第43話 グサリ
「使命は終えると帰ることが出来るらしい」
茫然とする俺に女王が解説をしてくれる。
「帰るって……日本にですか?」
「二ホン、というのは分からないが、元の世界に戻ることができるということだ」
「元の世界に帰る? またこちらに来ることは出来るのですか? 行ったり来たりすることが出来るようになるとか……」
「そんなわけないだろう。使命が終わったのに、こっちに来る必要がない」
奴が馬鹿にするように俺を見る。
ぶん殴ってやりたいと思うはずの目を向けられているのに、頭が真っ白になっていて何も思わない。
会えたのに、またいない日々に戻る?
俺の日常からまた真奈が消える?
『エド! エドワード!』
生まれ変わった俺の名前を呼ぶ真奈の笑顔が目に浮かぶ。
散々振り回された泣き顔や、こちらの世界にきて初めて知った子供っぽい拗ねた顔。
もう見ることが出来なくなるなんて……無理だ。
耐えられない。
「聖女様はこちらに残りたいかもしれない。目が覚めて話を聞くまでは対応を保留しましょう」
アルヴィンの進言を女王が黙って聞いている。
俺もアルヴィンの意見に賛成しようと思っていると、また奴が口を挟んだ。
「何を言っている? 元の世界で生きるのが一番だろう。というか、あんた達は加護が元に戻るって話なだけなのに、何が不満なんだ?」
「…………っ」
支障があるのは俺と真奈の私的なことだけだ。
国を思えば、加護を修復して帰って貰うのが得策だろう。
でも、俺はもう真奈と離れるのは嫌だ。
なんとか女王を説得しなければいけない。
ちゃんと俺の意見には価値があると思わせなければ、女王は耳を傾けてはくれないだろう。
密かに気合を入れ、女王を真っすぐ見た。
女王は俺が何か言うとしているのを察知したようで俺を見据え、スッと目を細めた。
「トロギールについてですが、加護が弱まったことで起こった異変を我々で回復することが出来ました。最終的に聖女様の助力もあったようですが、加護がなくても回復することが出来たのは確かです。女神様の加護が今後永久に続く保証はありません。これからは女神様に頼らずとも国を守っていく術を持っていくべきではないのでしょうか」
女神様が存在していることは確かだが、こちらの都合で動かせないものを頼りにしていくのは不安が大きい。
自分達で凌ぐすべがあるのなら、それを研究するべきだ。
「ふむ」
女王が軽く頷く。
いい感触だ。
こんなことは俺が主張しなくても、今までも考えられていたことだと思うが、今回は実際に回復した事実とデータがある。
「何を言っているんだ? 神子のオレが回復させることが出来ると言っているだろう! ぐだぐだ言うなら力なんてかさないからな」
奴の言葉が追加で説明をしようとする俺を邪魔する。
少しは空気を読んで黙っていられないものか。
これだからイケメンは!
オレがしゃべりたい時がしゃべり時! というやつか。
口を挟むタイミングなんて考えたことがないのだろう。
でも、女神の力に頼った際に出る弊害のいい例を作ってくれたよ。
「……協力を得られないという、こういう場合もありますので」
「……そうだな」
「本当に神子なのかどうかも定かではありませんし」
じろりと奴を見る。
本当に神子なのか?
というか、まだ名前を聞いてないけど、お前誰なんだよ。
知りたくもないけどさ。
「とにかく、真奈――聖女様に話を聞きましょう」
「……気が変わった。真奈を連れ帰ったら周りの目も変わると思ったけど、あんなところにもう戻らなくても良い! オレはこの世界に居座る!」
「は?」
話を締めくくろうとしたのだが、奴が訳の分からないことを喚きだした。
「加護が欲しければ真奈をよこせ。聖女と神子のカップルとか絵になるだろ? 生まれ変わっても地味なお前と違ってな」
「お前は……!」
せっかくクールダウンしていた怒りが一瞬で戻った。
俺が地味なことは事実だからまだいいさ。
ぶん殴りたいけど。
だが……真奈をよこせ?
ふざけるな!
「お前に真奈は渡さない。『よこせ』なんてモノのように言いやがって! 連れて帰りたいのは自分の評判を上げたいだけだろ! 前世の時だって、あんたは真奈に気持ちなんてなかった! アクセサリーみたいに見せびらかして喜んでいただけだ!」
ブランド店でのこいつは、可愛い彼女にブランド品を贈る自分に酔っているようにしか見えなかった。
大学でも真奈が彼女だと自慢できるから、嵌めるようなことをしたのだと思う。
「はあ? 俺はちゃんと真奈を気に入っていた! だからフリとかまどろっこしいことをしてでも手に入れようとしたんだ!」
「まどろっこしい、だ? 卑怯に嵌めた、の間違いだろ!」
「そこまでだ」
女王の従わせる覇気のある声が、言い合う俺と奴を止めた。
「聖女が目覚めないことにはどうしようもない。この場は終わりとする」
有無を言わせない宣言に、俺は大人しく従う。
奴は舌打ちをすると部屋を出て行った。
腹が立つ、塩を撒いてやりたい。
「無礼な奴だ」
荒々しく閉まった扉の音を聞いてイーサンが吐き捨てた。
脳筋イーサンに無礼だと言われるなんて残念なやつだ。
「エドワード、あんな奴に女をとられるなんて情けないぞ!」
イーサンよ、言わないでくれ。
俺もどうしてあんな奴に劣等感を抱いて死んだのか、頭を抱えたいくらい……あ!
あいつ、出て行ったけどどこに行った?
大人しく与えた部屋に戻ったか?
「すみません、先に失礼します!」
慌てて女王の私室を飛び出した。
奴が出て行ってあまり時間が経っていないからすぐに追いつけるはずだと思ったが、奴の姿が見えない。
だが、奴が行きそうだと思った場所――真奈の部屋に行くと、やはり奴が来ていた。
扉の前に立つユーノに阻まれ、立ち往生している。
さすがユーノ!
頼りになる侍従に目を向けると、顔を顰め、あからさまに軽蔑するような目で奴を見ていた。
いつもはどんな厄介な相手でも無表情でやりすごすユーノらしくない様子に少し驚いた。
余程ひどいことを言われたのだろうか。
「ユーノ!」
慌てて駆け寄ると、ユーノは一瞬ハッとした表情を見せたが、すぐにいつもの完璧な侍従モードの無表情に戻った。
「エドワード様。お戻りですか」
「ああ。遅くなってすまない」
「いいえ。……慣れていますので」
慣れている?
まあ、こういう面倒臭い奴は多いからな。
「無視するな! おい、なんなんだこいつは! オレは神子だぞ!」
まったく、うるさい奴だ。
本当に神子なのか?
ただの異世界からの野次馬だろ!
「どけ! オレは真奈の様子を見に来たんだ! 目が覚めた時にはオレがいないと!」
「心配して貰わなくて結構だ! お前に心配された方が真奈の具合がわるくなる!」
「なんだと!」
「キモ」
「!?」
ユーノが零した一言に俺と奴は固まった。
冷たい目が奴に向けられているから、奴のことだと思うが……びっくりした。
口に出すことが珍しいし、なんだかギャルみたいだったな……。
ユーノもこういうことを言うんだな。
俺が驚きで呆けている間に、奴は舌打ちをしながら去っていった。
シンプルに貶されて結構なダメージを負ったに違いない。
うん、今のはグサリとくるやつだ。哀れ。
「ユーノ、ああいう奴が嫌いなのか?」
「そうですね。恥ずかしいので、出来るだけ視界に入れたくありません。まあ、そういうわけにはいかなくなるんでしょうけど……」
恥ずかしい?
見苦しい奴を見ているとこっちが恥ずかしくなる、ってパターンか?
とにかくユーノと奴の相性は悪そうだ。
まあ、俺や真奈とも悪いだろうし、女王や兄達もそうだろう。
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