第53話 父親の愛情
「まあ、そうかしこまらずに聞いてくれないか、隆二くん」父親が言っている。聞こえてくるのだが、母親に止められる。盗み聞きのようになっているが、仕方ない。
「桜から話は聞いているよ。キミ、アプリの開発してるんだって?」
「あ、はい、零細企業ですけど……」
「僕もね、ひかりには話してないんだけど、この家以外に部屋を持っていてね。そこで会社を興している」
「ええと……お父様、と呼んでいいんでしょうか? 話が見えないのですが……」
何の話なんだろう。ドキドキしながら聞き耳を立てる自分に気付く。
「隆二くん。キミにお父様と呼ばれる日は近いだろうね。だけど、まだそうは呼ばせないよ」
「えっ……あの……」
「ひかりとキミが結婚することにはなんら異議はない。が、条件があるんだ」
条件……? というか、け、結婚!?
「お伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」彼はかしこまった声で言っている。
「まあまあ、そう固くならないで。隆二くん、まずキミには、この家に入ってもらいたい。と言っても、婿入りという意味ではなくね。ひかりは生まれつき目が見えないんだ、引っ越しをさせたくはない」
「あ……確かに、手すりとか、色々と……」
ずっと家に当たり前のようにあったせいで、父親の愛情に気付いていなかった自分が情けなくなる。ダブルワークだと思っていたのも、会社を興していただなんて。どうして話してくれなかったんだろう?
「僕はね、娘に遺してやれるモノが、カネぐらいしかないんだよ。あの子にうまく愛情を注げた自信がないんだ」
「そんな、ご両親の愛情なくしてひかりさんはあんな優しいひとには育ちませんよ!」
「まあ、僕が自信がないだけかもしれないね。だけど、そんなことは重要な話じゃないんだ」
あんな親だなんて思っていて申し訳ない、そう思うと涙が流れていた。
「それでね、隆二くん。もうひとつ条件があるんだ」
「はい」
「……僕の会社も、継いでくれないか?」
沈黙が。静寂が。聞こえる。
「すみません、今すぐにお返事はできかねます」
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