第46話 いつものリンゴ

 隆二さんはキーボード付きのクレイドルに載せられたiPad miniを、ラムールで初期設定してくれる。


「あのさ。実は僕、ツイキャスでいろんな視覚障害者さんに話聞いて。本当は最初からiPadのつもりだったんだよ」隆二さんは唐突にそう言った。

「そういう枠って、需要あるんですかね?」そもそも私はまだ一度しか配信をしていない。需要はあるんだろうか? と疑問に思っていた。

「ボランティア志望のコなんかも、リスナーさんにいるみたいだね。……さて、と」


 隆二さんは、全盲の私にでも使えるほどにカスタマイズしたiPad miniを渡してくれる。もちろん、ツイキャス・ライブのアプリも入っている。当然ながら、ツイキャス・ビューワーもだ。


 ***


 いつ配信しようかな、と迷っていると、隆二さんが「いま配信しちゃえば?」と囁く。私はマスターに訊いてみる。


「配信? 大歓迎だよ、お店の名前と場所を出してね」と言っただけで、またお皿を磨く音を、クリスマスソングの下、響かせる。


 ***


「じゃあ、女子(顔出し)にしちゃいます」と私は言った。

 カテゴリの変更に戸惑うこともなく、するり、と設定変更が終わり、


「どうかな? 晴眼の僕にはわからないけど、僕からは、ものすごくステキなに見えるよ」恥ずかしがる隆二さんと、恥ずかしがらない隆二さんのギャップが可愛いな、と思った。


 ***


 焼き立てのアップルパイの香りが近付いてくる。カフェ・マキアートの香りもただよってくる。


「そういえば、ひかりちゃん。誕生日、1999年8月7日だったんだね。僕の誕生日は昭和最後の日なんだ」隆二さんは突然言い出した。書類の代筆をしてもらっている間に覚えたんだろうな、と思った。


「ねえ花ちゃん。8月7日だなんて、はなちゃんの誕生日にぴったりだと思わない?」そんな風に考えたことはなかった。たしかにはなだ。


「それから、僕の仕事のこと、言っておくね」

「え、はい」

「僕は在宅でスマートフォンアプリ開発をしてる。とはいえ、週に3回も透析に行かなきゃいけない身でできることなんか、多くはないんだけどさ――両親がいないんだ」


 私が答えに困ってうつむいていると、「24日さ、うち、泊まりに来ない?」と言い出す隆二さん。


「えっと、”喜んで!”、と言いたいところですが、母と相談しておきます……」


 そうとしか答えられなかった自分が、憎い。

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