第11話 想い出のコーヒーの味
私は、どこか途中でアミタニさんが声をかけてきてくれないかな、などと考えながら、触地図で確認した
コツ、とん、コツ、とん。階段を2段上がる。自動ドアが開く音とともにマスターの声。
「おっ、ひかりちゃん。今日はひとりかい?」一度しか来ていないのに、もう名前を覚えられているのか、すごい。
「えっ……あの……その……」(アミタニさんとは別にそういう仲じゃ……)しどろもどろになる。
「冗談だよ冗談。あいにくとまだ点字メニューがなくてね。スイーツならいまちょうど自慢のアップルパイが焼けたところだけど、どうする?」この渋い声のマスターの焼いたアップルパイはどんな味がするんだろう。
「じゃあ、この前と同じコーヒーと、そのアップルパイ、ください!」
元気に注文して席に座ると、マスターが近付いてくる足音がする。グラスを置く音は、今日はひとつだけ。
***
「アミタニちゃんから話は聞いてるから、安心して。
階段なくすかスロープ作るかしたり、点字メニュー作ったり、しないとなぁ……この前はアミタニちゃんが車椅子の人連れてきてくれてさ、大変だったよ」マスターは楽しそうに話す。
アミタニさんは、困っている人に過剰に親切にするクセでもあるのだろうか……? 悪いクセだとは思わないけれど、あまりいいクセだとも言えないと思うけどな……などと考えていたら、マスターが言った。
「アミタニちゃんは老若男女問わず、うちにお客様をつれてきてくれて助かるよ。
私も、障害者――と言っちゃ失礼かな? まぁ、事情のある人への対応が覚えられて勉強になるしね」
***
静かなクリスマスソングが流れている店内でマスターと二人っきり、アミタニさんの噂話をしばらくしていた。私からは特に話すこともなかったし、私はもっとアミタニさんの話を聞きたいと思ったからだ。
焼き上がったばかりのアップルパイは、さくさくしていてとても美味しかった。
アミタニさんは来なかったが、マスターとの話でアミタニさんがどういう人なのか、なんとなくわかった気がした。
「あっ、このお店、ラムールって言うんですよね? 母が知ってました」
「それは嬉しいな。看板の文字は、フランス語で”愛”っていう意味なんだ。
是非今度お母さんともいらっしゃい、美味しいコーヒーをお出しするよ」
***
アミタニさんはそう頻繁に来るわけでもないらしく、残念な気分になりながらも、帰り際にアップルパイをテイクアウトした。お母さんにも食べさせてあげよう、そう思いながら帰る足取りは軽かった。
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