第30話 兄の助言
「報告は入っているが自分の口で説明しろ」と言われたので、思いつく限りのことは全て説明した。
……直立不動で。
日本だと正座をするところだが、アストレアには正座という座り方もないので立って話すことにした。
俺以外の三人は足を組んだり肘掛けに肘をついたり――。
リラックスをしているというより態度が悪く、とても圧を感じる。
漫画でよくあった怖いお方達の事務所に連れて来られた一般人の絵が脳裏に浮かんだ。
もちろん、これからどんな目に遭うのだと震えている一般人が俺である。
「エドワード」
「……はい」
「…………」
全てを聞き終えた女王がスッと目を細めてこちらを見た。
返事をした後に流れるこの沈黙が死ぬほど恐ろしい。
「この……愚か者が!!!!」
声のボリューム的にはそれ程大きなものではないのだが、放たれた覇気で吹っ飛びそうになる。
今目の前にいるのは世界で最も恐ろしい生命体に違いない。
前世でも母という生き物はそうだった。
「聖女とのこともそうだが……。どうして今まで前世の記憶があることを妾に話さなかった!」
「それは……信じて貰えないだろうし、気持ち悪がられるかと思って……」
アルヴィンに話した時も緊張したが、母に対しては更に緊張する。
お前なんか子供じゃない! と言われたら、真奈じゃないが泣くかもしれない。
「気持ち悪い? 何を言っておるのだ?」
手に汗を握りながら女王の反応を待ったのだが、アルヴィンと同じようにきょとんとされた。
その顔は親子ということもあり、そっくりだったが……。
女王も俺が前世を覚えていることに何の抵抗もないのだろうか。
「知らないはずのことを知っているんですよ? その……母上ではない母がいた記憶もあるわけで……」
自分の子供が自分ではない人を母親だと思っていることを何とも思わないのだろうか。
「前世を覚えているのなら母……それだけではなく家族の記憶も当然あるだろう。かといって、今の家族が偽りになるわけではあるまい。ここにいるアルヴィンはお前の兄であり、お前は確かに妾が生んだ愛しい我が子だ。そんなことより、異世界の知識など宝ではないか!」
「母上……って、え? 宝、ですか?」
今凄く感動することを言ってくれたのだが、サラッと流されてしまった。
いや、それくらい俺が家族だということを当たり前だと捉えてくれているのなら嬉しいけれど、ちょっと感激する猶予をくれても……。
「本来知り得る術のない知識だぞ? まさに宝ではないか! それをただ眠らせておくなど、宝の持ち腐れではないか!」
喜ぶ暇が無いどころかお叱りタイムに移行だ。
直立不動だった俺の背筋は更にピンッと真っ直ぐになった。
間違った返答をすると牢に直行コースの匂いがする!
「妾はお前達兄弟が争うことは望んでおらん。だから兄達を立て、前には出ようとしないお前には好きにさせてきた。それもこの国が平和だからこそ出来たことだ。分かるな?」
「……はい」
「だったら何故、国や民に感謝をして持っているものを還元せぬのだ! 孤児院などに目にかけ、お前なりにやっているとは思っていたが……もっと出来ることがあっただろうが!」
「申し訳ありません!」
「なんでも謝れば済むと思うな!」
「はい!」
前世で呼んだ小説や漫画には日本の知識を使って異世界を発展させる話があった。
でも、俺にはああいったことは無理だと思っていた。
役に立ちそうな機械を知っていても、その作り方が分からないのだから意味がない。
何においても、詳しく説明しろと言われると出来ないことばかりだ。
だから、そんな中途半端な知識では何の役にも立たないと諦めていたが……。
全てを説明できなくても、女王やルーカス、色んな分野の専門家に話せば、アストレアの発展に生かせるもののきっかけを作ることは出来たかもしれない。
何もせず諦めるべきではなかった。
これは本当に反省しなければいけない。
王族失格だ。
「なんでもいい。覚えていることを全てアルヴィンとルーカスに話せ。お前の知識を生かす術が見つかるかもしれん」
「分かりました」
あまり関わりたくない二人だが、俺よりもアストレアに貢献していることは確かだ。
助力して貰えるのはありがたい。
二人に向かって「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「覚悟しておけよ」と睨むアルヴィンとニヤリと笑うルーカスを見て少しげんなりしてしまったが、今まで役に立てなかった分もアストレアの発展に尽力出来るよう頑張ろう。
「それと……はあ。聖女との関係について、お前はどうするつもりなのだ」
女王が足を組み直しながら聞いてきた。
先程までの緊張が和らいでいるから、雑談——とまではいかないが、女王としてより母として聞いているのかもしれない。
俺も少し緊張がとけた。
……もしかして、本音が言いやすい様にわざと気を抜いてくれたのだろうか。
「お前の感性が我らとは少し異なることは感じていた。お前の礎に異世界で培ったものがあったと分かり、腑に落ちた」
長い豊かな金髪に手櫛をとおしながら女王が溢す。
シンプルなロングドレスで生足が見えているわけでもないのだが色気が凄い。
「前世で通じていたのなら、何を迷うことがあるのかと不思議だが……。同じ世界で生きた、お前と聖女にしか分からない道理があるのだろう。だが、ここはアストレアだ。いつまでもお前達を待ってやるわけにはいかんぞ」
「……はい」
真奈には「最初から」ということを伝えたが、最初から初めてどこに向かうのか……。
「お前の前世の話だが――。お前の発言は、聖女様の浮気云々よりも頼りにされなかったことがショックだったと言っているようだった」
今日話し合ったことを考えているとアルヴィンが話しかけてきた。
そういえば俺と真奈の話を聞いていたんだったな。
……というか、この話に興味はあるのか?
アルヴィンが俺に関することで普通に話を振ってきたことに驚きつつ、頷いた。
「……そうかもしれません」
「だったらお前が頼られる男になればよいだけの話ではないか。聖女様の心が他に移ったわけではなかったのだから」
「!」
それはきっと特別な発想ではない。
俺も全く考えなかったわけではないが……。
アルヴィンに改めて言葉にされたことで、ハッとした。
「それにお前は生まれ変わったが、聖女様はそうではない。前世のお前との記憶も体の一部だろう。それを捨てるようなことは簡単には出来ないだろう」
また息をのんだ。
記憶も体の一部と言われると、確かにそうだ。
俺は生まれ変わって、前世と『途切れた』という感覚が僅かにある。
それは真奈が現れるまではもう決して関わることのないものとして切り離していたからだと思うが、真奈は日本で暮らしていたままで来ている。
俺は「最初から始めよう」を『正義』というか、これが正解だと自信を持って伝えたが……。
真奈にはとても残酷なことを迫っていたのかもしれない。
「何も最初から始めることはない。生まれ変わったお前の『変わったところ』を、追加分として足していけばよいではないか。……お前は難しく考えすぎだ。結局、どちらなのだ。好きか、そうではないか」
好きか、そうでないか。
そんなの――。
『遥!』
『エド!』
俺の名前が変わっても、変わらない笑顔を向けてくれた真奈。
大人びていた前世とはなぜか様子が変わったけれど、俺を見てくれる目は一緒だ。
真奈は浮気と言えるようなことはしたけれど、俺から気持ちが離れたわけではなかったと聞いて……本当は凄く嬉しかった。
渡せなかったストラップを持っていてくれたことも。
召喚されてきた聖女が真奈かもしれないと分かり、「彼氏が死んだと泣いている」と聞いて確認せずにはいられなかったのも「そうだといいな」と願ったからだ。
新しい俺の部分は追加、か。
アルヴィンの案というのが少し癪……というか、自分で思い至らなかったのが情けないが、ゼロからよりいいかもしれない。
ただ、今の俺ではあまりにも頼りない。
今のままでは前世を繰り返すだけだ。
だから――。
「頼られる男になれるよう、頑張ります。兄上、力を貸してください」
「……それが答えか?」
アルヴィンに向けた言葉を聞いて、女王が聞いてきた。
好きか、そうではないか――。
明確なことは言っていないが意志は伝わったのだろう。
「はい」
しっかりと頷くと女王がにやりと笑い、また足を組み直した。
また色気が凄いが、息子としては少々複雑だ。
「全く、はっきりしない奴だ」
アルヴィンが「呆れた」と息を吐いたが、大事なことは本人にだけ伝える。
今の俺には甘えがあるから、頼って貰えるような男になったら――。
「助言、ありがとうございます。兄上って意外に頼りになるんですね」
「視界の中で時間の無駄を見せられると不快なだけだ……って、意外とはどういうことだ? お前にだけは言われたくない」
「ごもっとも」
頼って貰えず拗らせている身だ。
頷くしかない。
「アルヴィンは子供の頃からよくエドワードのことを見ている」
「はい?」
「母上! そのようなことはありません!」
「お前はよくエドワードの欠点を指摘しているが、それはよく見ていないと出来ぬことだぞ? くくっ」
二人揃って顔を顰めた。
アルヴィンのことは少ーし見直したが、長い間積み重ねてきた鬱憤があるから、兄弟仲良しほのぼのエピソードのように言われても違和感しかない。
「さて、妻の美しさとその息子たちの兄弟愛を確認したところで、少し話しておきたいのだけどいいかな?」
ニヤニヤしつつも大人しくことの成り行きを見守ってくれていたルーカスが一際明るい声を出した。
兄弟愛のところは聞き流すとして、話とはなんだろう。
声色から察すると良いこと、楽しいことだと思うのだが、発言者がルーカスなので戦々恐々としてしまう。
「女神の加護だけど、回復してきているようだよ」
「えっ」
ドキドキしながら待った言葉は、普通に良い報告だった。
いや、良い報告なのだが疑問が浮かんだ。
真奈は何もしていないはずだが……。
「知らない間に祈っていてくれているのでしょうか?」
「さあ? これから詳しいことを聞いていくけれど、隠していることもあるのかもね」
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