第14話 謎の攻防

「イケメンは大っ嫌い! 嫌い! 本当っに嫌い!」


 真奈が同じ言葉を叫ぶ。

 もう何度目か分からない。

 俺も兄達の顔を思い浮かべて概ね同意するが……。

 イケメンは大嫌い=イケメンじゃない人が好き、と考えると前世で付き合っていた俺って……。

 大丈夫だぞ、俺。

 今は地味だけれど悪くはない!

「その地味が大分強いけどな」という言葉は飲み込み、心を強く持って真奈を宥める。


「わかりましたから。あ、お腹は空きませんか?」

「内面が見た目にも表れるなんて嘘!」

「朝食を用意しましょうか。飲み物だけでも……」

「中身が真っ黒でもキラキラ出来るものなのよ!」


 妙なスイッチが入ってしまったなあと思いながら、ブツブツと呪詛を吐く真奈を暫く眺めていたが……。


「うわっ」


 気がつくと空が暗くなっていたので慌てた。

 それも真っ黒というのではなく、赤くどす黒い。

 見ていると不安に駆られるような空だ。


「真奈!」

「! …………え、何?」


 大きな声で呼ぶと、ハッとした真奈がこちらを見た。

 途端に不穏な空気がなくなったのでスイッチはオフに出来たようだが……。


「あ」


 俺はつい前世の時の様に呼んでしまったことに気づいて焦った。

 どう誤魔化すか考えたが、真奈は俺が呼び捨てで呼んだことに気づかなかったようでボーッとしている。

 良かった。

 気づかれなかったし、天候の悪化も防げてホッとする。

 それにしても……雨は降らなかったがあの空の暗さは尋常じゃなかった。

 地獄の蓋が開いたか、世紀末が訪れたか……というような感じだった。

 いったい何があんなに真奈の負の感情を呼び起こすのか。

 聞いてみたい気もするが触らぬ神に祟り無し。


「ねえ、真奈って呼んでくれたから私もエドって呼んでいい?」


 聞こえていたのかよ!

 つい叫びそうになったが、ギリギリ飲み込むことが出来た。セーフ!


「どうぞお好きに呼んでください。聖女様」


 俺はもう呼ばないけどね。


「……さっきみたいに真奈って呼んでよ」

「恐れ多いので」

「さっきは呼んでくれたじゃない! エセ貴公子は名前で呼ぶわよ!?」


 そうなのか?

 報告の時は聖女様と言っているが……。

 知らないところで距離を詰めているのか、さすが美男子なエセ貴公子。


「そうでしたか。ですが兄は兄、俺は俺なので」

「…………むう」


「じゃあ、俺も」という風にならなかったのが不満だったのか口を尖らせている。

 アルヴィンが呼んでいるのに俺が呼んでいないなんて! と怒るとでも……あ。

 そういえば前世でもこういうことがあったなあ。

 最近夢で見た。

 あの時初めて名前で呼んで、それに初めてキ……ってそんなことを思い出している場合じゃない。


「どうしたの? 顔赤いけど」

「赤いとかあり得ないです。なんでもないです」


 とにかく、もう妬いたりはしない。


「……では、真奈様と呼ばせて頂きますね」


 そう、妬いてなどいないのだ。

 だが……!

 名前は呼ぶことはしよう。

「あのいけすかない兄が呼んでいるから」というわけではなく、不毛なやり取りをして無駄に時間が過ぎるのが面倒臭かっただけ。

 ただそれだけ!


「『様』なんていらないのに。エドも王子様でしょう」

「聖女様は尊き身。俺などとは比べものになりません」

「もう……。ま、今はいいけど」


「今は」って何だ。

 前世のように名前で気軽に呼び合うことなんてもうないだろう。


「それよりも、母と兄の面会について……」


 ――ぐうぅぅ


「「…………」」


 さっさと用件を済ませようと話を切り出したところで、真奈の腹の虫が可愛く鳴いた。

 真奈の顔が真っ赤になる。

 俺はもう朝食をとったが、真奈はメイドを閉め出していたからまだ食べていない。

 面会謝絶なんかしているからだ。

 くすりと笑い、真奈に話しかける。


「朝食を用意していいですね?」

「……お願いします」


 余程恥ずかしかったのか、耳まで赤くして睨んでくる。

 余計に笑いたくなるのを堪えて歩き出した。

 まだ扉の近くに気配があるから、ユーノやメイド達は待機しているのだろう。

 メイドさん、出番ですよと呼びに行く。


「……奇襲!」

「うわっ!?」


 扉に向かっていた俺の背中に衝撃が走った。

 奇襲!?

 不届き者が! ……ってこの部屋にいるのは俺以外には真奈しかいないのだが……。


「今のことは忘れて! あと、真奈って呼ばないと離れないから!」

「はあ!?」


 ……俺は何故か今、背中にタックルからのホールド攻撃を食らっている。


「??」


 何がしたいのだ?

 本当に意味が分からないのだが!

 こんな奇行に出るなんて、恥ずかし過ぎておかしくなったのか!?

 もしくは知らないうちに頭を打ったか。

 不意打ちで足元がぐらつきながらも、背中に抱きつく真奈を引き剥がそうとする。


「何をして……! ……あっ」

「!」


 真奈の肩を押したつもりが、違うところを押してしまった。

 肩なんて固いところではない。

 夢と浪漫の詰まった柔らかくて暖かいところだ。


「「…………」」


 二人で俺の手を押しているところを凝視したまま固まった。

 サーッと血の気が引いていくのを感じた。

 や、やってしまった……。

 このまま逃げたい。

 でも、そういうわけにはいかないわけで……。


「ごめっ、あ、いやっ、申しわけありま……!」

「……ちょっとエッチだ!」


 パッと手を離し、土下座しようかと焦っていると、何故か真奈が嬉しそうに笑った。

 真奈なら静かにぶち切れるか泣くかも……! と思ったのだが、何故か楽しそうだ。


「私、知ってるよ! これがラッキーすけべね!」

「はあ?」

「勉強した中にあったの!」


 勉強?

 何の勉強だ!?


「うーん……やっぱりくっついても気持ち悪くない……これってもしかして……だとしたら……」


 え?

 この状況で俺は放置!?

 謝らなくてはとパニックになる俺を無視し、真奈はブツブツと呟いている。

 すっかり真奈のペースに嵌まっていて乱されている。

 このままではいけない。

 人生二回目の余裕を見せなければ。


「申し訳ありませんでした。以後気をつけます。しかし、突然抱きつかれますと転倒する恐れがありますので、先程のような行動はお控えください」

「もう、まじめすぎ! でも、そういうところも一緒なんだね。どうしてかなあ」

「え?」


 暗かった空が一気にパアッと明るくなった。

 青空が広がり、少し開いていた窓からふわっと柔らかい風が入って来る。


「エドワード」

「はい?」

「ふふっ」


 呼び止められたから何かと思ったら、機嫌良く微笑むだけ。


「何か用ですか?」

「エドワード。えっち」


 真奈がにやりと笑う。

 目が合うと何故か俺の顔はカッと熱くなった。


「……申しわけありませんでした。でも、事故ですのでお許し頂きたい」

「真奈って呼んだら許してあげるよ。ふふ」


 ……からかわれているな。

 真奈の見せる余裕にムッとしてしまう。

 なんとか一泡吹かせたいと仕返しをしたくなる。


「真奈……」

「!」


 真奈がキラキラと目を輝かせた。

 そこで――。


「様」

「…………。強情だなあ」


 がっかりしているのを見て少しすっきりした。

 前世のように思い通りになってやるものか。


「では、また可愛い虫が鳴き出さないうちに用意をしますから」

「うぐぅっ」


 追加のからかい返しに真奈がまた顔を赤くて悔しがる。

 これは俺のサヨナラ勝ちでいいのでは?


「ねえ、エド。エドワード」


 鼻歌でも歌いたいくらい気分良く足を進めていると呼ばれた。


「なんですか?」


 用があるのかと振り返れば――。


「呼んだだけ」

「…………」


 にっこりと微笑まれたが……もしかして、邪魔したかっただけ?


「そうですか」


 コメカミに浮き出そうな怒りマークを隠しつつ笑顔を向けて再び歩き出した。

 もう早く朝食を食べてくれ!


「ねえ、エド。エドワード、エド! エドー!」

「大人しく待っていてください!」


 子供を叱るように言いつけると、ガシガシと頭を掻きながらユーノ達に声を掛けに部屋を出た。

 ああ、調子が狂う!




「ふふ。……返事があるのっていいなあ」

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