連れられて来たのだ。

 何か魂胆があるのだろう。

 出来れば早く済ませて帰って欲しい。

 俺は孤児院に行きたいのだ!


「わたくし達、エドワード様と仲良くさせて頂きたいのです」

「はあ」


 凄く気の抜けた返事が俺の口から出た。

 どういうことだ?

 俺はお友達募集なんてかけていないのだが。


「エドワード様には女性のご友人があまりいらっしゃらないことを、イーサン様はとても心配されていますわ」

「はあ」


 いやいや、あのセクハラ筋肉が俺の心配とか……ナイナイ。


「ですから! 歳が同じわたくしとクリスタ嬢にエドワード様と仲良くしてやってくれと仰ったのです」

「はあ……」


 気も魂も抜けたような声しか出ない。

 お優しいお兄ちゃんが女の子のお友達を分けてくれると?

 優しすぎて涙が出そうだ。

 ありがとう! お兄ちゃん!

 ……というとでも思ったかああああっ!!


 俺を何歳だと思っているのだ!

 友達を用意して貰うような年齢ではないし、女の子を斡旋して貰わなくても大丈夫だ!

 リア充の施しなんてお断りだ!


「お気遣いはありがたいですが、友人は自分でみつけたいと思いますので……」

「そうは仰いますが、エドワード様!」

「はい!」


 カリーナに強い目を向けられてドギマギした。

 生粋のモブには美女の眼力は恐ろし過ぎる。


「出会いの場はございますか? 社交の場でも、すぐにお姿を見なくなりますが……」


 これでも一応王族なので度々社交の場に引っ張り出されるのだが、どうしても華やかな場所は苦手だ。

 だから必要最低限顔を出し、隙が出来たらすぐに逃亡している。

 それがバレているとは……!

 コソコソしていたことを指摘されたようで気恥ずかしい。

 俺が可哀想だからこれ以上は言わないであげてくれ!


「とにかく、お気遣いは結構ですので! 俺はこれから外出します」

「ではお供しますわ」


 いやいや、二人とも悪い子ではなさそうだが、このソファで固いと言っていた子が孤児院にいったらどうなるか。

 想像するのも面倒臭い。

 それに俺は成金貴族の三男坊クーガということにしてあるから都合が悪い。


「お二人が行って楽しいところではありませんので」

「お供します!」

「……わたくしも」


 ずっと黙っていたクリスタにも同行を希望され……。


「今日は行くのをやめますか?」


 ユーノがこっそり聞いてくれたが、孤児院に行きたいし最近の天気に対する街の反応も知りたい。

 派手好きなご令嬢のようだし、孤児院を見たら「帰ります!」というかもしれないしな。


「いや、行くよ。用意してくれ」

「かしこまりました」


 仕方なく連れて行くことになってしまった。

 ああ、面倒だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る