第22話 招集再び

 真奈が走り去った後、イーサンはカリーナを送って行き、クリスタを送るのはユーノに任せた。

 俺はというと女王から一対一でありがたいお言葉をたくさん頂いた。

 女王は忙しいのでお小言タイムは三十分くらいだったが、解放された俺は十年くらい老けて出てきたと思う。


 一人になったので真奈の部屋に行ったが、声をかける気にはならなかったので犬のクッキーは神官のハンナに託してきた。

 暫くすると雨は止んだが、それがクッキーの効力なのかどうかは分からない。

 ……喜んでくれているといいが。




 翌日、朝から女王の私室に招集が掛かった。

 部屋にいる人数は今までの最大で六人。

 女王と騎士団長をしている父、俺たち兄弟に加えてもう一人の王配、魔術師のルーカスも加わった。


「ここ最近は雨、雨、雨。最悪なのは地震だ。地面が揺れるなど、事前に予告しておいて貰わなければ非常に困る。あれのせいで私は死にかけた」


 長い足を組んで苛々しているルーカスは、アストレア一の魔術師ではあるが魔術師団長ではない。

 人をまとめることなどお断りだと女王に直訴して魔術師団の中に開発局を作り、そこの長をしている。


 俺たちと血のつながりがあるのは騎士団長のクライブで、女王とルーカスの間に子供はいない。

 王位継承で揉めるのが面倒ということもあるが、子供が嫌いだと公言している。

 俺たちもまともに相手をして貰えるようになったのは歳が二桁になってからだった。

 昔はルーカス父上と呼んでいたが「私は王配だがお前達の父ではない」と言い、名前だけで呼ばないと返事をしてくれない。

 年齢不詳の美丈夫……というより麗人と表現が似合う蒼目黒髪ロングのミステリアスな人だ。


「地震で崩れた本に埋まってしまったのは、ルーカス様が本棚に戻さずに積み上げていたからでしょう……」

「まるで私が片付けを怠っていたかのような物言いだな、アルヴィン。違うぞ? 私は研究の合間にどこまで積めるか挑戦していたのだ。息抜きと研究を両立出来る私はお前のように優秀だと思わないか?」

「はあ……」


 ルーカスは変わり者――という一言で表現していいのか分からないが、人とは違う波長を持っている人だ。

 人に合わせるということをしないので、集まりの場にいることはほとんどないのだが、今日はどうしたのだろう。

 夜通し研究をしていることも多いので、朝は特に姿を見るとはないのだが……。


「朝からルーカスを見るのは久しぶりだ。今日はすまないな」

「構わないよ。目覚めてすぐに美しい妻を見ることが出来たし、昨日は目の前で事象を確認することも出来た。面白い寸劇も見られたしね」


 寸劇?

 そんなものがどこかでしていたのか? と思っていたら視線を感じた。


「演出は派手だったが、盛り上がりはイマイチだった。エドワード、お前は棒のように立っていたがまさか柱役だったのか? だとすればお前は完ぺきだった。誇れ! 柱役でお前の右に出る者はいないだろう」

「なっ」


 ルーカスのいう寸劇とは昨日のあのやりとりのことか!

 確かに俺は狼狽えるばかりでほぼ立ち尽くしていたけど……!

 カーッと顔が熱くなる。


「くっくっ……」

「兄上っ!」


 俺とルーカスのやりとりを見ていて笑い出したイーサンを睨む。


「イーサンの純粋な乙女の気持ちを踏みにじるロクデナシぶりも素晴らしかった。あと十年もすれば、城に何処の馬の骨とも知らぬ子を連れた女が大挙して押し寄せ、皆が『この子はお前の子だ』と口を揃えるだろう」

「くくっ」


 今度は俺が笑う番だった。

 柱とロクデナシなら柱の方が無害でいい。

 いや、建物を支えている柱の方が断然人の役に立っている。


「それくらいにしてやれ。今日ルーカスに来て貰ったのは聖女が起こす事象について分かったことを聞かせて貰うためだ」


 女王の言葉でそれぞれ気持ちを切り替える。

 今まで聖女様関連で全く姿も名前も出てこなかったルーカスだが色々と動いていたようだ。


「調べた全てのことに確証を得たわけではないが……。今のところ、聖女の精神状態により引き起こされている事象は雨、風、雷、雪、地震、そして晴れだ。どれも魔術によって引き起こされた形跡はない。一見ただの自然現象だ。だが聖女の精神状態とリンクしていることから、聖女が引き起こしている事象だと断定出来るだろう。我々には解明できない領域――まさに聖女、女神の使いというわけだ。そして被害状況を調べてみたのだが……どの事象も、アストレア全土で起こっているというわけではないね」

「そうなんですか?」


 アストレアのどこでも同じことが起こっていると思い込んでいた俺はつい声を出してしまった。


「ああ。恐らく感情の高ぶり具合で範囲が変わるんだと思うよ。聖女様がいるところを中心地として起こっている。離れたところはあまり影響を受けていないようだ。だからどうしようもなくなったら、聖女を僻地送りにすればいいんじゃない?」

「僻地送り!?」


 何でもないことのように言い放つルーカスにギョッとする。

 久しぶりに会ったが、こういうことを平気で言う人だったなあと思い出していると、父のクライブかルーカスを諌めた。


「ルーカス、女神の使命を持った者を雑に扱えばどんなことが起きるか分からない。滅多なことを口にするな」

「何を言うか、クライブ。そういう何か起きた時のために君や私がいるんじゃないか。私は妻を守るから、君はその他大勢を頼むぞ」

「ルーカス……お前とはやはりきっちりと話し合う必要があるな」


 父達は案外仲が良いのだが、稀に小さな言い合いから大きな衝突に発展する場合がある。

 今回はそのパターンか? と思っていると、女王がピシャリと二人を止めた。


「後にしてくれ」

「……仕方ない」

「叱られてしまったね」


 アルヴィンとイーサンに俺、兄弟揃ってホッと息を吐く。

 父達の喧嘩なんて気まずくて見ていられない。

 始まらなくてよかった。


「じゃあ、詳しいことは報告書にまとめてあるからザッと目ぼしいことだけ話すけど、聖女をコントロール出来ないか、感情を抑制したり隷属させるような魔術をかけてみたけど効かなかった」

「隷属!? そういうものは禁止されています!」


 操ることが出来れば扱いやすいが、そんな非人道的なことは許されないはずだ。


「妾が許可した。操ることが出来ても幸福を感じさせることは難しい。あくまでも打てる手だてを増やすために試しただけだ。それに……エドワード。お前が聖女の手綱を握ってくれさえすれば、しなくてもよいことなのだぞ?」

「それは……そんなことは……」

「そうだ。聖女様はお前には好意的だというのに、どうしてそれを生かせない」


 アルヴィンの鋭い視線と厳しい言葉が飛んでくる。

 昨日アルヴィンは真奈に世話役になることを面と向かって断られたと女王から聞いた。

「受け入れられているのが自分なら、もっと上手くやれたはずなのに」という怒りが伝わってくる。


「何にしろ、外部から働きかけることは無理だろうね。聖女が自身で抑制するしかないみたいだ。まあ、唯一外部要素があるとしたら、エドワードじゃない?」


 ルーカスの言葉に、全員の視線が俺に集まった。

 この状況は気まずい。


「俺が何か出来るとは……」

「とにかくエドワードには今日から聖女と共に聖域の神殿に移って貰う」

「え?」


 俺の逃げの言葉を遮った女王の台詞に驚いた。

 聖域の神殿に戻る?


「神殿からこちらに来たばかりですが……」

「加護を修復するには聖域の神殿で祈るのが一番なんだよ。女神との繋がりが強い場所だからね。聖女も神殿が祈る場所として良いことは知っていたようだが、エドワードの近くに来たかったのだろう? いじらしいじゃないか」

「…………」


 そんなことを言われても……返答に困る。


「アルヴィンもフラれた相手と弟が近くでよろしくやっているよりいいだろう?」

「…………っ」

「ルーカス」


 睨むアルヴィンを涼しげな表情で見ていたルーカスだったが、女王に諌められて肩を竦めた。

 手当たり次第煽る困った人だ……。


「雨は止んだけれど空はまだ暗い。神殿に行くついでに気分転換でもしてきたら? 君が目を掛けている孤児院なんてどうだい? 私は子供なんて大嫌いだけれど、賑やかなところにいけば聖女も明るくなるかもしれないよ」


「眠くなったからあとは報告書を読んでくれ」と言い残し、ルーカスは飄々とした様子で去って行った。


 そのすぐ後、クライブがイーサンを引き摺って出て行った。

 アルヴィンも無言のまま出て行き、妙に殺伐とした空気のままお開きとなった。

 残されたのは部屋の主である女王と俺だけだ。


「エドワード」

「……はい」


 何か言われるのではないかと嫌な予感がしていたが、当たったようだ。

 女王の方へ体を向け、大人しく話を聞く体制になった。


「婚約者の件だが、もう少しだけ猶予をやる」

「えっ!」


 予想外の言葉に驚いた。


「本当ですか」

「ああ、だが近々必ず一人はお前の婚約者を決める。これがどういうことか分かるか?」

「い、いいえ……」

「お前の婚約者は聖女かあのベルネット家の令嬢、どちらかの二択だということだ。もちろん、両方なら尚良いが、お前の『一人だけ』という意思を通すのであればの話だ」

「なっ…………それはどういうことですか!?」


 女王の言葉に目を見開く。

 どうして選択肢に真奈が入ったのだ!?

 断られたのではなかったか?


「昨日あえて聖女にエドワードの婚約者を認めるか確認をとったのは、反応を見るためだった」

「そうだったのですか?」

「ああ。昨日の反応を見ると、少なからず聖女はお前に気がある。あんな大雨を降らせるくらいにな。だが、それに歯止めをかける何かがあるのだろう」

「歯止めをかける何か……」

「お前も聖女が気になるのだろう?」

「え、いや……そういうわけでは……」


 気にならないわけではない。

 でも、真奈との関係も説明出来ないし俯いてしまう。


「エドワード、お前は昔から一歩下がる子供だった」

「え?」


 突然始まった話にぽかんとする。


「お前はアルヴィンやイーサンよりも卒なくこなすことが多かったが、周りの目を気にしてか、決して兄達の前に出ることはしなかった。あの二人はお前のそういうところが気に入らないのだ」

「そ、そうなのでしょうか?」


 俺はそんなことで嫌われていたのか?

 というか、それぞれ優秀なところを持っている兄達とは違い、俺は何をしてもそこそこだという認識だったからあまりピンとこない。

 そんなことを考えると女王がくすりと笑った。


「お前の兄たちはプライドが高い。弟に譲られることなど真っ平だろう。また譲るか? 目を背けるか?」


 そう言われると返答に困る。

 俺は――。


「お前が後悔しないことを母は願っている」


 顔を上げると見えたのは、厳しい女王の顔ではなく、とても貴重な母の顔だった。

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