第15話 不幸の手紙

 扉の前でまだ待機していたメイドに朝食を運んでくるよう伝えると、喜んで準備を始めた。

 真奈の専属メイドはベテランがするのかと思っていたが、真奈と同年代のシーナという少女だ。

 シーナは「これで仕事が出来ます!」と張り切っていた。

 今までは待機しかしていないもんな。


「さあ、俺は母上に報告に行くかな」

「用件は済んだのですか?」

「済ませようとしたけどさ……」


 真奈に女王とアルヴィンの面会を取り付けるのは、いくら時間をかけて説得しても恐らく無理だ。

 だったら現状を早く報告した方がマシだろう。


「女王陛下は、今は朝の会議中かと思います」

「ああ、そうだったな。でもそろそろ終わる頃合いじゃないか? 執務室で待たせて貰おう」


 ユーノを引き連れ女王の執務室へ進む。


「あの! エドワード様!」


 後ろから呼び止められ、振り返ると真奈の世話係をしている女性神官がいた。


「えーと、ハンナさん。どうしましたか」


 名前がうろ覚えでドキドキしたが、特に反応がなかったので合っていたらしい。

 ハンナは申し訳なさそうに眉を八の字に下げている。

 いや、この人は最初からずっとこんな表情だった。

 元々困り顔なのか?

 問題児のような真奈の世話係をさせられているのだから不憫属性がある人なのかもしれない。


「あの……聖女様がエドワード様と一緒に朝食を食べたいと」

「俺はもう食べましたので」

「そうでしたか。ですが、どうかご同席を……」

「用がありますので。聖女……真奈様には時間があれば後ほど伺うとお伝えください」

「……分かりました」


 ハンナは頭を下げるとそそくさと戻って行った。


「聖女様に呼んで来るように言われたのでしょうか。聖女様は随分とエドワード様にご執心のようですね」

「それ、絶対兄上達の前で言うなよ? 冗談の通じない方々だからな」


 兄達の耳にそんな話が入れば、俺が聖女様を唆していると騒いだりするに違いない。


「エセ貴公子とセクハラ筋肉、でしたっけ? ……っく」


 ユーノは真奈が兄上達に与えた名称をいたく気に入っているようだ。

 こんなに同じネタで笑い続けるとは……。


「……ごほん。愉快な名称はともかく、お兄様方との関係を拗らせたくないのなら、聖女様関連から手を引いた方が良いのでは? お名前でお呼びする仲になったようですが……」


 呆れているのか冷やかしているのか分からないが、ユーノが意味ありげな視線を投げてくる。

 何か言いたげだな。


「元から手を引くつもりだって言ってあっただろう? なんだ、やけに聖女様関連に口を出してきて……。あ!」


 俺が聖女様ばかり構うから妬いているのか? なんてことを言ってからかおう思った瞬間ハッとした。


「まさかお前、ボクっ娘!? 実は美少女か!?」

「…………はい?」


 前世で呼んだラブコメの漫画にそんなキャラがいたな、と思い出したのだ。

 ユーノが美少女だったらかなりレベルが高い。

 コアなファンが付いてフィギアは相当高値で売買されそうだ。


「いやあ、お前が実は女の子だったら楽しいなと思ってさ」

「エドワード様、今までお世話になりました」

「いや、待て待て! 冗談だって!」


 華麗に踵を返して去って行こうとするユーノを慌てて捕まえる。


「ちょっとふざけただけだろ! 悪かったって!」

「…………チッ」

「舌打ちはやめような! 本当に悪かったって」

「二度と言わないでくださいよ。非常に不愉快です」

「ああ。約束だ。でも、こんなに怒るのはやっぱり……」

「さようなら」

「だから冗談だって! ……明日からメイド服を用意しておくか?」

「しつこいですね!」


 ユーノが叫んだ瞬間、サーっと雨が降り始めた。


「「あ」」


 ユーノと声が被った。

 思い当たる原因は一つだが……。


「もしかして、俺が鬱陶しくてユーノが雨を降らせたのかなあ?」

「確かにエドワード様はしつこく、鬱陶しいことこの上ありませんでしたが、僕には天候に影響を与えるような力はありません。このようなことが出来るのはお一人だけかと」

「……だよなあ」


 豪雨ではない。

 泣き方で言うと「シクシク」といったところか。


「エ、エドワード様……」

「!」


 雨が降り始めて暗くなった廊下の背後から聞こえてきた弱々しい声が不気味でドキリとしたが……現れたのはまたハンナだった。

 先程より更に困っている表情で気の毒なくらい幸が薄そうだ。

 ハンナは手に白い紙を大事そうに持っている。

 ついさっき、同じようなものを何枚か見たばかりだ。


「聖女様がエドワード様が戻って来ないと嘆いていらっしゃいまして……。『戻ってくるように思わせて戻って来ないなんてひどい、呪ってやる!』とおっしゃり、部屋に鍵をして今度はこれを扉の下から……」


 紙を両手で丁寧に持ったハンナは、それをスッと差し出して来た。

 嫌な予感しかしないから受け取るのを躊躇う。

 呪うって言っていたらしいし……。

 受け取らずハンナとも会わなかったことにしたいが、ほとほと困り果てているという顔のハンナが気の毒だ。


「……はあ」


 溜息をつきながら受け取り、手紙を広げると『エドワード』という俺の名前だけアストレアの字で書かれてあった。

 先程より上手くなり、自然な字になっているのは流石だが、一番上に書かれてある日本語を読んで顔を顰めた。


『不幸の手紙』


「怖っ」

「……読めたのですか?」

「あ、いや……ほら、俺の名前だけ読めるだろう? 名指しなのが何か怖いなって」


 またリアクションをしてしまった。

 先程と続けて同じことをしてしまったからか、ユーノは訝しげな顔をしているが、それに気づかないふりをして日本語の本文も読み進める。


『エドワードは十分以内に聖女に会わないと一生女の子とイチャイチャ出来なくなる』


「ユーノ、すぐに真奈様の部屋に戻ろう」

「え? はい」

「早く!」


 早足で真奈の部屋へ戻る俺に首を傾げながらもユーノはついてくる。

 ハンナも一緒だ。


 全く……とんでもない呪いをしてくれたものだ!

 冗談だとは思うが、相手は天候に影響を与えるような聖女様だ。

 本人は本当に呪うつもりがなくても力が働いてしまう、なんてことがあるかもしれない。

 そうなったら俺は今世でも禄に女の子とイチャイチャ出来ないまま生涯を終えることになる。

 それはあんまりだろ!


「真奈様! エドワードですが!」


 真奈の部屋の前に戻ると、部屋の扉をドンドンと叩いた。


「呪うと仰ったそうですが、どういうことですか!」


 すぐに真奈は扉を開き、間からひょこっと頭を出した。

 その様子は脳に動画で刻んでおきたいくらい可愛いが、今はそれどころじゃない!


「真奈様、話が……!」

「エド、おかえり! 一緒にミルクティー飲もう?」

「いりません! それに俺はミルクは入れません! って、そうじゃなくて……」

「ふうん。入れないんだ。そんな気はしたけど」

「そんなことより、この手紙には何とかいてあるのですか!?」


 俺は読めない設定になっている。

 だからほら!

 みんなの前で、俺にとって大問題が書かれていることを自白しろ!

 不幸の手紙を真奈の目の前にグイッと差し出す。


「そ、それ? ちょっとそうなったらいいなってことを書いただけ……」


 真奈は俺の勢いに押され、あたふたとしているが……。

 そうなったらいい?

 俺に一生寂しく過ごせと?

 冗談でも笑えない。


「……わ、私は呪いの例外だよ? だから私とは……」


 もじもじしながら何か言っているが、その様子は楽しそうに見えてカチンと来た。

 俺は前世で真奈とイチャイチャしたかったのだ。

 でも浮気されて出来なかった。

 今世では前世で出来なかった青春をやりなおしたいのに、前世で俺が苦しんだ原因の真奈がまた俺の幸せの邪魔をするのか! と思うと冷静ではいられなくなった。


「何ですか? はぐらかしていないで、なんと書いたかはっきり仰ってください」

「え……」


 自分でも驚く程冷たい声が出た。

 真奈が目を見開いて俺を見ている。


「どうせ呪いの言葉を書いているんでしょう? 俺を不幸にしたいですか? 聖女のくせに、人を呪ったり迷惑ばかり……」

「……エドワード様」

「うん? ……あ」


 ユーノに言葉を遮られて気づいた。

 下唇をきゅっと噛んでいる真奈の目には涙が溜まっていた。

 泣くのを堪えているようで、溜まっている滴が揺れるが今にも零れそうだ。


 あー……言い過ぎた。

 いや、だって……書いてたから、つい……!


「あの、いや、違うんです。すみません。呪うって聞いて、つい……」

「私、人のことを本当に呪ったりしないもん。でも……迷惑ばかりかけてごめんなさい」


 真奈はぽつりとそう呟くとぱたりと静かに扉を閉めた。

 鍵もかけたようでガチャリと音が鳴る。

 急に静かになり、降り続ける雨の音だけがやけに耳についた。


「ちょっと冗談で呪うと仰っただけでは? 先程のエドワード様の物言いは、聖女様が人を呪うような下劣な人間であると言っているようでした」

「そんなことは言っていない! そんなつもりは……」

「聖女様の喜怒哀楽に振り回されてはいますが、人を呪ったりするような方には見えませんよね」

「分かってる」

「エドワード様が悪いですね」

「……そうだな」

「ひどいですね。聖女様が可哀想だ」

「分かってるって!」


 だって、書いていたんだよ!

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