第56話 鏡開き
彼の『今年もよろしく』という言葉の通り、ツイキャスでは何事もなかったかのように振る舞う日々が2週間ほど続いた頃、彼からLINEが届いた。
網谷 隆二『あのときうまく説明できなかったのは申し訳ないと思っている。だけど、僕がどれだけ本気なのかわかってほしかったんだ。今日、ひかりにじゃなく、草太さんに会いに家に行く。そのとき、同席してくれるかい?』
父親に会いに来る……?
結婚の挨拶、ではなさそうだ。
だったら、一体……?
菅谷 ひかり『わからないけど、わかりました。何時頃ですか?』
網谷 隆二『今すぐだよ。草太さん、自宅にいるはずだから』
いつの間に父親とそういう仲になったんだろうか。私は早速キッチンへ行ってみる。鼻孔をくすぐるお餅の匂い。鏡開き、か。
「父さん、母さん。ずっと部屋にこもっててごめんなさい。今日――」
「わかってるよ、これから隆二くんが来るんだろう? 大事な話だから、ひかり、お前も同席しなさい」
「お母さんにはわからない話だから、お茶だけ持っていくわね」
***
20分もしないうちに、彼が自宅を訪れた。
「草太さん! 遅くなりました!」彼の声は、どことなく疲れているように聞こえる。
「隆二くん。例のアプリは、できたのかい?」例のアプリ、って……?
「もちろんです! できてなかったら、見せに来ることはできませんから!」
***
父親と彼の話はまるで呪文のようだ。ディープラーニングがどうの、機械学習がどうの、人工知能がどうの。単語くらいはわかるけれど……といった内容のことを、ふたりとも熱く熱く語り続けている。
語り始めて3時間は経っただろうか。ふたりの会話の邪魔をしたのは、私のおなかの虫の声だった。
「おっと、ひかり、待たせたね。母さんに食事の支度を頼んでくれるかい?」
「えっ……うん……」状況が全く飲み込めない、が、言われたとおりにしかできない。
***
「お母さん。お父さんが、夕飯の支度してって」頭上にたくさんのハテナマークを浮かべたまま、私は母親にそう伝えた。
「あらそう。ひかりちゃんも食べるのよね?」
「ん……少しだけね」あまりにも状況についていけず、食欲などなかった。
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