第24話 救世主、はいなかった
真奈の着替えは時間が掛かりそうなので後から合流することにした。
自分の用事を済ませていると、真奈は先に馬車の方で待っているという知らせが来たので慌てて向かったら――。
「エドワード様、ごきげんよう」
「あ、ああ……どうも……」
令嬢らしく優雅に微笑むクリスタに俺はついどもってしまった。
何故ここにいる?
しかもきっちりとしたドレスではなく、街に溶け込めるようなワンピースで準備も万全という感じだ。
真奈は先程の「困らせちゃう!」という宣言通りにアストレア仕様の美少女になっていて、思わず前世の時の様に「可愛い! 好き!」と口走りそうになったがクリスタがいる衝撃で言わずにすんだ。
俺が感想を言わなかったからか、クリスタがいるからかどうか分からないが、真奈は少しご機嫌斜めの様子だ。
いや、だってさ、真奈を褒めたらクリスタにも言うべきだろ?
でもそういうのは苦手なんだよ。
「エドワード様と少しでもお話が出来ないかと……。押しかけてしまいました」
俺の疑問は顔に出ていたらしく、クリスタは聞かなくても答えてくれたが、照れるように微笑みながら言われると非常に困る。
どういう反応をしたらいいのか分からない。
ルーカスから賞賛された柱役スターの力を発揮しながら棒立ちするしかない。
「エド、座ったら?」
「え? あー……そうですね」
普段より静かな真奈の言葉に頷いたが……これは……。
馬車の向かい合う席の左側にはクリスタ、右側には真奈。
どちらの隣に座るかで何かが決まる感が凄い。
ギャルゲーの分岐点か!
「エドワード様、座らないんですか?」
「ユーノ。俺、急に御者の才能に目覚めたりしないかな。前に座りたいんだけど」
「しません。御者の仕事を奪わないでください。早く腹を括っては? 僕は後から行きますから。しっかりとお二人をエスコートして差し上げてください」
ユーノはどうして俺が躊躇しているか察しているのに、早く行けという圧をかけてくる。
お前、人ごとだと思ってちょっと面白がっていないか?
どちらの隣座った方が無難なのか、普段それほど使わない頭をフル回転させる。
俺の定位置は真奈が座っているところだから、いつものところに座るということを前置きして真奈の隣に座るか。
いや、どちらかに移動して貰って女性陣に並んで座って貰うか……。
もう自棄になって間の床面に正座でもしてやろうか。
「エドワード様、聖女様のお隣へどうぞ」
馬車を睨む俺にくすくすと笑いながらクリスタが声をかけてきた。
助け船を出してくれたのか?
よく分からないが、ありがたく案に乗って真奈の隣に腰を下ろした。
ふーっとこっそり息を吐く。
馬車に座るだけでこれだけ冷や汗をかくとは……。
「うん?」
視線を感じると思ったら、正面に座るクリスタが笑顔でこちらを見ていた。
「何か?」
「いえ。正面ですと、堂々とエドワード様のお顔を見ることが出来ますね」
「なっ」
真奈という可愛くて美人な彼女が奇跡的にいたが、前世でも今世でも非モテの俺には耐性のない攻撃を受けて狼狽えた。
「び、美形の兄達とは違いますから、こんな地味な顔を見ても楽しくないですよ」
何とも思っていないように流しながら御者に出発するよう声をかける。
若干声が裏返ったが動揺なんかしていない。
絶対に。
「…………」
だから真奈さん、無言の圧を送ってくるのはやめてくれ。
俺は何もしていないだろう!?
「あら。エドワード様は落ち着いてはいらっしゃいますが、お顔立ちは整っていらっしゃいますわ。お許し頂けるなら、わたくしは何時間でも見ていたいですわ」
「はは……」
このクリスタの追撃にはコミュニケーションスキルが低い者の伝家の宝刀、『愛想笑い』を抜くしかない。
誰か正解を教えてくれ。
「見物料を貰っちゃうぞ」とでもお茶目に言えばいいのだろうか。
本当に分からない!
「私も! 一生見ていられるよっ」
真奈はクリスタに対抗するように真っ直ぐピンと手を上げた。
顔もキリッと凜々しくしているが、そんな張り合いいらないから!
「ふふ。聖女様とわたくしの視線で、エドワード様に穴が開いてしまうかもしれませんわね」
「穴が開くのは困りますね。ははっ…………はあ」
なんなのだ、この真綿で首を絞められている様な空間は……。
天国に見せかけた地獄か。
ガタガタと揺れながら馬車が動き出す。
クリスタは少し傾いてしまった身体を戻すとまたこちらを見た。
「わたくし、無礼を承知で申し上げますが、元々イーサン様はあまり好みの男性ではなかったのです」
「そうなんですか?」
性格と女癖に難はあるが、見た目もいいし強い。
王子だし、かなり好物件だと思うのだが……。
「イーサン様のような迫力のある方より、エドワード様のような穏やかな方が好きなのです。カリーナとは正反対で、正直あまり話も合いませんでした。ですから、聖女様とは是非仲良くさせて頂きたいですわ」
「え、あ……うん」
突然話を振られた真奈は戸惑った様だが頷いた。
俺もなんとも言えない気持ちになる。
クリスタは自分は前に出ないと言っているし、日本で言えば愛人が奥さんによろしくと言っているような感じだ。
いや、アストレアは重婚を認めているから、日本の不貞行為と同じように言うのは凄くクリスタに失礼なことだと分かっているのだが、俺はどうも前世の感覚も残っているのでそう感じてしまう。
そういえば、クリスタに婚約者保留の件は伝わっているのだろうか。
「聖女様はエドワード様のどういうところに惹かれたのですか?」
「ちょっと、クリスタ……」
色々考えている間に聞き流せない話題になっていた。
公開処刑はやめてくれ!
思わずクリスタに真顔で「話題を変えろ」という圧を送ったが笑顔でスルーされてしまった。
「……彼氏、恋人に似てるの」
「!」
隣に座る真奈がぽつりと零した言葉にびっくりした。
この話題……もしかして、色々確認出来る?
そう思った瞬間、嬉しさを感じると同時に怖くなった。
このまま聞いていてもいいのだろうか。
無理やり話題を変えるか?
……いや、これはチャンスだ。
俺の中で燻る疑惑を確認出来るチャンスじゃないか。
心臓がやたら早く脈打つが、黙って耳を傾ける。
クリスタはイーサンから真奈の話を聞いていたので、勝手に事情を知っていることを謝罪した上で話を振った。
「大切な方を亡くされたのだと伺いました。お辛かったでしょう……。どんな方だったのですか?」
「そうだねー……可愛くて格好良かったよ」
あれ? 俺、か?
どちらの要素も前世の俺には見当たらないのだが……。
あの金持ちイケメンなら格好良いし、女子には笑顔が可愛いとか言われていそうだ。
俺じゃない?
「でも馬鹿なこと言ったり、変なことしたり。大きくなっても子供みたいなことをしていたり」
あれ、俺か。
それともイケメンのギャップがある面なのか?
真奈は何かを思い出しているのか、くすくす笑っている。
「ずっと見ていても飽きないの。それにね……」
うん?
視線を感じたので横を見ると、真奈が俺をじーっと見ていた。
「彼は私のことが大好きなの」
「…………っ」
リアクションしそうになって思わず息をのんだ。
そんなの……そんなの、絶対俺じゃないか!!
子供の頃から追いかけ回していたのだ。
あのイケメンにも負けるはずがない。
……というか、なんで俺を見て言うのだ。
前世のことを言われて恥ずかしいのかなんなのか分からないが、顔が熱くなりそうなのを必死に鎮める。
素数でも数えよう。
「あとね、柴犬みたいだよ」
真奈の視線がパッとクリスタに移り、ホッとする。
「シバイヌ、ですか。あ、昨日エドワード様と一緒に作ったクッキーの犬の方ですわね」
「昨日、一緒に、作った?」
心穏やかになれたのは一瞬だけだった。
真奈の低い声にビクッとする。
他の女の子と一緒に作ったものを渡したのはまずかったか?
いや、一緒と言っても同じ場所で作ったというだけで、柴犬のクッキーは俺一人で作ったんだ! と言いたいのだが、焦って言葉が出てこない。
ふと浮気がバレた時の亭主がこんな感じに陥るのか? なんてことを思ったが、浮気ってなんだ!
自分にツッコミを入れてしまうが、その間も無言であわあわと焦るだけだ。
「あ、シバイヌはエドワード様がお一人で聖女様のために作っていらっしゃいましたよ!」
俺の焦りに気がついたのか、クリスタがフォローしてくれた。
なんて気がきくのだ。
ありがとう。
座席のことといい君は救世主だ。
きっと良い妻になると思う。
俺には勿体無い。
「エドワード様はお一人で、それはもう熱心にシバイヌのクッキーを作っていらっしゃいましたわ! わたくし達は猫のクッキーの作り方を教わっただけですわ。ねえ、クーガ先生?」
「そう、俺が一人で……!!」
「くー……が?」
俺の言葉を遮るように呟いた真奈の様子にきょとんとする。
え、何?
目を見開いてどうし…………あ。
ああああああああああっ!!!!
な、名前!
突然の投げ罠に思い切りかかってしまった!
クリスタは救世主ではなかった。
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