第50話 ホワイト・クリスマス

 家の中を歩くのが精一杯で、友達の家にすら遊びに行ったことのない私が、男の人の家に……?

 そう考えると、胸が早鐘を打つ。


「りゅ、りゅーじさん! 私やっぱり……」言いかけて、やめる。

「ん? どうしたの?」彼はとぼけた様子で言う。


「ほら、ひかりちゃん。さっきのアプリ、起動してごらん?」いつもの優しい声がする。

「あ、はい……」


 アプリを起動しようとすると同時に、右方向からふわりと風が吹く。柔らかい風は突風に変わり、私の顔に、手に、服に――冷たいモノを投げつけてくる。


「狂い咲きの桜なんだ。お花見、して行かないかい?」


 きっと白い小さな花びらが舞い踊っている。ホワイト・クリスマス……とは、少し違うかな。


 ***


 彼の家に着く。


「汚い部屋でごめんね。仕事場も兼用なものだから」と彼はドアを開ける。

「いえ、あの、すみません、私なんかで……」言いかけると、彼に遮られる。


「私なんかなんて言わないでもらえるかな、僕の大好きなひかりちゃんのことを悪く言うひとは、たとえひかりちゃんでも許さないよ?」


 笑いながら、彼の後に続いて部屋に入る。


 生乾きの洗濯物の匂い。

 料理をしたあとであろう、片付けかけた台所の匂い。

 古いパソコンの匂い。


――そして、真新しい電化製品の匂い。


「りゅーじさん。最近なにか家電買いました?」私は言う。

「え? なんでわかるの?」彼は戸惑う。

「私、耳と鼻はいいんです。何か聞いたことのあるような音が……点字プリンタ?」

「黙って渡すつもりだったのにな。いま、リモートから印刷指示を出したところなんだよ。君に渡す手紙をね」


 ***


 渡された手紙を、必死で指で読む。


 ***


「ひかりちゃんへ

 僕の一週間は、4日間しかなかった。キミに出会うまでは。

 ひかりと出会って、僕の一週間は、7日間になった。

 ひかり。キミには光は見えないかもしれない。

 だけど、キミは誰かを照らす光なんだよ。

 僕だけじゃなく、周りのみんなを。

 そのひかりを、独り占めしたい、と考えるのは、僕のワガママだろうか?

 『僕だけのひかり』であってほしい――

 答えは、すぐには要らない。

 出会わせてくれた神様に感謝して、クリスマスの前夜に。

              網谷隆二」


 ***


「りゅーじさん。私、今すぐお返事していいですか?」

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