第7話 扉を開けて

 神殿は外部から見ると質素に見えるが、神殿管理職の居住エリアになると豪華。

 貴族の屋敷とあまり変わらない光景になる。


「思っていたより神殿も俗物なのですね」

「そう言ってやるな」


 軽く毒を吐きながらついてくるユーノは、無駄に煌びやかな照明を見上げながら顔を顰めている。

 管理職になるような人達は貴族出身が多いので仕方のないことだ。

 また、民間出身で叩き上げの人達も高級品に囲まれることで地位を実感出来るので、基本的にこの構造は受け入れられている。

 中には出世しても贅沢はしないと質素な部屋に留まる人もいるが、そういった高尚な人は組織内部では敬遠されがちである。

 まあ、日本でもよくあったことだ。


 聖女様は豪華な方の部屋に閉じこもっているという。

 真奈だと思われる人物が自分で選んだわけではなく神殿からあてがわれたのだと思うが、中々快適な引きこもり生活を送っているだろう。

 羨ましい。


 その部屋は他の部屋とは離れた所にあった。

 ぽつんと存在している扉の前に立つ。

 第一声は何にするか。

 ここからは外の景色は見えないが、雪はまだ降り続いているはずだ。

 晴れには出来なくても悪化させたくない。


「まずはノックかな」


 コンコンと軽く扉を叩く。

 それほど大きな音ではなかったのだが、長い廊下にやけに響いた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………無反応ですね」

「…………そうだな」


 予想通りではあるが……さて、どうしたものか。

 考えていると前世の記憶も蘇ってきて――。

『雪』『開かない扉』『ノック』とくれば、『ゆきだるま作ろう』と歌いたくなってしまった。

 思い切って歌ってみるか?

 いやいや、急に歌い出すとか……。

 唐突なミュージカルの開演、恐怖でしかない。

 ユーノにも避けられそうだ。

 ……なんて馬鹿なことばかり考えてはいられない。

 もう一度ノックし、声を掛けてみた。


「初めまして、聖女様。アストレア第三王子、エドワード・アストレアと申します。このままで結構なのでお話を伺――」

「帰って!! 変態!!」

「「…………」」


 中から聞こえてきた叫び声に思わずユーノと目を合わせてしまった。

 変態?

 ……ああ、イーサンのことか。

 散々セクハラ発言をしたのだろうな。


 というか、この声はやっぱり真奈だ。

 一度死んで再び聞くことの出来た声だが、飛んできた台詞が「変態」。

 死んで尚再会するドラマティックストーリーの台詞には相応しくない。

 やっぱり俺達の間に運命などないのだろう。

 俺は死んでもモブ、真奈が異世界転移で聖女をする物語のモブ王子だ。

 モブでも王子に昇格したのだから万々歳だ。


 再びチャレンジ。


「聖女様、ご挨拶を……」


 モブ王子として話しかけるが、返ってきたのは――。


「自意識過剰!」

「エセ貴公子!」

「美貌の押し売り!」

「セクハラ筋肉!」

「歩くモラハラ!」

「股間が脳みそ!」


 ……等という罵倒の数々。

 叫んでいる間、聖女様もヒートアップしてきたのか、ゴオオォォという猛吹雪つきだ。


「うぐっ」

「…………っ」


 俺とユーノは思わず俯いた。

 駄目だ……もうここにはいられない!


「ユーノ、一旦引くぞ」

「…………」


 下唇を噛んだユーノがこくこくと頷く。

 あんな……あんな罵倒をするなんて!


 急ぎ足で聖女様の部屋から立ち去った俺達は、周りに誰もいないところまで来ると――。


「……くっ、はははははは!!!! あれ、兄上達の悪口だよな!!!!」

「エドッ様、笑っ……ては……いけなっ」

「いや、ユーノも我慢出来てないから! 笑っちまってるから!」

「そんっな、ことは……」

「美貌の押し売り! 股間が脳みそ!」

「あははははっ!!!!!」


 俺は腹を抱えて笑い、いつもクールなユーノでさえ声を上げて笑った。

 罵倒内容が的確というか、上手いこと言うなあ!


「あーーーーむちゃくちゃ笑わせて貰ったわ」


 かなりすっきりした。

 俺達、兄上に対して結構ストレス溜まってたんだな。


「ごほん。笑っている場合ではありませんでした。でも、聖女様は中々ユーモアのある方なんですね」


 俺の記憶の中にある真奈は声を荒げたことなどない、落ち着いたお姉さんだったんだがなあ。


「……みたいだな。まあ、笑ってばかりもいられない。よし、ユーノ。紙とペンを用意してくれ」


 話を書いてくれる様子がないから、手紙に用件を書くことにした。


「あ。あともう一つ頼まれてくれるか」


 俺の前世が久我遥真だとバレるのは嫌だが、前世の記憶を使って話を聞いて貰える程度には気を引きたい。


 俺はユーノに指示を出すと空き部屋を借りた。

 そこで手紙を書き、もう一つ作業をして小包を完成させると、聖女様に食事を運んでいるという神官にそれを託した。


「手紙とこの小包を聖女様に届けて欲しい」

「受け取って頂けなかったら……」

「その時は部屋の前に置いておくと伝え、その通りにしてくれ」

「かしこまりました」


 神官は緊張した様子で聖女の元へと向かった。

 若い女性の神官だったが、俺相手でも緊張してくれるなんて良い子に違いない。


「エドワード様は色んな才能をお持ちですね」

「うん? ああ、それのことか」


 ユーノが手にしているのは猫の顔の形をしたクッキーで、今手紙と共に託した小包の中身である。

 頼んで手配して貰ったのは神殿の厨房の使用許可。

 クッキーは俺の手作りだ。


 今世ではクッキー作りなんて初めてだが、前世では時折作っていた。

 前世の俺は「家事や料理が出来る男はモテる!」というファッション誌の煽りを馬鹿正直に信じ、実行した馬鹿だったのだ。

 別にモテたかった分けではなく、真奈に好かれたかっただけなのだが……。

 そんなこともやって浮気されているのだから真性の馬鹿である。

 今世で生かすからいいけどな!


 型がなかったのでチョコとプレーンの二色の生地を作り、棒状に丸めたものを顔になるように組んで、海苔巻きのようにまとめてから金太郎飴形式にカットしていく、所謂アイスボックスクッキーを作った。

 生地を魔術で氷らせることが出来るので、この世界で作る方が時間も掛からないし簡単に出来るのだが、この製法はこちらにはないようで調理場がざわついていた。


 どうしてこんなものを作ったのかというと、真奈は猫好きなのだ。

 俺が死ぬ直前に買ったミルクティーに付いていたおまけも猫のキャラクターだ。

 このクッキーならばきっと食いつくはず……だと思うんだけどなあ。


「聖女様も若い女性ですから、お菓子と可愛いものは好むと思います。良い作戦ですね。エドワード様にもう少し華やかさがあれば周りの目も違ったのに……と残念でなりません」

「上げて下げるな。上げたままで我慢してくれ。それに周りの評価はともかく、お前は俺を評価してくれているんだろう?」

「もちろんです。愚か者には仕えたくはありませんから。僕を失望させないようにお願いします」

「はいはい」


 認めてくれているけど偉そう。

 正統派のツンデレをどうもありがとう。


「んじゃあ、神官が戻ってくるまで俺達もティータイムとするか。丁度いい菓子もあるしな」


 アイスボックスクッキーは簡単にたくさん出来る。

 調理場にも配ってきたがそれでも余った。


「僕も食べていいんですか?」

「おう。好きなだけ食え」

「ありがとうございます。お茶を淹れますね」


 ちなみにチョコの生地をベースにした黒猫、プレーンの生地をベースにした白猫の二種類ある。

 あと余った生地を軽くミックスしてマーブルクッキーにした。

 こちらは芸のない丸形だが美味しそうに見える。


 これを言ったら前世では嫌な顔をされたが、クッキー作りって粘土遊びに似ている。

 だから俺も結構楽しいんだよ。


「なんだか食べるのが勿体ないですね」

「我ながら上手く出来た」


 そうだ、これを孤児院で作って売るのはどうだろう?

 魔力の多い子達に冷却過程を担当して貰って……。


「エ、エドワード様……エドワード様!」


 考え込んでしまっていたのか、ユーノの声でハッとした。


「ああ、悪い。ちょっと考え事をしていた。どうした?」

「あれを……」


 ユーノが指差したのは、雪が降っている景色が見えていた窓……だったはずだが。


 予測していた景色とは違うものが見えて驚いた。

 雪はぴたりと止んでいた。

 雨も降っていない。


「割れた雲から天使でも降りてきそうなくらい光が降り注いでるな」

「ええ。あ、ほら。雲も消えていきますよ」


 黒雲は散っていき、どんどん光に溢れていく。

 恐るべき勢いで天候が回復していく。


「快晴、ですね」

「雲一つない青空だな」


 昨日までの豪雨と今朝からの雪が嘘の様だ。


「もしかして……」


 ユーノが囓っていた猫顔クッキーに目を向ける。


「喜んで貰えたのでは?」

「作戦成功、か?」


 今度は会って貰えるかな。

 よし、もう一度行ってみよう。

 口に残るクッキーを紅茶で流しこんでいると、廊下からパタパタと走る音が聞こえてきた。

 余程のことがない限り神殿にいる者が走ることはない。

 何事だ?


「こっちにいるのね!?」

「お、お待ちください! 私がお呼びして参りますから!」


 女性の慌てた声が響く。


「騒がしいですね?」


 ユーノの言葉に頷こうとしたその時、バーンッ!! と勢いよく扉が開いた。

 眩しい陽の光をバックに、長く美しい黒髪が揺れる。


 ――ああ、やっぱり。君だったな。


 死んでから十六年ぶりだろうが。

 前世の命が終わったあの日が昨日のように思えるほど、変わらない真奈の姿があった。


 ソファから立ち上がり、礼をする。


「聖女様。アストレア第三王子エドワードと申します。足を運んでくださり、ありが――」

「…………なんで」

「?」


 何か言われたような気がして目を向けると、聖女様は両目から涙を流し、瞬きもせず俺を見ていた。

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