第18話 孤児院②
トラップは何気ないところに!
「実は俺、前世の記憶があるんだよね」なんて自白をしても信じてくれる人はいないと思う。
それなのに「どうしてアストレアにないものを知っているんだろう?」と、前世バレの種になるようなことは至るところにばらまかれている。
狭いキッチンに俺とユーノ、カリーナとクリスタに合わせ、子供代表としてユリアが立った。
他の子達もやりたがったが、収拾がつかなくなりそうなので今回は食べる係に専念して貰う。
さて、準備も万端。
「それでは猫と柴犬のクッキー作りを始めよう!」というところで全員から質問が上がった。
「シバイヌって何ですか?」
「え……知らないの?」
固まる俺、首を傾げる四人――。
なんてことだ……そういえば犬は普通にいるけれど、アストレアには柴犬はいない!
「以前あの方に作ると約束されていたものですね?」
ユーノがいうあの方とはもちろん真奈だ。
聖女の話はまだ外部には漏らすわけにはいかないからここでは禁物だ。
「先生、どのような犬ですか?」
それはね、ユリア君。
日本原産日本犬の一種でね! ……とは言えない。
だから皆から目をそらし、震えながら誤魔化すしかない。
「お、俺も知らない……」
「ええ!? では、どうして作ると約束してしまったのですか!?」
「ユーノが分かるかなあって……」
「僕を歩く動物図鑑か何かと勘違いしていらっしゃいますか?」
迫力のある笑顔が怖いぞ、ユーノ!
「た、多分大丈夫だ! なんとかなる! ほら、クッキーだからそれほど複雑なことは出来ないだろう? 猫とちょっと形を変えてさ、犬っぽくすればなんとかなるって! そうだ。ユーノ、紙とペンはあるか?」
「ありますが……」
ユーノから紙とペンを受け取り、ガリガリとイメージしたものを描いていく。
アストレアによくいる犬っぽくもあり、芝犬っぽくもある、そんな感じに…………うん、中々良く描けた。
自信を持って紙をバッと皆に見せる。
「こんな感じでいいだろう!」
「きゃっ!」
きゃ?
見せた瞬間、悲鳴のような声がしたがユリアか?
ユリアに目を向けると、口を抑えながらフルフルと首を振った。
いや、完全に君だったから。
「まあ、独創的」
クリスタがうふふと笑う。
笑っているが……目は笑っていない。
凄く引いているように見えるのですが?
あと物理的にもかなり下がって俺から距離をとりましたよね?
「この絵のクッキーを作るのですか? 嫌がらせをされるつもりなの? まさか呪い!? そのようなことは感心しませんわ! イーサン様に報告いたします!」
そうそうモテない呪いの呪い返しを……って、そんなわけないだろ!
喜んで貰いたくてやっていますが!
イーサンに報告なんてしたら、間違いなく面倒臭いことになるから絶対にやめてくれ!
「クーガ様、可愛らしい犬のクッキーを作るはずでは? 完全に人間の目と鼻に口……それでは人面犬です」
「こ、こわいよぉ……」
ユーノが怯えているユリアを慰めながら非難の目を向けてくる。
酷い言われようだ。
リアルと可愛いのバランスがとれたこの芸術点の高いイラストを誰も理解してくれないなんて悲しい。
「俺は絶対このクッキーを作るからな!」
「……とりあえず作ってみては? その絵を見てからだと、どうしてあの猫のクッキーが出来たのか奇跡だとしか思えませんが、案外やってみると上手くいくかもしれません」
「お前な……。絶対可愛いって言わせてやるからな!」
投げやりに言ってくる我が侍従に苛つきつつクッキー作りを始める。
材料や道具は準備して持ってきた。
道具はこのまま置いていくし、材料も多めに持ってきているから俺がいない間に練習が出来る。
まずは作り方が分かっている猫クッキーを作る。
生地を長い棒状にし、横から見て確認しながら積んでいく。
「どんな風になるのかしら。本当に大丈夫なのよね?」
「大丈夫って何がですか。まだ見ないでくださいよ? 冷やしてから切る時の楽しみにしましょう」
覗こうとしてくるカリーナの後ろにいるユリアはどうして不安そうな顔をしているのかな?
「さっきの絵がいっぱい出来たらどうしよう」とこっそりユーノに話しているの、先生はばっちり聞いていたからな。
バランスが崩れると不細工な猫になるが、ちらりと側面をチェックしたら綺麗に出来ていた。
これなら皆に可愛いと言わせることが出来るだろう。
「よし。綺麗にまとめたのでこれを切りやすいように冷やします」
「わたくしがやりましょう。冷やすのは得意なの」
クリスタが名乗り出てくれたので、ユリアにも教えながらやって欲しいと頼んで任せる。
俺はその間に犬クッキーの方を作る。
今日は試作にして、上手く出来たら教えることにした。
柴犬に寄せようと思うと猫よりパーツが増えるから難しい。
でもちゃんと出来るだろう。
作業を進めながらユリアを見ると、メモを取りながら熱心に話を聞いていた。
優しく教えているクリスタと並んで見ると美少女姉妹に見える。
カリーナも美少女だし、もしかして俺って今最高にリア充なのでは?
内二人は恐らくイーサンの刺客だということを忘れさえすればね!
「クーガ先生。これで宜しいかしら」
「うん、いい感じ」
クリスタは俺をクーガ先生と呼ぶことが気に入ったようだ。
孤児院の外でそう呼ばれると恥ずかしいが、ここにいる間なら平気だ。
少し待って貰って完成させた犬の方も冷やして貰う。
こちらはユリア一人でやってみて貰ったが上手に出来ていた。
「じゃあ切っていくぞ」
まず猫から。
包丁でまず凸凹のある端を切り落とし、綺麗になったところをまた一枚切った。
「…………っ!? うわあ! 可愛い!」
切る前はビクビクしていたユリアだが、可愛い猫の顔が現れると嬉しそうに声を上げた。
「素晴らしいわね! あの絵を描いた方からこのようなものが生み出されるなんて驚きだわ!」
「ははっ、ありがとう」
一言多いのはカリーナ仕様であるとこの数時間で学習したので、これは素直に褒められているのだと解釈する。
「クリスタ?」
唯一声を出さなかったクリスタはどうしたのかと目を向けると、猫クッキーを凝視してプルプル震えていた。
「クリスタ? どうし……」
「可愛いいいいいいい!!!!」
クリスタの突然の絶叫に、クリスタ以外の全員がビクリと身体を震わせた。
落ち着きのある優しいお姉さんのご乱心。
驚いて固まっていると、クリスタがバッと大きな動作で俺を見た。
「エドッ……うぐっ」
言いかけた名前を聞いて慌てて口を抑えた。
ユリアがいるから!
「クーガです!」
小さな声で注意すると申し訳なさそうにコクコクと頷いたので手を離す。
「クーガ先生! これは素晴らしい、素晴らしいわ! わたくし猫好きなの! なんて愛らしいの~~~~!!」
両頬を抑えて叫ぶ顔はデレデレ、突然のキャラ崩壊に皆戸惑ってしまう。
こんなところにもいたのか、猫好き。
真奈のことがあるから「本当に猫好きか?」なんて思ってしまうが、この様子だと演技ではなさそうだ。
「と、とにかく切っていきますね」
――トンッ
「ああっ!」
――トンッ
「ああああっ!!」
――トンッ
「ああああああっ!!!!」
うるせえええ!!
包丁が入り、カットされた猫の顔が増える度に入る雄叫び。
「ああっ! どうしましょう! 可愛いのが増えていくうううう!」
真横で絶叫の合いの手が入るのは邪魔でしかなかったが、なんとか全て切り終えた。
犬の方のクッキーだが、思っていたより柴犬感が出てしまった。
抑えきれない才能を発揮してしまったらしい。
皆から変なリアクションはなく「可愛い!」と言われたので、犬として違和感がない仕上がりにはなっているはずだ。
あの人面犬がちゃんとした犬に! と驚かれたのは心外だが、可愛いと言わせることか出来たので満足だ。
「焼くのは任せてくださいませ!」
今度はカリーナがユリアの先生と焼き役をやってくれた。
あっという間に綺麗に焼け、良い匂いが広がる。
やっぱり待ち時間が圧倒的に短いのはいいな。
「ねえねえ、先生! 出来た!?」
「食べる係の出番!?」
良い匂いに誘われて子供達がキッチンの周りに集まりだしたので、おやつの時間にすることにした。
ユリアは子供達と食べるためキッチンを出て行った。
俺達はそのまま残り、四人でお茶を飲みながらクッキーを食べ始めたのだが……。
「ああああっ可愛い! 食べるなんて可哀想!」
クリスタの乱心はまだ続いている。
「どうしよう……食べられませんわ~!」
クリスタ以外はもうぼりぼりとクッキーを食べているのだが、彼女はクッキーを宝石を持っているかのように、大事そうに手の上に乗せたまま見ている。
終いには食べられないとシクシク泣き出してしまった。
何も泣かなくても……。
「クッキーなのですから、食べないと可哀想ですわよ!」
「! そうですわね……」
カリーナに言われ、クリスタはプルプル震えながらクッキーを口にした。
クリスタの口からサクッといい音が鳴る。
「おいしいですわ……うっ」
だから泣くなって。
囓って欠けたクッキーを見つめながら呟く。
「その身を犠牲にしての献身、忘れませんわ! わたくしの血肉となり、共に生きてくださいませ……」
「重い」
ただのクッキー試食会が一部お通夜のようになってしまったが、ユリアが外れて四人になったので、確認しなければと思っていた例の話を切り出すことにした。
この数時間一緒にいたが、やはり二人は人が悪いようには思えない。
だから答えてくれそうだと、ストレートに聞くことにした。
「お二人に聞きたいことがあるのですが」
「何かしら?」
「イーサン兄上に何をしろと言われて来たのですか?」
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