第3話 前世
俺、エドワード・アストレアの前世は
偽名のクーガは久我から取っている。
サラリーマンの父とパート勤めの母と三人暮らし。
これといって特筆することのない平凡な少年でテストの成績は中の上程度。
外見も悪くはないがイケメンと呼ばれるほどではない。
漫画に出れば顔も描き込まれない程度のモブだったと思う。
ただ、俺は幸運なモブだった。
『美人の彼女が出来る』という、モブ界を追放させられるような幸運に恵まれたのだ。
モブな俺の彼女になってくれた憧れの人――。
それが
「最後に見たのは浮気現場。イケメンとデートしている姿だったけどな」
真奈は俺より三歳年上だった。
付き合い始めたのは俺が中学生、真奈は高校生の頃。
どう足掻いても埋まらない三年に苦しみながらも付き合い続け、俺は高校生、真奈は大学生になっていたある日――。
俺は真奈に黙ってアルバイトをしていた。
土日は真奈と会うため、平日の放課後のみ入るシフトにして貰っていたのだが、日曜日に欠員が出たので「入ってくれないか」と頼まれた。
その日はちょうど、真奈が「用事がある」と言っていた日で俺は暇だった。
丁度良いいいな、と快諾し、朝からファミレスで働いた。
忙しいと時間の流れは早く、気づけば昼間のピークが過ぎたアイドルタイム。
「じゃあ、休憩に入って」
「はい!」
一時間休憩を貰ったのでまかないを食べ、気分転換をするためコンビニにジュースを買いに行った。
真奈が好きな猫キャラクターのストラップがついていたから、自分は飲まないペットボトルのミルクティーを買ってしまった。
彼女のためにこんなことをしている自分に少し羞恥心を覚えながら歩いていたその時――。
「…………真奈?」
見てしまったのだ。
用事があると俺との約束を断っておきながら、男と二人でいる真奈の姿を。
――違う、あれは違う、あれは……何かの間違いだ。
身体と同時に固まってしまった頭を必死に動かし、必死に「俺は裏切られてはいない!」と否定材料を探す。
あの男は兄弟……いや、真奈は一人っ子だ。
親戚?
従兄弟?
もしかするとただの友達かもしれない。
若い二人には似つかわしくない高級車から降りてきた二人は、大通りにある誰もが知っているブランド店に入っていった。
ずっと抱いていたコンプレックスが自分の中で時限爆弾になったように感じた。
スイッチを押してしまったのか、間違った導線を切ってしまったのか、爆発までのカウントが急激に進んで行く――。
俺はまだ車の免許をとれる歳じゃない。
乗っているのは錆びてきた自転車。
免許をとってもあんないい車は買える気がしない。
こんなブランド店に連れてくることもきっと出来ない。
あの店にある物の一つを買うだけでも、どれだけファミレスでバイトをしなければいけないか……。
高校生活中にプレゼントすることは不可能だろう。
今の俺があげられるのは、手に持っているおまけのストラップくらいだ。
「こんなもの……」
捨ててしまおうか。
ストラップを握る手に力が入る。
このストラップがまるで俺の価値のように思えた。
百五十円程度のジュースにタダでついてくるオマケと高級ブランドの一級品。
それが俺とあの男との違い。
お洒落な店はお節介にも中の様子がよく見える硝子張り。
男は真奈の肩を抱いていた。
真奈も店の商品を嬉しそうに見ていた。
違う……と思いたいけど、違わないよなあ。
あれはどう見ても……。
真奈の笑顔に現実を突きつけられる。
怒鳴り込んで行きたいが、あの場にファミレスの制服を着た奴が入って行っても奇異な目で見られるか止められるだろう。
それに……俺はあの男に比べたらガキだ。
男は腹が立つくらいイケメンだった。
背も高ければ足も長い。
寝癖を直すだけの俺と違って綺麗に染めてセットされた髪。
お洒落な服装。
完全敗北だ。
真奈より少し年上の感じがする。
大学の先輩なのかもしれない。
大学生――。
俺がバイトを始める切っ掛けになった嫌な記憶が蘇る。
『ねえ、真奈は彼氏君と遊ぶときどこに行くの?』
『カラオケとかゲーセンとか図書館とか……あと公園? 近場が多いかな』
『何それ、高校生どころか中学生じゃん!』
ないわー、と笑う声が響く。
偶然聞いてしまった真奈とその友人の会話だ。
あの日から真奈の友人の笑い声がずっと頭に響いていた。
真奈の誕生日くらい遠出――旅行が出来るようにとバイトを始めたが……無駄だったな。
コンビニの袋とストラップを握りしめて、何も言わず惨めに帰るしかない。
飲んでも美味くないミルクティーなんて買って本当に馬鹿だ。
昨日までは本当に楽しかったのだ。
学校のない土曜日だから朝から会ったし、夜は両親が不在だという真奈の家に泊めて貰った。
若い恋人同士が一夜を共にするのだ。
俺もついに大人の階段を上る時が来たかと準備万端で乗り込んだのだが……へたれな俺は何も出来なかった。
こんなことになるなら思い切って押し倒しておけば良かったと思う。
いや、まさか……昨日何も出来なかったからイケメンに乗り換えられた、ということはないだろうか。
大学生の真奈の周囲ではそういった行為の話題は当たり前に出てきていただろう。
やっぱり俺がガキだからいけないのか……?
子供の頃から追いかけ続けて来たが、やはり真奈は高嶺の花だったのだ。
手に届いてしまったから余計に辛くなってしまった。
時限爆弾は起動したが派手に爆発せずに終わった。
誰にも発見されることなくポンとつまらない音を立てただけだった。
もう誰にも見向きもされないゴミになっただけ。
スマホを取り出し、真奈へメッセージを飛ばす。
『真奈に相応しい人と幸せになってくれ。今までありがとう。さようなら』
浮気なんてせずに俺をちゃんと振ってから次に行って欲しかったとか、そもそも何で俺と付き合ってくれたのかとか、色々言いたいことはあったが飲み込んだ。
返事はいらない。
真奈の登録情報を削除するため、画面をタップする。
「…………。ははっ」
未練がましい。
『削除』の文字を押すことに躊躇してしまう。
――やっぱり返事が気になるだろ?
――何か理由があるのかもしれないぞ?
もう一人の自分が問いかけてくる。
押せないまま考えていて…………気づけなかった。
「遥っ!!!!」
脇見運転の車が、真っ直ぐこちらに突っ込んで来ていたなんて――。
久我遥真 享年十六歳 事故死。
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