第38話 それぞれのスタート
「クーガ様が王子様かあ」
ユリアがキラキラとした目でみつめてくる。
その割には気付いてもらえなかったけど?
クーガ先生は少し拗ねているよ。
「馬車も凄く豪華だね!」
長距離移動ということで、アルヴィンが貸してくれたからね。
使え、と言われたときは頭でもぶつけたのかなと心配になったが、それを口にしていると貸してくれなかっただろう。
黙っておいてよかった。
ありがとう、お兄ちゃん。
おかげでユリアに体面が保てたよ。
「みんなには黙っておけよ? ユリアはもうお姉さんだし、手伝って欲しいことがあるから話したけれど。他の子達はびっくりするだろうし」
「はい! 分かっています! やっぱりクーガ先生は凄いです!」
多分ユリアなら言いふらすことはないと思うし、俺もこれからは前面に出ていくようになるから知られても大丈夫だと思うのだが、出来れば静かに受け入れられるタイミングをはかりたい。
「でも……ユーノさんは本当に王子様じゃないんですか? もしかして、どこかの国の王子様だったり……!」
「しません。ただの侍従ですよ」
それにしては俺には真似出来ない見事な王子様スマイルだ。
俺にもその王子様力、分けてくれないか?
ユリアとユーノの賑やかな話し声を聞きつつ、馬車の窓から空を見る。
今の天気は晴れ。
陽気な日差しが気持ちいい。
遠出日和だ。
「あの方は機嫌良く過ごされているようですね」
「そうだな」
空を見ていた俺が気になったのか、ユーノが声をかけてきた。
心配をしてくれているのか、俺の顔色を見ている気がする。
俺がいなくても平気なのかよ、なんてもう幼稚なことは言わない。
真奈なりに頑張ろうとしてくれていること知っているからな。
「お互い、頑張ろうな」
「どうかされましたか?」
「いや、ダンスの練習とかしておこうかなと思っただけ」
「それは良いですね」
ユーノが微笑んだ。
だから俺に王子様力を見せつけるなって!
「よくいらっしゃいました」
城を出て三日目にトロギールに着いた俺達を出迎えてくれたのは、領主の息子サイファーだった。
俺と同世代だと思うのだが丸々とした身体だからか、いやに貫禄はある。
サイファーは口では歓迎と言っているが、全く顔は歓迎してくれていない。
アルヴィンが来ると思っていたら、知らない三男が出てきてがっかりしているといったところか。
王太子に顔を売りたかったのだと思うが、ここは未知数の三男にも期待して貰いたい。
俺達は領主の屋敷でお世話になる。
「どうぞ、お部屋を用意しておりますのでお寛ぎください」
屋敷の前に着けた馬車から降りるようにサイファーが促してきたが、俺は首を横に振った。
「いや、すぐに問題の海を見に行く。案内してくれ」
「……承知しました。ちっ」
サイファーが分かりやすい不服な顔をしている。
というか、今舌打ちしたな!?
案内が面倒臭いのか、従わなかったのが面白くないのか……。
思い通りになってやらなくて申し訳ないが、俺は少しでは早く解決して戻りたいのだ。
俺達の馬車にサイファーに乗って貰い、道中に起こっている事象の話を聞く。
それにしてもサイファーの髪は青だから爽やかに見えるはずなのに、べっとりとしているから全く爽やかじゃない。
窓から入る風にも揺れない。
ギトギトだ。
食事の油成分を控えた方がいいんじゃないかな。
「ある日海が白くなり始めたのです。するとそこに住む生物達に影響が出始め、漁の漁獲高が減っていきました。こちらがその資料です」
案外まともに説明を始めたサイファーに驚きつつ渡された資料を見ると、緩やかではあるが、確かに漁獲高が減っていた。
「調査の結果は? 原因は分かったのか?」
「それが……分かっていないのです」
「どういう対策をとったんだ?」
「そちらも資料に。おっと、到着したようです」
資料を読もうと思ったが、現場に到着したらしい。
まずは自分の目で状態を確認してみよう。
書類を持ったまま馬車を降り、海が見えるところまで移動した。
「これは……」
海を見渡せる高台に立つ。
見渡す限りの白が確かに不気味だ。
というか、確かに白い、白いが……。
「思っていたのと違う!」
俺はてっきり、海面が白いと思っていたのだ。
だから赤潮や白潮について真奈にも聞いてみたのだが、白くなっているのは海の中で……。
「珊瑚か」
トロギールの海には珊瑚礁が広がっている。
港につくためには、珊瑚礁のないルートを通らないと座礁してしまうので、こちらも海流のようにアストレアの防衛にも一役買っている。
生き物たちの住処でもあるので、大切に扱われてきていたはずだ。
珊瑚だと零した瞬間、サイファーが軽く驚いたような顔をした。
もしかして俺には分かるはずがないと舐めていたか?
「はい。白くなっているのは珊瑚礁です。何故か突如白くなり始め、一気にこのように……」
こういうのをテレビで見たな。
グレートバリアリーフの白化現象、だったかな。
原因は……なんだっけ?
ああああ、肝心なところを覚えていない!
これも地球温暖化が関連していたような気がするが……。
「どういう対策をしたのだ?」
「魔術で回復を試みました」
「結果は?」
「一時的に回復しますが範囲が広く――結局は元通りです」
「そうか……」
これは思っていた以上に大変かもしれない。
「聖女様? クリスタです」
部屋をコンコンとノックする音の後、待ちわびていた声が聞こえた。
寝転んでいたベッドから起き上がるとパタパタと部屋の中を縦断し、勢いよく扉を開けた。
「クリスタさん! 来てくれたのね、ありがとう! さあ、入って」
私の勢いに戸惑うクリスタさんの手を捕まえ、部屋の中に引き入れる。
その際扉はきっちりと鍵をしておく。
誰にも話を聞かれたくない。
「ここに座って」
ソファにクリスタさんを座らせると、自分もそのすぐ隣に腰を下ろした。
「あの、ご用件は……」
私がクリスタさんを呼びだした理由。
それは、万が一のことを考えてお願いしておきたいのだ。
これを頼んでもクリスタさんには何が何だか分からないと思うが、私は言葉にするだけでも緊張する。
ふう、と大きく息を吐いて呼吸を整えた後、頼みたいことを切り出した。
「あのね。私、お祈りをしてみようと思うの。エドの役に立てるかもしれないし。ちゃんと役目を果たそうかなって」
「まあ!」
クリスタさんは驚いた顔をしているが、どこか嬉しそうだ。
やっぱり、自分の国のことは何とかして欲しいと思っていたのかな。
ううん、私が聖女の役目を果たすと決意をしたことを友人として喜んでくれているのだと思う。
「わたくしにお手伝いできることがありましたら、何なりとお申し付けください」
申し付ける、というのが同等の立場じゃないようで寂しいけれど、一応聖女だからしかたないか。
お言葉に甘えて早速お願いをする。
クリスタさんならきっとこう言ってくれるだろうと思って呼びだしたのだ。
「クリスタさん。お祈り中やその後、私が変なことを言い出したらフォローして欲しいの。多分、大丈夫だと思うけれど……ね」
「変なこと、ですか?」
クリスタさんが首を傾げている。
私もどう説明したらいいのか難しいのだが……。
「私らしくないことを言い出したら引っぱたいて!」
「引っぱたく!?」
「お願い。エドのことが好きなクリスタさんしか信用出来ないの」
わけが分からないと思うけれど、どうか頼まれて。
願いを込めて見つめると、しばらく黙っていたクリスタが頷いた。
「……分かりました。確かに承りました」
「ありがとう!」
これできっと大丈夫……。
強い衝撃を受けたら、きっと私に戻るはずだ。
待っていて、エド。
私、必ず役に立つから。
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