第52話 聖なる夜
彼は「ごめんね、クリスマスなのに透析なんだ」と言って、コーヒーを飲み終えたあと病院へ行った。
ひとり放り出された私は、道に迷いながら散歩をすることにした。
ここはどこだろう。新築の家の、木の香り。工事のひと、いるんだろうな。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」声を出してみる。
「えぇと、外装工事してます。うるさくて申し訳ない」若い男の人の声が聞こえてくる。
「あの、いい匂いですね」
「あぁ、カレー屋さんですよ、近くの」
「カレー屋さん? 移転ですか?」知りもしない土地に近いのに、訊いてみる。
「いや、違うよ、いい匂いはカレー屋さんでしょう?」この人、勘違いしてるんだ。
「違うんです。新築の家の匂いが、いいな、と思って」
***
散々道に迷って、ようやく昨日の狂い咲きの桜並木に辿り着いた。
今日は風が吹かない代わりに雪が舞い始めた。本当にホワイト・クリスマスだ。
♪Last Christmas I gave you my heart
私はなんとなく口ずさんでみた。
「そんな哀しい歌、やめてよ」彼の声が聞こえた。
「りゅーじさん!? じゃなかった、りゅーじ?」まだ、慣れない。
「ねぇひかり、カラオケいこっか。20分だけさ、近くに安い店があるんだよ」
「えっ……じゃあ、デュエット1曲だけしたいです。”愛が生まれた日”で」
***
彼はたくさんたくさんクリスマスソングを歌ってくれた。途中から、ふたりとも配信を始めていた。20分だけって言ったのにな、と思いながらも、楽しくって言い出せなかった。
「じゃ、アレで最後にしましょうか」デュエットの提案をする。
「そ……そうだね……」彼は恥ずかしそうな声を出す。
***
リスナーさんたちからたくさん拍手やお茶爆をもらい、びっくりしながら配信を終えた。
***
「りゅーじ。今夜は、うちに来ない? 父さんも母さんもいるけど……」
「えっ……いいの?」
***
「おかーさんっ、ただいまっ!」元気よく扉を開ける。
「あのっ、……さくらさん、……私、アンブレラです」何故かハンドルネームで挨拶をする彼。
「お母さんでいいわよ、網谷隆二さん?」母親はいたずらっぽく笑う。
「えっ……あの……じゃあ、桜さん」緊張しているようだ。こちらを見て話しているかどうかが彼にはわからないんだな、と思った
「お、お、おっ……あのっ……えっと……」こんなに動揺する彼は珍しいな、と思った。
「網谷さん。お父さんが、話があるって」母親の真剣な声も、初めて聞いたかもしれない。
***
「やあ、隆二くん。よく来たね、まあ、座って」
「は、はい」
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