第45話 私を待つリンゴ

 店を出て少し歩いていると、前からトランペットの音が聞こえてきた。


「隆二さん。ラッパの音が聞こえますね」トランペットの、と言えばよかったかな、と少し思った。

「ん? あ、ほんとだ。なんだろう。……もうすぐアップルストアだよ」いつもの優しい声がする。


 ***


 店に入ると、人の声でかき消されるほどの小さな小さなクリスマスソングが聞こえる。そういえばもうすぐクリスマス、か。一緒にいられるんだろうか?


「隆二さん。クリスマスは……」言いかけた私を遮って隆二さんは言う。

「参ったな、みんなアップル製品ばっかり持ってて、どれが店員さんだかわかりゃあしない」


 道理で人の声が止まらないはずだ。せっかくのクリスマスソングが台無しになっている。


「お、一台iPadが試せるよ。キーボード付きのスタンドが付いてる。試しに打ってみる?」隆二さんは私の手を引いて人混みの中へと歩き出す。このひとは本当に私が盲人であることをたまに忘れるのだな、と納得する。


「じゃあ、ひかりちゃん。これ、メモ帳アプリを起動したから、書いてみて」


 私は盲学校時代に猛練習した、晴眼者用のキーボードのタッチタイピングで文字を打つ。


”s,oys,odsm”


「あぁひかりちゃん、隣だよ隣、ホームポジションがズレてる!」隆二さんは私の手をひとつずつ左に動かす。


”amitanisan,daisukidesu.”私は恥ずかしくなりながら、タイピングする。

「ちょ、ひかりちゃん、こんなところで……」隆二さんも恥ずかしい様子だ。

”daijoubu desuyo. daremo, mitemasenkara.”自分に言い聞かせる。

「それはそうだけど……」隆二さんはものすごく恥ずかしそうだ。可愛いひとだなぁ、と私は改めて思った。


 ***


「じゃあ、本当にこれでいいんだね?」とても時間のかかる手続きを終えて、隆二さんは言った。

「私、これがいいんです。なんだか、私を待っていた気がして」

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