第36話 貸し切りのラムール
土曜日の朝。私は、あまり聞き慣れない音で目を覚ます。――LINE通話だ。
確かめるまでもなく隆二さんからだ、そう思い、慌てて通話を始める。
「おはよう、花ちゃん」隆二さんは何故か、花ちゃんと呼んだ。
「おはようございます、えーと。アンブレラさん?」私は笑いながら、言った。
「昨日は本当にごめん。僕が悪かった。あんなところでデートの約束だなんて、気を悪くしてコメントを打たなかったんでしょう?」――違う。今日の隆二さんはどうしてこんなにネガティブなのだろうか?
「あの……違うんです。いろいろと恥ずかしすぎて、あのコメントが精一杯だったんです……」
”
”りょ”
言葉は知っていた。数年間、ツイキャスのいろいろな枠を聴き続けていたから。でも、あの場であんなコメントしか打てなかった自分のことを情けないと思ったのも事実だ。
「ねえ、花ちゃん?」
「なんですか? アンブレラさん」
「デート、今日でいいんだよね?」
デート。改めてそんな言葉を使われてしまうと、どう答えていいのかわからなくなってしまう。
「えっと……デートって、どこへ……?」私は素直に疑問を口にした。
「ラムールかな。だって僕、あの日のアップルパイ、食べ損ねたんだから」
***
9時に、LINEが届く。
喫茶ラムール『退院おめでとう。今日、来られるなら11時から貸し切りにするけど、どうする?((o(´∀`)o))ワクワク』
網谷 隆二『9時半から貸し切りで』
菅谷 ひかり『え、え、あ、はい、それでお願いします』
***
私は母親に「今すぐデートに行かないといけないの、何でもいいから着るものを選んで!」と叫んだ。母親は「LINEの彼ね? ちょっと待ちなさい」と言い、ぱたぱたと走って行くスリッパの足音をさせる。
またぱたぱたという音をさせながら戻ってきた母親は「紺のトレーナーに白いセーター、それからジーンズに、靴下はクチナシ色よ。白いスニーカーで、行ってらっしゃい!」と、予備のための折りたたみ式の白杖を渡してくれた。
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