第2話 空色のトレーナー
彼に『花ちゃん』と名付けられた私は、プロフィールを編集することにした。
と言っても、名前をFlowerに変えて、自己紹介は『声フェチです。潜りで失礼』としか書いていないまま。
と、新着の通知が来た。
ずっと好みの声に出会えず、誰のこともサポートしていなかった私には、初めての経験。
彼が配信を始めたのだと気付いた私は、即座にビューワーのアプリを開き、彼の配信を聴き始めた。
「おはようございます」私はコメントした。
「みなさまおはようござ……ん? 花ちゃんかな? おはよ。元気かな?」彼は言った。
「名前、変ですか?」名付けてもらった名前をそのまま名乗る勇気はなかったのだ。私だとわかってくれたことに対する嬉しさもあったが、恥ずかしさが先に立っていた。
「ううん、とってもかわいいね! 花ちゃん、おはよ!」彼は素敵な声で、私だけに挨拶をしてくれた。
天気の話。気温の話。睡眠時間の話。
どうということのない話を30分近く続け、彼は会社に行くと言って、配信を終えた。
***
彼は一体何時に配信しているんだろう。朝晩だろうか。リスナーは、サポーターは、何人ぐらいいるんだろう。――疑問が湧き続け、調べる勇気もなく、暗闇の中で「今日はとてもいい天気ですよね、青空がキレイ」とコメントした自分の言葉を悔いていた。
私の目に映る『青』――それは――想像の世界にしか存在しない。
『色』というものが、どういうものなのかもわからない。
私は自分の顔を見たことすらない。化粧なんて、当然したことがない。服だって、親が買ってきたものしか着たことがない。色を尋ねることもしたことがない。
あんな親だとずっと思っていたが、私にはもしかしたら母親がそれなりに私に似合いそうな色の服を買ってきているのかもしれない。……かもしれない。そうだ、私は、確かめるのが怖いのだ。だから、また新しい服を買ってこられたとしても、色を尋ねることなどしないだろう。
ただ――私は、母親にひとつだけおねだりをした。
「お母さん。空色のトレーナー、買ってきてもらえない?」
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