第4話 白い貝殻

 朝日が銀色の光を島中に満たし、森や林が青々と輝いている。

 凪いだ海から、爽やかで甘い香りの潮風が吹き抜け木の実を揺らし、ポコポコと楽しく奏でた。

 朝ご飯の合図だ。朝ご飯は村の広場に集まって、ご近所様と一緒に作って一緒に食べる。

 その方が楽しいからだ。朝は楽しい方がいい。

 独り暮らしのお爺さんやお婆さんも、これなら一緒に食べられる。

 朝誰かを見かけなかったら、気にかけて様子を見に行ってあげる事もできるのだ。

 メニューは大体、パンの実を蒸したり焼いたりしたものや、ココナッツスープに、熟れたフルーツ。

 お祭りの次の日は、残り物の焼き魚や鶏肉の切れっ端も出るから、皆早起きだ。

 フラミィもママと一緒に女達の輪に入り、パンの実を焼くのを手伝った。やり方は簡単。楕円形の実を、全体が焼ける様に棒で突いて、ころころ転がすだけ。

 ママはおはようの挨拶をする人全部に、「昨夜はごめんなさい」と謝っている。

 フラミィはその度に俯いて、火の中のパンの実を転がした。


 昨夜は不思議な夢を見た……そう、夢だわ。


 彼女はそんな事を思いながら、焼けた実をヤシの葉のお皿へ積んでいく。


 ルグ・ルグ婆さんに身体をあげる夢を見るなんて……タロタロがおかしな事言うからなんだから。

 ……もちろん、私がそう願ったからでもあるのだけれど。

 でも、足の指の骨が無いなんて!


 そんな馬鹿な、とフラミィは頭を振る。

 豊かな黒髪が、火の温もりを孕みながらふわりと揺れた。


 しかし、目覚めた時に直ぐに確認してみると、確かにふにゃふにゃしていた。いつもはそれだけで済ますフラミィだったが、恐る恐る、右足の親指を触り、再び左足の親指を触ってみた。

 すると、感触が全然違った。

 今までどうして気付かなかったのだろうと不思議に思う位、右足と左足は全然別の足だった。

 愕然としていると、ママが起こしに来たので考えるのが後回しになってしまった。


 フラミィは新しくパンの実を火に放り入れ、そっと左足の親指に触れる。

 悔しい思いでたまに触れていた親指は、やっぱりいつもみたいにふにゃふにゃだ。


――――骨が……。


「ネーネ、おはよ!」


 傍に勢いよくタロタロがしゃがみ込んで来て、挨拶をした。

 フラミィはハッとして、タロタロにおはようを言うと、昨夜の夢の事を教えようか迷って止めた。

 朝ご飯中は、人が多すぎる。

 昨夜の事で、皆フラミィにがっかりしているから、夢の内容を聞かれたくない。

 妄想だとか、気まずく思っているから出る嘘だと思われたら堪らない。

 自分でだって、夢だ夢だと思っているのに。


 そうよ、夢よ。


「パンの実焼いてると、良い匂いになるよな!」


 フラミィが考えと思いを重ねた時、タロタロが彼女に身を寄りかけ、髪に顔を寄せてきた。

 タロタロの事を弟の様に思っているフラミィは、彼のこの甘え癖をそろそろ何とかしなければ、と思い始めていた。

 可愛いし、慕われているのは嬉しくて、イヤではないのだけれど、最近は寄りかかられたり抱き着かれたりすると、ちょっと身体が重たい。

 タロタロはぐんぐん大きくなってきた。

 彼のパパは大柄な人だから、きっとタロタロはフラミィよりうんと大きくなるだろう。

 それなのにいつまでも寄りかかられたら、いつか潰されてしまう!

 甘えていたら、友達に馬鹿にされてしまうんじゃないか、とも心配だった。

 実際の所タロタロは、友達や見られたらマズイ人の目を盗んで『オレのフラミィ・タイム』を楽しんでいたが、フラミィだけがそんな彼の抜け目なさを見抜けないでいるのだった。

 そんな彼が、フラミィの髪に引っ掛かっているものを見つけた。


「ネーネ、髪に貝殻がくっついてら」

「え!?」


 フラミィがギクリとしている間に、タロタロは彼女の美しく流れる髪に嬉々として手を差し入れ、小さくて真っ白に光る貝殻を一枚、摘まみ取った。

 フラミィは目を真ん丸にして、貝殻を凝視する。

 夢に見たルグ・ルグ婆さんの、白い貝殻のブラトップの残像が脳裏でシャランと踊った。


「あ、あ……」

「ネーネ、朝また海へ行ったの?」


 フラミィは口がきけずに首だけ振った。

 タロタロは首を傾げて瞬きしていたけれど、急にパッと表情を明るくさせて飛び上がり「これ、ちょうだい!」と、フラミィにねだった。

 フラミィが迷っている内に、タロタロは腰ひもにくっつけた草のポシェット(面白く曲がった小枝やカッコいい石や、フルーツを食べる時に使う小さな黒曜石のナイフが入っている)に、貝殻を突っ込んでしまった。


「もう……」

「パンの実、焦げちゃうぞ! あ、そろそろ皆食べだしてる。ネーネ、オレたちも食べよう」


 タロタロはフラミィに睨まれてもケロッとして、焼けてフカフカのパンの実をフラミィに放ってよこした。

 フラミィはタロタロと並んでココナッツスープを啜りながら、そっと自分の髪を指で梳いてみる。

 他にもくっついているかもしれないと思ったけれど、指は滑らかに髪を梳くだけで、貝殻が引っ掛かったりしなかった。

 フラミィは、うーん、と考え込む。


 ひょっとして、夢じゃないのかしら?



 朝ご飯が終わってからも悶々としていると、水を汲んできて欲しいと、ママに頼まれた。

 フラミィは「はい」と返事をして、片腕に細長い水瓶一本と、頭に大きな丸い水瓶を一つ乗せ、島の水汲み場へと向かった。

 島の水汲み場は、マシラ岳のお腹の中で綺麗になった真水がたっぷり流れ込む、ミニラ池のほとりだ。

 ミニラ池は、色鮮やかなハイビスカスの咲く小道をくねくね歩いた先にある。

 いつも華やかな羽を揺する鳥たちが歌っているから、それを頼りに行けば、目を瞑っていても辿り着ける。

 大きなロウルの木が見えて来たら、女達のおしゃべりや、水遊びする子供達の声も聴こえて来た。

 白い花を咲かせるナイオの、剣みたいな葉の茂みをひょいと覗けば、水汲み場はもうすぐそこだ。

 フラミィはナイオの茂みを通り過ぎようとして、聴こえくる女達のお喋りの中に、「フラミィ」と自分の名前が入っている事に気が付き、ふと足を止めた。


「フラミィが、もう満月の晩に踊らないってオジーに約束したんですって」

「当然よ。もっと早くそうするべきだった。踊れないんだもの」


 フラミィは胸をグサッと刺された様な気持ちで、ナイオの茂みの影によたよたとしゃがみ込んだ。

 聞かない方がいい、と思うのだけれど、足が根元から震えてしまって立っていられなかったのだ。

 女達のお喋りは続く。そっと緑の茂みの隙間から覗くと、お喋りの発信源はエピリカの熱心なファンの女二人と、エピリカと一番仲の良い踊り子のキキニィキだった。

 その場には他にも、お喋りをしている三人より少し若い少女達がいたが、皆お喋りを遠巻きに聞いて水を汲んだり、汲んだ水で顔を洗ったりしていた。


「ルグ・エピリカの足の具合はどう? 本当に可哀想に……」

「今は足を引きずっているけど、次の満月の晩には踊れそうよ」


 それを聞くと、フラミィは『ああ、良かった……』と、胸を撫で下ろす。

 大事にならなくて良かった……。


「良かった。彼女の素晴らしい踊りを、もう見れなくなるんじゃないかって、凄く心配したの」

「ふふふ、歩けなくて退屈していると思うから後でお見舞いに行ってあげてよ」

「もちろんよ! それにしても……昨夜のフラミィったら、あれ、絶対にワザとよ!」


 島の人間は皆家族。そう言い聞かせられ育った、育ちの良い何人かの少女が立ち上がって、その場を離れた。お喋りをしている女達が怖くて、立ち上がるタイミングを逃してしまった少女や、エピリカを本当に心配して、彼女の様子だけを知りたい少女などがその場に残った。

 場を離れた少女達が、帰り道のナイオの茂みに蹲るフラミィを見つけた。

 フラミィは細い壺を抱いて、可愛そうに、震えていた。

 少女たちはちょっとの間気まずそうに立ち止まっていたが、一人がフラミィに手を差し出した。アローラという名の子だ。アローラは、小さな兄弟たちの世話で忙しいから踊らない子だ。

 それを見ると、他の何人かの少女達がフラミィの水瓶を持って、水を汲みに行ってくれた。


「すぐ後に追いつくから、先に帰って」

「行こう、フラミィ」


 アローラが、フラミィの手をとって、彼女の身体を立たせた。

 フラミィは小さな子供みたいに彼女の手に引かれ、歩き出す。

 背中から、明るい声で暗いお喋りが追ってきた。


「あれ、わざとだと思う?」

「絶対そうよ!」

「ルグ・エピリカに焼きもち焼くなんて、一端の踊り子のつもりだったのかしら?」


 アローラが、つないだ手をそっとブラブラさせた。

 もう一人、少女が片方の手を取って、黙って同じようにフラミィの腕を揺すった。

 フラミィも黙って前を向き、唇を噛んで歩く。

 色とりどりに咲き乱れるハイビスカスの群れが、風に揺れていた。

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