第44話 眠り姫

 自称神子がやって来てから十日ほど経った。


 起床して身支度をした俺は、すぐに真奈の部屋へと向かう。

 そして鍵を使って部屋の中に入ると、カーテンを開けた。

 窓を開けると、気持ちいい風が吹き込んできた。


「真奈、おはよう」

「…………」

「……今日もまだ眠っていたいのか? そろそろ起きてもいいんじゃないか?」


 こうして毎朝真奈を起こしに来ているのだが、いまだに瞼は開いていない。

 真奈はずっと眠ったままだ。


 ベッド横に置いた椅子に腰かけ、真奈の寝顔を見る。


 この約十日間、時間があればここに座って真奈を見ていたが、まったく動く様子がない。

 これだけ長く眠っていると身体は大丈夫なのか心配だが、医者が言うには健康状態に問題はないらしい。

 聖女様だからか、女神様の力が働いているのかは分からないが、まるで時が止まっているような状態だという。


「真奈、童話のお姫様みたいだな。王子様のキスで起きるってやつ。あれって、眠れる森の美女だったっけ? 白雪姫か?」


 眠る真奈に聞いてみたが、答えはなかった。


「……起きたら聞くか。早く起きてくれよ? お前にしたい質問が溜まってきてるんだからな」


 真奈が言っていた「帰って来たら言いたかったこと」も気になるし。


「じゃあ、また空いた時間に来るよ」

「やってみてはいかがですか? エドワード様も一応王子様じゃないですか」


 椅子から立ち上がり、部屋を出ようとした俺にユーノが声をかけてきた。

「やってみたら」って、目覚めのキスのことか?

 いやいや、絶対しないから。


 からかっているようなセリフに聞こえるが、そうではないことは声のトーンで分かる。

 ユーノなりに俺と真奈を心配してくれているのだろう。


「一応、は余計だ。そうだな。今度こっそりやってみるよ」


 薄く笑うと、ユーノも同じように微笑んだ。


 鍵をしめて部屋を出る。

 俺がいない間のことはハンナに任せてあるし、大丈夫だろう。

 あの男が入ってこられないように手配もしているし、何かあればすぐに駆け付けることもできる。


「このあとはクライブ様の元に行かれますか?」

「ああ」


 真奈の部屋を訪れたあとにも日課ができた。

 父であるクライブに鍛えて貰っているのだ。

 今までは最低限しかしてこなかったが、これからはちゃんとしていきたい。


 この前あの男にドロップキックをきめ、力で勝つことができたのは自信になった。

 前世では引き目を感じて弱気になってしまっていたが、今は違う。

 前世の借りも返す!


「……エドワード様」


 廊下を歩いていたユーノが足を止めた。


「うん?」

「あちらを……」


 促されて廊下の先を見ると、世界一目障りな奴がいた。

 そして、その場にはクリスタとカリーナもいた。


 ここは王族のプライベートエリアとは別の、限られた者しか入ることができない場所だ。

 現在まだ神子として公表していないあの男をここに隔離している。

 あの男に特殊な能力があるかは分からない。

 天候に異常もないし、変わった様子も見受けられない。


 あの男は無断で出歩いたりすることはなく大人しくしているが、代わりに贅沢な暮らしを満喫しているようだ。

 豪華な食事に高い酒。そして美女。

 美女は国が用意したわけではなく、自分の世話をしてくれている人の中で綺麗な人に声をかけまくっているようだ。

 城の重要なエリアを担当している人たちなので、公私混同をする人はほとんどいないが、中には見た目だけはいいあの男口車に乗せられてしまう人もいるらしい。

 女王はそれを把握しつつも、あの男が大人しくしているならいいと見逃しているようだ。

 まあ、職務違反があった者には、あとから何かしらの処罰はあるだろう。


 そんな風に異世界生活をエンジョイしているあの男だが、今はクリスタとカリーナをナンパ中か?

 二人は恐らく、真奈の見舞いをするために城に来たのだろう。

 そこをあの男に捕まってしまったか。


「……まったく、呑気なものだな」


 思わず眉間に深い皺が入った。

 真奈が目覚めないというのに、何をやっているのだ!

 真奈のことが好きだというのは口先だけだと分かっていたが、微塵も心配していない振る舞いを目にして、頭に血が上った。


 今まで視界に入れたくなくて避けて過ごしてきたが、今日は一言言ってやる。

 ずんずん近づいて行くと、へらへらと笑いながら話すあの男の声が聞こえてきた。

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異世界召喚されてきた聖女様が「彼氏が死んだ」と泣くばかりで働いてくれません。ところでその死んだ彼氏、前世の俺ですね。 花果唯 @ohana

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