第41話 おひさまの香り

 12月にしては暖かい日だな、と思いながら盲学校へと向かう。


(この服、変じゃないかな……)不安になる私は、風上から漂ってくるシャンプーの香りに気付いた。思わず大きな声を出す。


「隆二さん!」

「え!? ひかりちゃん、どうしてわかったの?」隆二さんは驚いた様子で答えた。


「シャンプーの香りですよ。隆二さんが立ってる方が、風上なんです」

「困ったな、シャンプー、昨日で切らしちゃって……安いのを買っちゃったところなんだよ」

「大丈夫ですよ。また、覚えますから!」

「そ、そう? ところで、すごく可愛い服だね。そのローファー、歩きづらくないかな?」


 そんなに全身まじまじと見られているのか、と思うと恥ずかしくなってしまう。が、少しだけ勇気を出して、言った。


「スニーカーの方がラクですけどね、母がこっちにしろと言うので」

「ラクな格好でいいんだよ。……、じゃ、行こっか」


 隆二さんの肩に手を乗せようとして、思い直し、手探りで隆二さんの手を探す。

 どうやら隆二さんは上着のポケットに手を入れていたようで、私はそのポケットの中へと手を滑らせる。


「え、ひかりちゃん、どうしたの?」隆二さんは焦った様子で言う。

「”介助”じゃイヤなんです。だって”デート”でしょう?」恥ずかしさのあまり、一息に言う。


 ***


 手を繋いで歩く。風が吹き、顔に何かが当たる。


「あれれ、落ち葉だらけだ。ひかりちゃん、大丈夫? そこにベンチあるから、座ろうか」


 二人並んでベンチに座って、ぽかぽかと暖まる。子どもたちがサッカーをしている声がする。隆二さんの洋服から、ほのかに洗剤の香りと、暖められた布の匂い。取り込んだばかりの洗濯物のようだ。


「行きたいところって、どこですか?」私は訊いた。

「あ、あぁ。この公園だよ。春になるととてもきれいな桜が咲くんだ」

「さく、ら……?」

「……そっか、ごめん。見えないんだっけ」隆二さんは私の目のことをときどき忘れてしまうんだな、と思った。


「いえ、見えますよ。隆二さんが写真を撮ってくだされば」笑顔で答えた。

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