第6話 バトンタッチ

「ははっ! アストレア一の美男子も形無しだな!」


 想像通り、女王の私室に招集が掛かった。

 孤児院の様子を見に行っていた俺は少し遅れ、一番最後に入ったのだが扉を開けた途端イーサン兄上の高笑いが耳に入ってきた。

 笑われたアルヴィン兄上は苦い顔をしている。


「明日はアストレア一の 色男であるオレが行くしかないようだな」

「待て。まだ二日だ」

「しかし兄上よぉ。再び今日のようなことになれば、民が不安になるんじゃないか?」


 兄上達のやり取りを女王は黙って聞いている。

 明日はどちらに頼むか判断しているのだろう。

 その間にも二人の空気が悪くなっている。

 おいおい、王族の兄弟喧嘩とか不穏なことはやめてくれ。

 王太子はアルヴィンと決まっているがイーサンを推す声もある。

 妙な火種を生むなよ。


「アルヴィン兄上、地震が起こるまでの経緯を聞かせて頂けませんか」


 間に入るように話しかけると、ヒートアップして立ち上がっていたイーサンもソファにドサッと腰を下ろした。


「そうだな、同じ失敗は出来ねえ。聞かせてくれ」

「……いいだろう」


 不満げな顔をしたアルヴィンだったが、女王の前ということもあり大人しく地震にいたる経緯を話しだした。


「今日は聖女様に状況説明を行ったのだ」


 扉越しではあったが、アルヴィン兄上は根気強く語りかけたらしい。

 あなたは聖女様であるということ。

 アストレアにはあなたを保護する意思があること。

 そして聖女様の精神状態が国のどこかに現れるといわれており、今は雨が降り続いているということ。


「すると聖女様は扉を開けてくれたのだ」

「おお! 出てきたのか! で、美人だったか?」

「お前はそればかりだな。ずっと泣いていたようで、瞼は腫れていたが美しかった。きちっと身なりを整えれば母上に引けを取らない美女となるだろう」

「辛口評価の兄上がそういうのだから期待出来そうだな! 体つきの方はどうだった? オレは豊満な方がいいのだが」

「……悪くはない」

「ほう! 俄然興味が出てきたぜ!」


 ……どうしたのだろう、俺は。

 すんげえ兄上達を殴り飛ばしたい!

 エロい目で真奈を見やがっ…………いやいやいや、違う。

 俺が怒りを覚えたのは、そう、不謹慎だからだ!

 聖女様をそんな目で見るなんて! ……って、兄弟がかりで「落とせ」と言われているのに今更か。


「アルヴィン。早く続きを話せ。イーサンは暫く黙っていろ」


 話がくだらない方向に逸れたことに女王が痺れを切らしたようだ。

「やーい、怒られたー」と心の中で煽る。


「聖女様は雨で迷惑をかけていないかと気にしておりました。民は久しぶりの雨を喜んでいると伝えたところホッとしておりました」


 あー……この時に少し雲が晴れたのか。


「なるほど。聖女らしい倫理観を持っているようだな。天候により不利益が出たと責任を問えば上手く動かせるかもしれんな……」


 母上、あなたは鬼か。


「私は雨を降らせている原因を問いました。あなたは何を嘆いているのかと。すると教えてくれたのです。『恋人が死んでしまった』と」


 え?

 …………ええ?

 それはもしかしなくても……俺のこと?


「私は聖女様を慰めようとしたのです。新たな恋をすれば忘れられると。私ならば側にいると提案したら……」


『新しい恋人なんていらない! 忘れたくない! どこかに行って! 二度と私の前に現れないで!』


「そして聖女が泣き崩れると同時に……」

「地震が起きたのだな」

「はは! 思いきり拒否されちまったなあ、兄上。やっぱりオレが行くしかねえなあ」

「くっ……」


 馬鹿でかいイーサンの笑い声も耳に入らないくらい俺は絶賛大混乱中だ。

 あのデートしていたイケメンも死んだのかと考えたが、真奈の彼氏が立て続けに死ぬなんて可能性は低いと思う。

 どんな不幸な女だよ。

 ホラーやミステリーのヒロインじゃないんだから。

 まさかとは思うが……俺が死んだことを悲しんでいるのかもしれない。

 でも、浮気していたのだから俺に愛情なんてないはずだけど……。

 ああああ気になる!!

 確かめたい。

 イーサンに目を向ける。

 これを言うとぶち切れられること間違いなしだが、腹を括って話しかけた。


「イーサン兄上」

「なんだ?」

「明日は俺に譲って頂けませんか?」

「…………あ”?」


 ほら、怖いって!

 視線で人を殺せるだろ! という目をしている。

 弟に殺気を向けるってどうなのだ。

 ああ、そうだ。

 弟だと認めて貰えていないんだった。

 明日聖女様に会うどころか、俺には明日が来ないフラグを建ててしまったが、なんとか凶暴な兄を言いくるめられるように頭を使う。


「俺のような地味な人間の方が聖女様も警戒せずに話せるのではないでしょうか。聞き出した情報は報告しますし、明後日にはイーサン兄上と代わります」

「何言ってんだ。お前の出番なんて……」

「ふむ、一理ある。エドワードなら気負わず話せるかもしれない」


 イーサン兄上の言葉を遮るように女王が口を開いた。


「それにエドワード。地震直後の対応、良くやった。至るところでお前の活躍を耳にしたぞ」

「ありがとうございます」


 褒めて貰うのは嬉しいが、それ以上に面倒だなと思う。

 ほら、兄上達が「調子に乗んなよ」という威圧の篭もった目で俺を見ている。

 子供の頃からそうなんだよ、めんどくせえ。


「明日はエドワード、お前が行け」

「はい!」

「母上! オレも……」

「お前が行けば先にエドワードが行く意味がなくなるだろう」

「しかし! こいつではあまりにも頼りない!」

「地震の直後だ。あまり聖女を刺激したくはない。数日あけたいところだが、雨もそろそろ止んで欲しいので説得は続けたい。そう考えると視覚的にも性格的にも刺激の少ないエドワードが向いているのだ」

「…………」


 母上、悪気はないのだろうが何気なく俺を傷つけているぞ。

 刺激が少ないつまらない男で悪かったな!

 まあ、いい。

 そのおかげで今回の機会を掴めたのだ。

 別に会いたいわけじゃない。

 これは前世の自分とちゃんとした区切りをつけるための確認だ。






 俺が聖女様の説得を任された日の早朝――。


「寒っ」


 アストレアは比較的温暖な気候なのだが、今朝はやけに冷える……と思ったら。


「な、なんじゃこりゃ……」


 カーテンを開け、窓の外を見ると目に飛び込んできた光景に愕然とした。

 白い。

 視界が白い!


「雪……」


 転生してから初めて見る雪が降っている。

 しかも牡丹雪で既にうっすらと積もっている。


「これが雪、ですか。初めて見ました」

「ヨカッタネ」


 俺を迎えに来たユーノは窓から手を出し、雪を堪能している。

 雪と美少年、絵になるね……って呑気なことを言っていられない。

 どうしてこんなことになっているのか。

 嫌な予感しかしない。


「……ユーノ、確認してきてくれるか」

「承知しました」


 何をとは説明しなくてもユーノは動き出した。

 そして戻って来たユーノは想像通りの報告をくれた。


「イーサン様は夜が明ける前に出発されたそうです」

「やっぱりな……」


 全く、あの脳筋め!

 俺のことを無視するのはいい。

 だが今回は母上から指示をされているのにどうして従わないのだ!


 早く雪をなんとかしないと交通網が心配だ。

 前世のように車が行き交っているわけではないが馬車は多く使われている。

 アスファルトで舗装されている綺麗な道路ではないが、スリップ事故が起きる可能性もある。

 急いで神殿へと向かった。


「イーサン兄上!」


 神殿に着くとすぐにイーサンがいる応接室に案内された。

 扉を開けるとこんな事態を引き起こしているというのに、両腕に美女を抱いて偉そうに足を組んでいるイーサン兄上がいた。

 これ、殴ってもいいのでは?


「兄上……。外は雪が降っています。一体聖女様に何をされたのですか?」

「呼んでも出て来ないから、『ここを開けたら女の喜びを教えてやる』と説得してやったのだ。何が悪い」


 全てだよ!

 日本で言うと完全なセクハラだからな。

 強制わいせつ未遂とも言える。

 両側の美女も「いやーん」じゃねえよ!


「ったく、オレが呼んでやっているのに、なんて不敬な女だ。お前、あの部屋から引っ張り出してこい」

「ええ、ええ。俺は引っ張り出す役割を任されたのでそうしますとも! ですが! 兄上はどうぞお帰りください。今日は俺が任された日です。今ならイーサン兄上がこちらに来たことを黙っておきますが、これ以上滞在されるのであれば母上に報告しますよ」


 俺が報告しなくても母上ならすでに把握していそうだけどね。

 さすがのイーサンも雪が降っている現状がまずいと思ったのか、いつものように脅しては来ない。

 舌打ちをすると立ち上がった。


「聖女に『明日も来てやるから、身体磨いて着飾って待っていろ』と伝えておけ」

「分かりました」


 言うわけないだろうが!

 心の中では「ばーかばーか」と子供のように盛大に罵ったが、大人しく帰って欲しいから黙って頷いておく。


「さて……」


 とりあえず邪魔者は追い払ったから、聖女様の説得に向かいますか。

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