第25話 初めての電車

「じゃあお母さん、今日も出かけてくるね」私は網谷さんとのことを母親にまだ話していなかった。

「今日はどこまで?」当然の疑問だろう。

「適当に、散歩かな? 道、結構覚えてきたしね」私は母親に付き添われるのがイヤだったので、嘘をついてしまった。


 ***


 駅までの道は、難なく歩くことができた。だが――切符の買い方がわからない。行き先までの金額もわからない。


 ……駅員さんに相談すればいい、そう気付くまでには、さして時間は要さなかった。とはいえ盲目の私には、駅員さんがどこにいるのかわからない。私は思い切って白杖を高く掲げる。と、駅員さんらしき人に声をかけられた。


「お客様、どうかしましたか?」

「すみません。私、電車に乗ったことがないんです。行き先はここなんですが、どうすればいいですか?」網谷さんからのLINEの画面を見せながら、言った。

「病院ですね。何日か通うんですか? それとも今日だけです?」駅員さんはよくわからない質問をする。

「2,3日通うことになると思います。何故ですか?」素直に訊いてみた。


「切符を買うよりも、電子マネーを使った方が少し安くなりますし、券売機を使わなくて済む分だけ便利ですからね。バスにも乗れますし。コンビニでのお支払にも使えますよ。

 デポジット……預り金が500円かかりますけど、使わなくなったときにカードをご返却いただければ返金いたします。

 いくらかチャージして電子マネーのカードを作りますか?」


 駅員さんの説明は、とても丁寧だと思った。早速財布から五千円札を出し、「これでお願いします」と言った。


 「残高4500円のカードです。今回お作りしたカードは記名式ではないので、紛失時の再発行はできかねます。紛失にはじゅうぶんにご注意ください」


 ***


 改札機がどこにあるのか、駅がどういう構造なのか。それすらもわからない私は、駅員さんの肩に手を乗せて歩き、目的地へ向かう電車のホームに辿り着いた。


 しばらくして、金属のこすれる音が激しく鳴りながらものすごい風が吹いた。どうやらホームに電車が到着したようだ。ドアの開く音が聞こえる。


『5号車1番ドア、お客様ご案内終了しました』


 アナウンスが流れ、私は電車に乗せられていた。ドアの閉まる音がした。

 降りる駅の名前は何だっただろうか、と悩みながら振動の気持ち悪さに耐えていると、激しい金属音とともに電車は停車し、ドアの開く音が聞こえ、誰かに声をかけられた。


「初めて電車に乗ったというお客様ですね?」駅員さんのようだった。


「あ、はい……えっと、私はどうすれば……」

「目的地の病院名は伺っております。バス乗り場まで案内させていただいて、運転手に行き先を伝えますので、安心してご乗車ください」


 今まで電車に乗る勇気を出さなかったことを、少し後悔していた。

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