第7話 寝落ちした夜

「最近めっきり寒くなってきましたが、皆様お元気ですか? 風邪引いたりしてませんか?」


 大好きな彼の声が聞こえる。私はというと――ものの見事に風邪を引いていた。土砂降りの雨が原因だろうな。情けない話。


「風邪引いてるひと、挙手!」彼は言った。


 私を含めて何人かが挙手のため「ノ」とコメントしたようで、読み上げがにぎやかになっていく。


「いま挙手したひとは、あったかくしてうどんでも食べて、ゆっくり寝ててくださいね!」


 いつも通り、天気の話、気温の話、睡眠時間の話などをして、彼の出社時刻が訪れる。


――彼は昨日の虹を見たのだろうか。私は、ずっと虹の画像をツールを使って。母親が作ってくれた玉子粥を食べながら、母親に連れられて病院に行くべきかどうか悩んでいた。


 ***


「お母さん。病院行ってこようと思うんだけど」私は言った。

「じゃあ母さんが……」母親は言いかけた。

「ううん、ひとりで行けるから!」私はそれを遮った。


 私たち盲人は、指先で地図を見る。触地図しょくちずで内科の場所を確認し、スマートフォンのナビには頼らず、白杖だけで歩く。これだけ出歩くなら、盲導犬を申請してもいいかもしれないとも考えた。だが、私なんてせいぜい駅前までしか移動しない身分だし、貴重な盲導犬を私のために使わせてもらうのは忍びない。そう思って、白杖で歩く練習をひたすら続けている。


 ***


 今日は金曜日だ。彼の夜の配信があるはずだ。また4時間完走だろうか。

 病院でも配信の通知が来ないかと心待ちにしたものだが、仕事中であるはずの彼の配信が始まるわけがなかった。


 ただの風邪だということで、咳止めや解熱剤を処方され、家に帰った私は布団の中でまたずっと虹の画像を


 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 彼の配信の通知がとうの昔に来ていることに気づいた私は、慌ててビューワーのアプリを立ち上げた。


「おつかれさまです」と私はコメントした。

「花ちゃん! 来ないから心配してたんだよ。他の枠に行っちゃったかと思った。風邪は大丈夫?」と、彼の優しい声がした。


「病院にも行ったので数日寝れば治ると思います。ご心配かけてすみません」

「じゃあ、寝落ち枠に使っていいからさ、コメントなんていいから、ゆっくりおやすみ。他にも朝挙手したひとたち、寝落ちしていいからね!」


 私はその言葉に甘えて、とてもうるさく、とても優しいセカイでいつの間にか眠りについていた。

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