第19話 突撃
俺に問われた二人は気まずそうに視線を彷徨わせていたが、終には俯いて黙り込んでしまった。
「何も言われていない」と反論せず黙っている時点で半分自白したようなものなのだが、やはり言われている内容も確認したい。
何事もほぼ勢いで進む脳筋が女の子を送り込んできているのだから、どうせ色仕掛けの類だろうとアタリをつけて話していく。
「責めるつもりはありませんよ。聞いたことも口外しません。ただ、協力出来たら良いなと」
「協力、ですか?」
カリーナが探るようにこちらを見た。
「ええ。お二人が兄上に言われたことを達成したかのように振る舞ってもいいですし、俺に出来る範囲内で力になります。大したことは出来ないかもしれませんが……お二人は兄上の婚約者候補ですよね? でしたら母上にあなた方の人となりを話して推薦することは出来ますよ?」
「本当ですか!? ……でも」
「…………」
クリスタは黙ったままだが、カリーナは一瞬食いついた。
あと一押しかな?
もうここまで来ればストレートに聞いていいだろう。
「色仕掛けでもするように言われたのでは?」
「!」
「…………」
クリスタは俯いたまま更に顔を逸らし、カリーナは目を丸くして驚いた。
当たりのようだ。
タイプは違うが二人とも分かりやすい。
素直だなあ。
「全てお話しします」
観念したようで、ユーノが新しく淹れ直したお茶を飲みながら二人は詳細を話してくれた。
「イーサン様に呼び出され、聖女様を口説くのに邪魔だから『惚れさせて振り回してやれ』と言われました」
「わたくしは聖女様に関する情報も聞きだすように言われました」
俺のカップを持つ手が固まる。
「え! 誰を口説くのに邪魔だと? 誰の情報を聞き出せと?」
「聖女様ですわ」
「女神様のお導きでアストレアにいらしたと伺いました。ねえ、カリーナ」
「ええ」
思わずユーノと顔を見合わせた。
あの脳筋!
聖女様の情報、思いっきり外部に漏らしているじゃないか!
これは女王に報告だな……。
「えーと……お二人は聖女様の話を誰かにしましたか?」
「いいえ? イーサン様に頼まれたことは内密にということでしたので、聖女様の話もしておりませんわ」
「そうですか、よかった……」
いや、良くないけど! 不幸中の幸いだ。
不思議そうにする二人に聖女様が現れたことは情報規制されていることを話すと、クリスタは顔が青くなったがカリーナは反対にパアッと表情を明るくした。
「イーサン様、そんな重要なことをわたくしに教えてくださったのね!」
「喜ぶところじゃないから!」
情報規制されている内容によっては話を聞いた者が危険になる場合だってあるのに、イーサンもカリーナも頭がお花畑か!
「聖女様については今後も黙っておいてください。それにしても……どうしてそんな馬鹿な頼みをきいてしまったのですか」
「それは……だって! わたくし、イーサン様が好きだもの! 妃になりたいの! イーサン様には婚約者候補はたくさんいるわ。でも、言うことをきけば婚約者に……妃の一人にしてくれるっていうから!」
涙ながらに叫ぶカリーナを見て複雑な気持ちになった。
愚兄が申し訳ない。
でも話に乗る方も褒められてものじゃない。
それ以外にも凄くモヤモヤするし……何故か無性に苛々する。
「それで妃になっても満足出来るのですか? 他の女性を口説くために協力させられているのですよ? それで平気なのですか?」
普通に話してはいるが、自然と責めるような声色になってしまう。
「平気なわけないじゃない! でも、イーサン様の周りにはわたくしよりもっと良いお家のもっと綺麗な方がたくさんいるわ! だから、わたくしなんかに目を止めて頂くには、願いを叶えて差し上げるしか……」
「カリーナ……」
本格的に泣き出してしまったカリーナにクリスタが寄り添い、ハンカチを渡している。
「はあ」とこっそり溜息をつく。
大方予想していた内容だったから、もっと彼女達が傷つかないように対処してあげられなかったかと罪悪感が湧いた。
でもなあ、二人に悪意があるかどうかはある程度関わらないと判断出来なかったしなあ。
「イーサン様は冗談で仰ったのかもしれません。本気にしたわたくしが悪いのです。ですから、このまま何も聞いていないことに……。見逃して頂けませんか? イーサン様には出来なかったと報告します……」
こんな仕打ちをされて、まだイーサンを庇うのか?
どうしてだ?
……好きだから?
「……カリーナは凄いな」
悪口一つ言わず、まだ好きでいられるなんて。
嫌味や蔑みで言っているのではない。
本当にそう思うのだ。
カリーナの想いが良いか悪いかは分からない。
いや、愛されていないのに愛し続けて利用されるなんて愚かで、圧倒的に『悪い』の方なのかもしれない。
それでも俺はカリーナは凄いと思うし、少しの羨望と嫉妬のようなものを覚えてしまう。
俺なら無理だ。
無理だった。
あー……だから苛々したのか。
俺は真奈の浮気を見た時のことを思い出していたのだ。
努力しても太刀打ち出来ないような相手と浮気されていると分かり、俺の努力は無駄だったんだと悟った瞬間、すぐに心が折れて駄目だった。
逃げてしまった。
俺にもカリーナみたいに周りから馬鹿だと思われるくらいの気持ちがあったら……。
……いや、あったはずなんだけどなあ。
「凄いって何よ! 馬鹿にしているの!?」
俺の呟きは聞こえていたようで更に泣かせてしまうことになった。
女の子を泣かせるなんて最低だと申し訳なくなったが……果たして泣かせたのは俺か?
――いや、違う。
傷つかないように早く対処してあげられなかった俺が悪いのか?
――それも違う!
なんで俺が悪いんだ!
明確な元凶がいるだろう!
「カリーナ! クリスタ! イーサン兄上に文句を言いに行こう!」
「え?」
「腹が立ちませんか!? 何様だって! 人の気持ちをなんだと思っているんだって!」
「それは……でも……」
「二人が言わなくても俺は言います。今すぐに! 見逃すなんて出来ませんよ。ユーノ、馬車の用意を」
「承知しました」
「エドワード様、お待ちください!」
立ち上がる俺をカリーナは引き留めようとするが……絶対に行く!
抗議をする!
「俺は行きます。カリーナ、クリスタ。あなた達が行くか、行かないかは自分で決めてください」
あれから馬車ですぐに城へ戻った。
イーサンの居所を確認しつつ、女王への報告を手配する。
「二人は応接室で待っていてください」
孤児院を出ようとしたところで、カリーナとクリスタは追いかけて来た。
乗り気ではない様子だがイーサンと話はしたいという。
イーサンはカリーナとクリスタが入ることが出来ない王族エリアの私室にいると分かったので城の中で待機をしていて貰う。
「じゃあ、頼む」
「お任せください」
ユーノに二人のことは任せ、一人でイーサンの元へと向かう。
まずは俺が行って抗議してから二人の前に引き摺りだしてやる!
歩いているとイーサンに対する怒りが沸々と湧いてくる。
自然と歩く足にも力が入り、いつもよりも荒い俺の足音が廊下に響く。
ぶん殴ってやりたいが向こうの方が腕力があるのが悲しい。
殴ったら俺の方が怪我しそうだが、一発くらい入れてみようか。
「エ、エド……」
「!」
怒りで興奮している今、素通りしても不思議じゃないのに俺は呼び止める小さな声に気づいてしまった。
足までつい止めてしまっている。
気づけばそこは真奈の部屋の近くで、声の元を辿ると少し扉を開けた隙間から真奈がこちらを見ていた。
「……真奈様」
「おかえりなさい。どこかに出掛けていたの?」
「ただいま戻りました。はい。街の方に」
真奈を見て怒りが途切れた。
朝は気まずい感じで別れたし、まだ謝っていない。
犬のクッキーも渡したいが、カリーナとクリスタを待たせているし、今はそんなタイミングではない。
「あ、あのね……!」
「すみません。今は急いでいますので、また今度……」
真奈の言葉を遮る。
「あ、うん。ごめんね……」
申し訳なさそうな顔を見ると罪悪感が湧いたが、今はとにかくイーサンと話をしなければならない。
気合を入れ直し、もう少し先のイーサンの私室へ向かう。
カリーナの涙を思い出し、下がってしまった怒りのボルテージを上げながら歩く。
「絶対に謝らせる。俺に! カリーナとクリスタに!」
やっぱり一発殴ってやろう!
冷静なまま歩いていたら――。
俺が通り過ぎた後、真奈の部屋の扉が閉まった音がしていなかったことにも、後ろをついてくる気配にも気づけていたのかもしれない。
「……エド、怒ってる?」
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