第43話 繋ぐ手

 人混みの中を、流れに逆らって歩く。

 私の肩に、誰かがぶつかる。


「どこ見て歩いてんだよ!」後ろから聞こえてくる怒鳴り声。


 私が黙りこくってうつむいてしまったところで、隆二さんは「ちょっと待ってて」と言い残し、どこかへ行ってしまう。


 ものの数分のことのはずだが、長い長い数分間のあと、隆二さんは戻ってきて、言った。


「歩きスマフォでぶつかってきた方が悪い、って怒鳴り返してきたよ」


 そんな怒鳴り声など、聞こえてこなかった。隆二さんは、私の目が見えないことを私にぶつかってきた人に言いに行ったのではないかと思った。だが、言い出せない。


「気を取り直して、パソコン選びに行こうか」隆二さんはいつもの優しい声を出す。

「あの、ありがとうございます。はぐれないように気を付けないといけませんね」私は隆二さんの手をきつく握りしめた。


 ***


 店内は騒がしい音楽で溢れていて、隆二さんの声がほとんど聞き取れない。外国語でのアナウンスも流れており、余計に私たちの邪魔をする。


 静かなエレベータの中で、私はようやく口を開く。


「あの……隆二さん。ちょっと言い出しにくいんですけど」

「なに?」

「申し訳ないんですけど、店内が騒がしすぎて私には何が何だかわからないんです。別のお店にしませんか?」


 ***


 私たちはお店を出て、また電車に乗り、電車の中で話をした。

 隆二さんは、私がパソコンを買って何がしたいのか、予算はどの程度なのか、タッチタイピングはできるのか、など、いろいろな質問をしながら、タブレット端末を触っているであろう音をさせていた。


「なるほどね。わかったよ、ひかりちゃん。アップルストアに行って、iPadを買おう」

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